第十六話「シフト」
木の巨人から視線を外し、遠くに流れる川を見つめる。
森を二つに分かつように流れるこの川は、この大樹の袂からどのくらいの距離が離れているのだろうか。
視認できることから今日中には移動可能な距離にあると推測できるが、遠くに見える川との距離感を掴むことは難しい。
「難しい。うん。難しい。でも、なんか違うような・・・。」
気のせいかもしれないのだが、地上20mの木の上にしては、見渡せている距離が長いような気がするのだ。
果たして前世で見た地平は、あれほど遠かっただろうか。
何km先までの距離を見渡せるかは、その惑星の大きさに依存する。
地球よりも大きい惑星ならば地球よりも見渡せる範囲が広く、逆に地球よりも小さい惑星ならば見渡せる範囲が狭くなるのだ。
また、どこまでも見渡すことができるのであれば、世界が球体として存在しているのでは無く、世界が平面という地平の上に存在しているということを意味している。
見渡せる範囲が限られていることから、この世界が平面世界ということは無いのだろうが、それにしても、今見渡せている範囲は僕が想定していた範囲よりも確実に広い。
もしかすると、この星は地球よりも大きいのだろうか。
しかし、この惑星が大きいのならば惑星の質量に伴って重力が大きくなると思うのだが、肉体が重くなるような感覚は全くない。
「ま、いっか。」
前世との違いに関しては、細かに観測をすることで情報を集めて考察を重ねるほかに無い。
加えて、世界が違うのだから色々と違った所があるのは当然だろうし、今優先して考えるべきは、遠くに見える水源についてである。
水源を確認する為に木に登ったというのに、木の上であれこれと思慮に耽って日が暮れたのでは、目も当てられない。
空を見上げて太陽の位置を確認する。
太陽が丁度真上に来ていることから、正午だろう。
仮に川までの距離を3kmから5kmと仮定したとすると、時速2kmで歩いたとして所要時間は1時間半から2時間半となる。
しかし、足場の悪い森であることを踏まえて所要時間を2倍、肉体が子供であることを考慮して所要時間を更に2倍と見積れば、徒歩にして6時間から10時間はかかるだろうか。
仮に今から川に向かったとして、川に到着するのは最短で6時間後である。
川に着いたとしても、到着した頃には日が暮れているだろう。
それでは、何か他に手は無いだろうか。
あたりを見回すと、川とは反対方向に小高い岩山が峙っているのが見えた。
岩山までの距離は近く、距離にして1kmも離れていないだろう。
標高は低いが横に長い岩山で、その頂上は台地になっているのかスパっと横に切ったように平らになっており、頂上の台地には、閑散とした細い木々が生えているのみである。
また、岩山の植物には、この森の生命力豊かな植物とは対照的に枯れ木のような雰囲気があり、木々の大きさもこの森のものと比べると小さいように見受けられた。
この森の湿った木で火おこしをするのは難しいかもしれないが、日当たりのいい台地に落ちている乾いた枝ならば、十分に火おこしが可能だろう。
今日の目標は、食料の確保、水の確保、寝床の確保の三つである。
一つ目の目標である食料の確保は、500gの幼虫を食べることで既に達成することができた。
二つ目の目標である水の確保は、川での水分補給を想定していたが、日没までに川へと移動することが叶わないので頓挫している状態である。
三つ目の目標である寝床の確保については、未だ手を付けていない状態である。
寝床を確保する際に必要になってくるものは、寝床を温める焚火と雨風を避ける壁の二つである。
今日中に川に辿り着けない以上、今日の所は川の水を諦めて目的を水の確保から寝床の確保へとシフトさせた方がいいだろう。
何より、水に関しては、一回限り有効な水分補給の手段があるのだ。
何ら問題は無い。
登ってきたルートを辿って大樹を降り、地面に足をつける。
登った木が大きかったからか、地上20mから見る景色があまりに衝撃的過ぎたからか、地面に立つことが随分と久しぶりに思えた。
「この世界は楽しいな。」
木登りをする前までは、この森の巨大な木々や大きなシダ植物などを見て異世界を感じていたのだが、木登りをすることで木の巨人という存在を目の当たりにしたり、この世界が地球よりも大きい惑星だという事実に気が付いたりと、格別の異世界感を味わうことができたのだ。
それでは、今から岩山に向かおう。
いや、木登りという運動の後である。
水分補給をするタイミングとしては、今がベストなのであろう。
あくまで緊急回避の手段なのだが、岩山に向かう前に一回限りの水分補給を行おう。
「さて、おしっこ飲も。」
【持ち物】
白い布
蔦の命綱
【スキル】
木登りLv.1