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第12話 魔導士の矜持、そして

モチベーションの低下に伴い、申し訳ありませんが一旦エタらせていただきます。

 降り注ぐ雷撃の豪雨。

 ミリ単位の隙間もなくギーグを襲うそれが石畳を焼く。

 元より雷魔法の扱いはギーグの土俵。

 同威力の魔法で相殺し、生み出した間隙から抜け出すなど彼には容易い。


 しかし雷雨を(かわ)そうとも新たに炎が襲い掛かる。

 立て続けに強襲する炎を身を捩ってギーグは回避する。

 開戦直後と違い、その戦況は逆転していた。


 シェリアの魔法、その威力自体はギーグに劣る。

 純粋な火力勝負ともなれば確実に彼が競り勝つだろう。

 だが、彼女が圧倒的なのはその手数。

 ギーグが千の手数で攻める間に、シェリアは万の手札を()って迎え撃つ。

 今は回避も間に合っている為に手傷を負っていないが、いずれ残り火が彼を焼くだろう。


 平均程度の魔力量でありながら、怒濤の連撃を繰り返す奇怪な戦法。

 そのリソース源は彼女が駆ける戦場に存在する。

 足跡には無数の光源。

 それは無造作に転がる瓦礫だったり、吐泥(ヘドロ)がのたうつさざ波だったり、石畳の隙間を縫う雑草だったりする。

 シェリアはそれらに一切の魔術的加工を加えていない。

 ただそれを魔法式と見立て、魔力を流しているだけだ。

 児戯にも等しい小細工に過ぎない。


 だがその小細工こそが、汎用型実戦魔式構築術ジャック・イン・ザ・ボックスの正体。

 魔法の発動に必要なのは、如何様(いかよう)に魔力を運用するか、それを記した方程式。

 その方程式――いわゆる魔法式は、呪言(ことだま)記号(まほうじん)など多彩な方法をもって描かれる。


 そして人体には生まれながらにして魔法式を持っている。

 筋組織の並び、骨格の立体構造、脈拍と共に流れる血流――元々生命活動をするためだけに備え付けられた構造に魔法的意味を見出し、天然の魔法式として運用する。

 これが星痕(スティグマ)と呼ばれる天然魔法式の仕組みだ。


 だが、天然の魔法式は人体だけとは限らない。

 石の並び、川の流れ、風の動き。

 これらは星における筋組織、血流、息吹も同然。

 人の身に星痕(スティグマ)があるというなら、星の身に星痕(スティグマ)があるのも道理。


 それら天然の魔法式は自然に溢れる魔力(マナ)と反応し、度々小火(ボヤ)を起こす事もある。

 なればこそ、それは天然の地雷原として運用可能。

 戦場に左右されるが、魔法式の構築を破棄して多くの魔法運用が可能になる。

 だがシェリアの魔法行使はそんな生半可な領域に収まらない。


 刻一刻と変形し続ける戦場。

 そこには多数の瓦礫の残骸が足場を埋め尽くしている。

 物理法則に従いただ衝撃のままに吹き飛ばされ、無造作に立ち並ぶだけの岩塊。

 意図を持って組まれた環状列石(ストーンサークル)ならともかく、取っ散らかっている以上の意味はない。

 ――だが、無意味なはずのそれらに意味を見出す事ができれば、それすらも立派な魔法式と成り得る。


 つまるところシェリアは戦場で適切な一手を繰り出すために魔法式を構築しているのではなく、戦場そのものを魔法式に見立てその中から最適な一手を選んでいるのだ。

 天然の要害も、人工の石畳みも、戦闘による爪痕も、彼女にとってはただの戦術的に利用可能な一画。


 膨大な魔法式を把握し尽くし、戦況の変化を常に把握する。

 多数の情報処理の果てに得られる手札は膨大だ。

 即時発動できる魔法。

 2秒後に発動可能になり得る魔法。

 10秒後の発動を望む魔法。

 望んだ魔法を実行する為には、どのような破壊を()って魔法式を刻めばいいか。

 それら全てがシェリアの脳内では整理され、勝利のために最適な魔法を使用していく。


 敵の破壊、自身の破壊。

 爪痕が描く軌跡を把握し、予測し、理解し――それらの拙い魔法式を束ね、一つの大魔術として結実させる。

