第十四話「樹冠にて」
休憩終了。
それでは、この枝を伝ってより大きな木へと渡って行こう。
目的地となる大樹の樹冠までの距離は、水平距離にして約10m、垂直距離にして約17mといった所だろうか。
僕の居る地上3mの木の枝から目的地は遠く、目的地に辿り着くには、何本もの木を渡り歩かなければならない。
胴体にぐるぐると巻き付けていた幾本かの蔦の中から、一本の蔦を胴体から外していく。
この森で採集した蔦を編み合わせることで強度を持たせた手製の命綱である。
片方の命綱の端を地上3mの幹に括り付け、もう片方の命綱の端を同様にして僕の体に括り付ける。
これで、次の木へと渡り終えるまでに不慮の事態があったとしても、地面に直接落下するような事故は避けられるだろう。
今は十分に僕の体重を支えてくれているこの枝も、枝の先端へと目を移せば、太い幹が樹上に行くにつれて細くなっているように、この枝も先端に行くにつれて細くなっている。
枝を伝って木を渡るということは、細い枝の先端に向かって移動することと同義であり、細くなった枝が折れないという保証は存在しない。
この命綱は、枝が途中で折れる可能性考えれば必携のアイテムなのである。
幹と体のそれぞれに命綱がしっかりと結ばれていることを確認し、枝に対して腹ばいにしがみつくことで体重を分散させ、芋虫のようにゆっくりと枝の先端へと移動を開始する。
命綱を付けていると言えど、枝に対する負担は最小限に抑えたい。
この森の四方に張り出した密度の高い枝は、樹上のあちらこちらで交差しており、枝を中ほどまで移動すると、手を伸ばせば届く位置に別の木から張り出してきた枝を確認することができた。
この手を伸ばせば届く位置にある枝こそ、次に登る予定の木の枝である。
張り出した木の枝に手を伸ばし、両手でしっかりと掴み、徐々に体重を隣の枝へと移していく。
両手でしっかりと掴んだ木の枝は、推定杉の木の枝よりも太く、枝を掴んでいる手からは、枝の十分な強度を感じ取ることができた。
これならば、全体重を預けても大丈夫だろう。
体重を完全に隣の木の枝に移動させ、隣の木の枝に両手でぶら下がる状態になった瞬間、先ほどまで体重を預けていた枝がバネのようにしなってバサバサと揺れた。
枝の中ほどとは言え、体重による歪みが貯まっていたのだろう。
先ほどまで体重を預けていた枝が大きく揺れたので一瞬冷やりとしたが、どうやら木登りの続行に問題は無さそうである。
木の枝にぶら下がっている状態から足をかけて枝によじ登り、また芋虫のように腹ばいになる。
今体重を預けているこの木は、先ほどの推定杉の木よりも大きく、今しがみついている枝も同様に太い。
それでは、枝の上を伝って幹の方向へと移動して行こう。
幹の方向への移動は、幹に近づくにつれて枝が太くなるので、先ほどのような枝が折れるという心配は無用である。
枝の上を伝い、幹にはすぐに到着することができた。
「2本目到着っと。」
胴体に巻き付けていた命綱を外して、それを幹に結び付ける。
これで、この蔦を伝えば前の木に戻ることが可能だろう。
ここからは、木登りと枝渡りを繰り返しである。
木の幹を登り、木の枝を伝ってより大きな木へと移動を繰り返していく。
地上からは幹が太すぎて登れない木も、途中の幹が細くなった所からならば登るのは簡単である。
木登りと枝渡りを繰り返す度に地表は遠くなり、樹上の枝の密度は段々と疎らになって行く。
しかし、樹上の枝の密度が疎らになっても、枝張りをしっかりと観察してルートを選定すれば、渡れる木が見つからないということは無かった。
そして、木登りと枝渡りを繰り返すこと4度、ようやく目的の大樹に辿り着くことが出来た。
地上では2mを超えていた大樹の幹も、今では僕が抱えられるほどに細くなっている。
大樹の幹を慣れた要領で抱き着き、幹の後ろ側を両手でホールドし、幹の前側に両足の足の裏を押さえつけて登っていく。
もう何度もこの要領で登ってきたので、木を登るのも早い。
しかし、登るのが早いのは、慣れてきたからという理由だけでは無い。
頭上には、青空が広がっており、既に遮る枝葉は無い。
地表では枝葉に遮られて十分に浴びることの出来なかった日光が、今、僕に降り注いでいるのだ。
樹上で浴びる太陽の光に、僕の心が逸るのだ。
そして、僕は樹冠に到達し、その光景に息をのんだ。
木々という障壁が無くなった大樹の樹冠には、強い風が吹き荒んでいる。
幹を握る手に力を込め、大樹の幹に身を寄せて風を凌ぐ。
この地上20mの大樹の樹冠からは、確かにこの広大な森を見渡すことができている。
これは、当初の予定通りである。
視界の中央には、広大な森を二つに分かつように流れる雄大な川が映っている。
この木登りの目的は、水源を見つけることであり、川を見つけることができた以上、目的は達成できたと言える。
しかし、視界が映す光景に、僕は水源を見つけるという本来の目的を見失っていたのだ。
どうしてこれまで気付かなかったのか。
200mほど先に、この大樹の何倍もの大きさを持つ一体の木の巨人が立っていたのだ。
「ああ、神様。これが異世界なんですね。」
どうやら、ここは思っていたよりも凄い世界のようである。
【持ち物】
白い布
蔦の命綱
【スキル】
木登りLv.1