第八話「今日の目標」
「ごちそうさまでした。」
いたる所の樹皮を剥がされ、内部の木質部までボロボロに解体された倒木に向かって手を合わせる。
一日分の食料となる幼虫500gを食べきったのだ。
「やっぱり、火を通せばよかったかな。」
今更遅い感想である。
しかし、この火を通さないという選択は、日中の活動時間を大きく伸ばしてくれたはずである。
視界を埋め尽くす巨大な木々と大量に生育している苔は、この地域における年間降水量の多さを意味しており、加えて、この森の湿潤な空気と水分を多く含んだ植物は、この森での火おこしを困難にさせると見て間違いない。
全てが湿っているこの森で、どれ程の時間をかければ火おこしが成功するのであろうか。
今日の目標は3つ。
食料の確保、寝床の確保、そして、水の確保である。
食料は既に確保し、一日分のカロリーを補給することができた。
第一目標クリアである。
しかしながら、今日中にこの3つの目標をどれか一つでも達成できなければ、肉体と精神は確実に性能を落とすことになるだろう。
この地で生活の難易度を引き上げることは、確実に死へと繋がる。
寝床の確保と水の確保ができていない現段階では、時間をかけて火を起こすことですら無謀な行為だったのかもしれないのだ。
この新天地での生活は、時間との戦いなのである。
火を起こさずに幼虫を食べたおかげで、日はまだ高い。
次にするべきは、寝床の確保、もしくは、水の確保である。
この倒木に辿り着くまでに、森を1時間ほど歩いている。
まだ喉は乾いていないが、そろそろ飲み水の確保を行いたい。
人間は、運動時に30分おきの水分補給が必要とされており、適切な水分補給を行わなければ、“めまい”や“吐き気”などの脱水症状の初期症状が現れてくるとされている。
足場の悪い森の中を歩いてここまで来たのだ。
このウォーキングは、運動と同等の行為と考えて相違ないであろう。
今はまだ大丈夫であるが、この水分を補給できない状態が長時間続けば、脱水症状が引き起こされるのは確実である。
脱水症状の恐ろしさは最悪死に至ることであるが、僕としては、肉体の発熱や痙攣、無関心、精神不安定といった症状の方が恐ろしい。
この森で正常な行動と正常な判断ができなくなることは、死を迎えることよりも絶望的な恐怖を覚えるのだ。
なんとしても、脱水症状が引き起こされる前に水分補給を行わなければならない。
「よし、森の探索を再開しよう。」
【持ち物】
白い布