第十二話「木登りの準備」
この森に転生して最初に気付いたことは、“この森の木々は大きい”という漠然としたものであった。
見渡す限りの巨大な木々と、樹上から差し込む柔らかな木漏れ日は、この森が培った悠久の時とその規模を感じさせた。
続いて、この森に転生して次に気付いたことは、“この森の木々は幹が太い”というものであった。
これは、1mほどの背丈しか無い僕が、この森の木々を地上1mの高さから水平に見ることで得られた気付きである。
そして、地上1mの視点から樹上を見上げ、大樹の樹上を見つめ続けて、新しく気付いたことがある。
この森の木々は、枝が四方に長く伸びていて、それぞれの木から伸びた枝が、網目のように複雑に入り組んでいるのだ。
そう、“この森の木々は枝張りがよい”のである。
木の幹は、先端に行けば行くほどに細くなる。
それは、大樹とて例外ではない。
確かに僕には、2mを超える太い幹を持つ大樹を根本から登る能力は無い。
だが、大樹の樹冠がゴール地点として決まっていても、大樹の根元をスタート地点とする必要は無いのだ。
適度な太さの登りやすい幹から木登りを始めて、太く四方に伸びた枝を伝って大樹に渡ることができれば、大樹の細くなった幹から大樹の樹冠を目指して木登りをすることが、十分に可能となるのである。
これは、大樹を含めて、この森の木々の枝張りがよいからこそ出来る木登りの方法と言えるだろう。
そう、この森の木登りは、スタート地点を自由に決めることが出来るのだ。
大樹を登る目途は立った。
次は、木登りの前の下準備である。
「必要なのは、命綱の準備かな。」
木登りと口にするのは簡単だが、この世界の木登りは規模が大きい。
僕がこれから登ろうとしている大樹の樹高は、推定20m。
7階建てのビルの屋上に相当する高さまで登らなければならないのだ。
命綱無しでのフリークライミングは命取りとなる。
太い蔦を求めて、大樹の周りの茂みに分け入る。
この森の蔦をロープの代わりとして利用することで、地上への落下を防止する命綱とするのだ。
蔦を採集する茂みにはシダ植物が多く、背丈よりも大きなゼンマイやワラビのような植物などが生い茂っている。
かつて恐竜が生きていた時代には、巨大なシダ植物が繁栄していた言われているが、この森に生い茂る巨大なシダ植物は、いつか図鑑で見た太古の森を彷彿とさせた。
なるべく太い蔦を採集しながら、採集した蔦を腰にぐるぐると巻き付け、適当に拾った先の尖った石を使って、蔦をギコギコと切っていく。
僕の力では、太い蔦を引き千切ることが出来ないのだ。
細い蔦を命綱に使う場合には編み合わせて強度を上げる必要があるのだが、この森に自生する蔦には、直径1cmほどのしっかりとした厚みがあるので、そのままでも命綱として利用できそうである。
5歳児の体重ならば、重くても20kgくらいだろう。
採集した蔦の強度を確かめるために、蔦を適当な幹に括り付けて引っ張ってみる。
綱引きの要領で蔦に全体重をかけて力いっぱいに引っ張るが、蔦はびくともしない。
これならば、命綱として利用しても僕の体重を十分に支えられる強度あるだろう。
念のために、もう一度綱引きの要領で力いっぱいに引っ張ってみる。
千切れた。
「うん、やっぱり編もう。」
あみあみ あみあみ
あみあみ あみあみ
蔦を編み合わせることに少しの時間をかけ、とうとう命綱は完成した。
それでは、木登りを開始しよう。
【持ち物】
白い布
蔦の命綱