第三話「食料」
五体投地による礼拝を終えて、地面にピッタリと着けた額をゆっくりと持ち上げて立ち上がる。
せっかく神様から頂いた服なのだ。
この白い服は、何があっても大事にしよう。
僕は、そう心に誓って白い服へと目を落とした。
「あ、やってしまった・・・。」
先ほどまで真っ白だった服が、もう土や砂で汚れてしまっていたのだ。
失態である。
僕は、急いで服に着いてしまった土や砂を叩き落とし、心の中で反省をした。
うん。
次からは、服が汚れないように全裸で五体投地をしよう。
しっかりと反省をして、視線を服から森へと戻す。
目の前に広がるのは、見渡す限りの鬱蒼とした深い森。
人間の生息しないこの森に、コンクリートやアスファルトといった人工物で舗装された道は存在しない。
大地には、深く根を下ろした木の根と生い茂った草や苔、もしくは、剥き出しとなった土や石が存在するのみである。
ここは、決して人間が安々と暮らしていける場所では無い。
安定して手に入る安全な食料は勿論、夜の寒さや冷たい雨を凌げる温かい寝床は、どこにも無いのだ。
この地で暮らすならば、肉食動物に襲われることや、自然災害に見舞われることも当然あるだろう。
「状況は理解できた。」
正直な所、不安要素しか無い。
ドクンッ
心臓の鼓動が、力強く脈を打つ。
このような未開の大地で生きていくと言うのに、僕の胸の鼓動は、ここで“生きたい”と言っているのだ。
「“生きたい”か。」
言葉にするだけで、胸の奥が熱く震える。
胸に手を当てて、瞑目して心臓の鼓動を感じる。
ドクンッ ドクンッ
そして、瞑目を終えて瞼を開け、目の前に広がる深緑の森を見据える。
「心は決まった。さあ、新生活を始めよう。」
これは、誰も居ない新天地を生き抜く僕だけの物語なのだ。
それでは、生存戦略を開始しよう。
まずは、人体の性能チェックである。
性別、男児。
年齢、神様曰く5歳。
身長は不明だが、5歳児の身長ならば1m前後だろう。
意識、明瞭。
頭脳、明晰。
肉体及び精神の稼働は正常である。
特別なものは、“前世から引き継いだ知識”のみである。
ゆっくりと目を瞑り、前世から引き継いだ知識の中へと意識を集中させて、この大自然で生きて行く為の知識を引き出していく。
生きて行く為に必要なもの、それは、食料と寝床である。
太陽の木漏れ日から判断するに、日はまだ高い。
まずは、肉体のコンディションがよい内に食料の調達を行おう。
空腹による肉体のコンディションの低下は、食料の調達を困難にしてしまう。
食料は、肉体のコンディションが低下する前に積極的に摂取していかなければならないのだ。
ここでの食料の獲得方法は狩猟、もしくは採集である。
だが、狩猟を行うことは難しいだろう。
狩猟には、一度に纏まった食料を得られるという見返りに対し、怪我や死という高い危険を伴う。
この森に医療機関は無い。
深手を負うことは勿論許されないが、かすり傷から破傷風などの病原菌に侵入されたとしても、治療手段の無いこの森では致命傷となり得るのだ。
余談ではあるが、現代日本において破傷風はそれ程驚異的な感染症では無い。
しかし、それは衛生管理や医療技術の発達によるもので、1950年における日本の破傷風の致死率は80%を超える。
今世において、怪我は極めて深刻な問題なのだ。
そもそも、狩猟とは本来危険な行為であり、アマゾンなどの密林で狩猟生活を営む部族においても、怪我や死という危険を避けるために集団で狩りを行うのが基本である。
この大地を1人で生きていくのだ。
狩猟の危険は冒せない。
実質的に、この世界での食料の獲得方法は、採集のみとなるだろう。
「よし、今日からは採集生活を頑張ろう。」
なお、採集対象は、木の実や山菜といった植物では無い。
将来的には木の実や山菜の採集にも手を出したいが、どれもこれもが異世界の植物。
その毒性の有無については、全くの無知である。
前世において、山菜採りが毒性の無いヨモギと猛毒のトリカブトを採り間違えて食中毒を起こしたという事件が頭をよぎる。
プロの山菜採りでさえ見間違うほど、ヨモギとトリカブトはよく似ているのだ。
前世で覚えた毒性の無い木の実や山菜とよく似た植物を見かけたとしても、その植物に毒性が無いという保証はどこにも無い。
食事の度にロシアンルーレットを回すような行為は、命を粗末にしていることと同義である。
治療手段の無い新天地。
食中毒の危険性が高い食べ物は、なるべく避けなければならない。
「さて、虫食べよ。虫。」
この世界での採集対象とは、昆虫なのだ。
【持ち物】
白い布