第十話「微小の森」
少し気分を切り替えよう。
手足を伸ばして、幅広の石の上に寝転がる。
石の上に深く蒸した苔が、ふかふかのベッドのように体を包む。
「気持ちいいな。この苔。」
ゴロゴロゴロ ゴロゴロゴロ
平らになっている石の上を左右に転がり、深く生した柔らかな苔を堪能する。
よし、決めた。
寝床にはこの苔を敷いてベッドにしよう。
横向きに寝転がり、手の平で厚い苔を撫でる。
しっとりとした苔の手触りが心地いい。
分厚い苔にはスポンジのような反発力が有り、撫でれば柔軟に起き上がり、撫でられる前の形へと戻って行く。
苔は、撫でられては起き上がり、撫でられては起き上がる。
幾度となく繰り返されていく苔の動きをしばらく見つめていると、自然と心の焦りが消えて行くのを感じた。
いつしか僕は苔を撫でるのを止め、ただ苔を見つめ続けていた。
深く蒸すことで形成された苔の入り組んだ構造は、そこにミクロサイズの森が存在しているかのように思わせる。
この苔で形成された森の中にも、巨木の生い茂るこの森と同様の生態系が育まれているのだろう。
この厚く形成された苔は、まさに微小の森と言えよう。
ただ苔を見つめ続ける。
この微小の森の深く、苔の茎や葉が複雑に絡み合った内部の様子を覗き込んでいると、いつしか自分が実際に苔の中の森に居るかのような錯覚を覚えた。
微小の森をいくら覗き込んだとしても、深く入り組んだ苔の世界は見通しが悪い。
視界にして、精々1cmから2cmといった所だろうか。
その視認できる距離は、驚くほど短い。
だと言うのに、そこに広大な自然を感じてしまうのは、何故なのだろう。
寝転がっていた体を起こし、眼前に広がる巨木の生い茂る森を見つめる。
この巨木の森の視界は10mから20mといった所だろうか。
先ほどまで見つめていた微小の森が、今見つめている巨木の森と重なる。
「微小の森と巨木の森か。決して同じでは無い。でも、なんだか似ているな。」
この森と苔との間には、相似関係のような共通項が存在しているのだろうか。
視線を落とし、先ほどまで見ていた微小の森を俯瞰する。
しかし、苔で構成された微小の森は、既に森とは程遠い姿となっていた。
不思議なものだな。
近づけば森に見えるのに、遠ざかれば石の上の苔にしか見えない。
この巨木の森も高くから見下ろせば、この星に生えた苔のように見えるのだろうか。
人工衛星が地球を映すように、遥か上空からこの森が映し出される様子を想像する。
まず、緑に満たされた地表が脳裏に映し出され、次に、地表の緑を分かつように流れる幾本もの川が脳裏に映し出された。
なるほど。
高くから見渡せば、川を見つけることができるかもしれない。
これは偶然の発見ではあるが、ラッキーである。
水場を見つけられるという希望に、活力が漲ってくる。
どうすれば、この森を見渡すことができるのだろう。
周りには、巨大な木々が生い茂っている。
「木登り。してみようかな。」
【持ち物】
白い布