第十五話「木の巨人」
木の巨人のシルエットは、頭部が無いことを除けば人間そのものであった。
広く分厚い肩幅と、肩幅に開いて直立する二本の足。
手の平を上にして両手を広げている姿勢は、歌を歌うオペラ歌手のようで、肩の上や指の先からは、空に向かって幾本もの細長い枝が生えている。
また、巨人の外皮は岩肌のような褐色の樹皮に覆われており、多くの動物が持っている特徴である頭部が見当たらず、口はおろか、目や鼻といった感覚器官も確認ができない。
そして、その巨体の大きさは森の巨大な木々に対して更に大きく、巨大であるはずの森の木々が巨人の膝下ほどの高さである。
その巨体の大きさは、この森の木々の5倍以上は確実であろう。
この巨人が立っているだけで、樹齢数百年を誇るこの森の木々が、まるで草むらのようである。
木の巨人を前にして動揺をしているのだろうか。
なるべく冷静になろうと努めるが、僕の心を様々な疑問が錯綜する。
この木の巨人は、先ほどから動かないが本当に生きているのだろうか。
それとも、動かないということは、既に死んでいるということなのだろうか。
いや、そもそも植物であるということを考えれば、動かないのは当然と言えば当然なのだろうか。
少しの時間の間に、取り留めもない疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えて行く。
僕が様々な考えを巡らせる間も、木の巨人は微動だにせず同じ姿勢で立ち続けている。
しかし、自分よりも遥かに大きい生物を前にしているというのに、木の巨人に対して不思議と恐怖を感じることは無かった。
植物でありながら動物的なフォルムを持ち、日の光を浴びるその姿からは、神聖さすら感じさせるのだ。
動揺は程なくして収まり、木の巨人を見ていて、ふと気が付いた。
「もしかして、日光浴をしているのかな。」
あのオペラを歌うような姿勢は、日光浴に効率的な気がしたのだ。
木の巨人が日光浴をしていると考えると、少し不思議な気分になった。
日光浴という動物的であり、植物的でもある行動に思いを巡らせると、この木の巨人が動物なのか植物なのかという、取るに足らないような疑問が浮かんできたのである。
しかし、おそらく動物であり植物なのだろう。
この木の巨人は、木であり巨人なのだ。
では、この木の巨人とはどのような生物なのだろうか。
地球とは異なる進化を遂げた生物という可能性も捨てきれないが、木の巨人と言えば、空想世界における神秘の生物というイメージも強い。
代表的な木の巨人を挙げるならば、J・R・R・トールキンの『指輪物語』におけるエント族、『D&D』などのRPGにおけるトレントなどが挙げられるだろうか。
しかしながら、森の木々を守護する種族であるエント族に対して、トレントは魔物の一種であり、ファンタジー世界における両者の生命としての性質は大きく異なる。
仮に目の前の木の巨人がエント族のような種族であるのならば、この木の巨人と対話をすることも可能なのだろうか。
「もし可能なら、いつの日か話をしてみるのもいいかもしれないな。」
しかし、未知の生物に対して不用意に近づくことはしない。
今は、この生物を見つめるのみなのだ。
果たして、この木の巨人は、地球とは異なる進化を遂げた生物なのか、エント族のような種族なのか、トレントのような魔物なのか。
当然のことながら、木の巨人がどのような生物なのかという答えは出なかった。
しかし、木の巨人を見つめてどのような生物かについて思いを馳せることは、僕の心を躍らせるに十分であった。
そして、しばらく木の巨人の生態についてあれこれと想像し、ようやく本来の目的を思い出した。
「そういえば、川が見えているんだった。」
【持ち物】
白い布
蔦の命綱
【スキル】
木登りLv.1