第十八話「岩山」
大樹の袂から岩山に向かってしばらく歩くと、切り立った崖が行く手を阻んだ。
おそらく、岩山の裾野に突き当たったのだろう。
崖は灰色の花崗岩で構成されており、その岩肌は、崖の上部と下部とで違った質感を見せている。
崖の上部には日の光を照り返す剥き出しの岩がせり出しており、その岩肌には一切の植物が生えておらず、一方で、崖の下部には日の光の当たらない岩肌に森と同様の分厚い苔が生えているのだ。
裾野から岩山を見上げれば崖は高く、先ほど登った大樹の2倍から3倍はあるだろうか。
この崖が登れるのであれば、山頂への近道となるのは間違いない。
「この崖は登れないな。」
繰り返しとなるが、僕にロッククライミングの技術は無い。
右手を崖側にして、岩山の傾斜や起伏を確認しながら崖に沿ってゆっくりと歩みを進める。
この岩山が横に広いということは、大樹の樹冠から確認済みである。
岩壁を登るような無謀は冒さず、このまま岩山の裾野に沿って歩き、傾斜の緩やかな登れる箇所を探して行こう。
岩山の裾野に沿って歩いていくと、岩壁は程なくして終わり、傾斜の緩やかな丘陵が始まった。
場所によっては45度から60度の急勾配が見られるものの、基本的にはハイキングコースを思わせるなだらかな坂道である。
また、木々の生い茂っていない岩山の見通しはよく、頂上を確認することはできないものの、登山ルートの選定をしていくことは容易い。
「うん、ここからなら登れるかな。」
岩山を登る見通しが立ったので、登山の準備をして行こう。
『山を舐めるな』と言う言葉があるが、今の僕ほど山を舐め切っている格好は無い。
現在の僕の装備は、白い布とベルト代わりに使っている蔦のみである。
せめて命綱くらいはたくさん用意して山を登ろう。
岩山の裾野の森で蔦を採集し、編み合わせて命綱を作っていく。
急勾配の坂道を登ることを想定すると、命綱が必要になってくる場合もあるだろう。
なだらかな丘陵は一見するとハイキングコースのようにも見受けられるが、山頂を目指すのならば、山の中腹に点在する急勾配のいずれかを登らなければならないのだ。
命綱さえあれば、危険な急勾配を幾分かは安全に登ることができるだろう。
特に、命綱を付けることで急勾配を一直線に転げ落ちていくことを避けられるのは大きい。
地面は剥き出しの岩なのだ。
落ちれば致命傷は確実で、例え命が助かったとしても動けなければ、そのまま鳥の餌コースである。
それでは、木登りの次は山登りである。
山とは言っても、山の斜面に植物は生えておらず、生えていても岩の隙間から雑草が覗く程度の岩山である。
しばらくはハイキングコースのような山道が続くので、のんびりと岩肌の上を歩いて行く。
岩山の上に木々は無く、これまで木々の枝葉に遮られていた太陽の光が温かくて気持ちいい。
程なくしてハイキングコースが終わり、目の前に急勾配の崖が現れた。
傾斜にして60度、高さにして5mといった所だろうか。
この程度の傾斜の崖ならば、ロッククライミングの技術が無くても十分に登ることができる。
最初に手足をかける場所に目途をつけ、岩壁の出っ張りをしっかりと手で掴み、手足を使って崖を登って行く。
だが、手の力はなるべく使わない。
崖を登る際は、なるべく足の力を使って登るのだ。
ロッククライミングにおいて大切なことは、手の筋肉と足の筋肉をバランスよく使うことである。
手の筋肉だけで崖を登れば、腕の筋肉はたちまちに限界を迎え、腕を上げることさえ困難になる。
腕の筋肉は、崖を登る上で温存しなければならない筋肉なのだ。
このように温存しなければならない腕の筋肉に対して、足の筋肉は腕の筋肉の3倍以上と言われており、足の筋肉を上手く使うことこそ崖登りにおいて要となるのである。
ロッククライミングの技術は無いながらも、ロッククライミングに対する多少の心得はあるのだ。
しかし、僕は素人なのであった。
60度の傾斜は思ったよりもきつく、垂直の崖を登っているかのような錯覚に陥る。
「この傾斜、結構きつい。」
なるべく腕に力を入れずに登ってきたというのに、既に腕の筋肉がパンパンである。
『山を舐めるな』とは、こういう意味なのだろう。
なんとか急斜面を登り切り、山の中腹に腰を下ろして休憩する。
傾斜にして60度、高さにして5m。
自分が知識だけの素人なのだと実感できる崖登りであった。
加えて、斜面の途中に命綱を括り付けられるような場所が無かったとはいえ、このロッククライミングには命綱を使っていない。
力尽きて落ちていれば、命も危なかっただろう。
岩肌に仰向けに寝そべり、空を仰いで反省した。
【持ち物】
白い布
蔦の命綱
【スキル】
木登りLv.1
崖登りLv.0