 彼女の手札(まほう)はごく自然に手元に導かれ、適宜最善手を切っていく。

 それが魔導士シェリアが編み出した戦法、汎用型実戦魔式構築術ジャック・イン・ザ・ボックスだ。


 紅蓮と無色が相乗し、爆裂となって鬼神を襲う。

 火炎とそれに酸素を送る風のコンビネーション――唯一ギーグが得意でない炎魔法を駆使し、威力を特化させた攻めの刃。

 だがそれでもギーグには届かない。

 火の輪くぐりのようにすり抜ける。


 対するシェリアも緩手は打たない。

 ギーグの風魔法は確かに強力だ。

 だが風魔法である以上、下手を打てば相手が放った火炎に空気を送り、その威力を増大させかねない。

 風の刃を防ぐため、炎の弾幕によって彼の反撃の奪う。

 攻撃こそ最大の防御を実践した戦法だ。


 二手の片方を潰されたギーグは残された雷斧を振るうしかない。

 音をも超える速度で放たれる閃光が迫り来る。

 それを予期していたシェリアは手に握った8つの球に魔力を込める。

 それだけで地蔵(おきもの)と化していた鉄条網が(ひし)めき、避雷の盾となる。


()けろ、()けろ! 咲巻(さかま)(ほむら)

 《炙紅弔火インシネレートフラワー》!」


 幾千の兵へと手向(たむ)ける弔花(ちょうか)が咲き誇る。

 視界は赤一色。

 触覚は熱一辺倒。

 《爆紅蓮花フローラルイグニッション》と同じく、明らかに彼女の持つ魔力量を超過した詠唱。

 まるで外付けの魔力槽でも備え付けたかのような火力だ。

 大気に可燃性ガスが満ちていると言われても納得してしまうような熱量が充満している。


 その考えは間違いではなく、シェリアは此処(ここ)、聖都フォートランデから魔力を汲み上げて己が力としている。

 元々フォートランデの都市魔法陣は半永久浄水槽として設計されていたものだ。

 なればこそ、それを稼働させる魔力源がある。


 それは大地そのもの。

 星が鼓動し、脈動し、息吹く事で得ている魔力をかすめ取る事でその浄水器は作動している。


 そしてそれを利用しようとする者がいた。

 それはユーキたちだけではない。

 彼らによる悪用を阻んだシェリアでさえも、この魔法陣を盗用するつもりで細工をしていたのだ。

 魔法陣のエキスパートである彼女にとって、大型掃除機を巨大エネルギータンクに変えるなど朝飯前だった。


 ここが平場(ひらば)であったならシェリアはギーグに対してワンチャンスの勝機しか掴めなかっただろう。

 だが好条件を掴める天賦の運もまた戦闘の才能。

 ――今のシェリアは全盛の勇者(ユーキ)にも比肩しうる力量に至っている。


 一度取ったイニシアティブ。

 それを足掛かりとし、彼女は八分の勝利へと邁進する――ッ!


 再び特大級の火炎を放つ。

 逆巻く炎球が大気と擦れる度、(ごう)という音が(とどろ)きと共に聴覚を焦がす。

 逃がしはしない。

 シェリアの決意が確かに現れた一手だった。


「ハァァァアアアッ! カッッ!」


 その業火をも裂く、秒速の拳圧。

 拳に風をメリケンサックの様に纏わせ、指先を切っ先へと変えたのだ。

 それは拳に切れ味を与えただけでなく、拳を放つ射出台にもなりその威力を乗算させている。

 2秒間の虚空を穿つ。

 刹那、炎に空いた風穴をギーグは駆け抜ける。


 それはシェリアにとっては不意の一撃。

 だが不都合ではない。

 確かに中距離(ミドルレンジ)から長距離(ロングレンジ)における戦闘は彼女の土俵。

 だが近距離(クロスレンジ)を不得手とする訳ではない。

 中距離以上で活きる絶技があるのなら、接近された時の返す刃として接死の必殺を用意するのは必然。


 指を捻り、手元の魔力操作によって命令を送る。

 都合8本の鋼糸(ワイヤー)が重なり、無限の斬撃と化して疾駆する。

 石畳を砕きながら迫るその(さま)は、可視化された鎌鼬(かまいたち)のよう。

 その鮮烈な破壊力は鋼糸(ワイヤー)の側部付けられた極小の棘によって(もたら)されたものだ。

 その切れ味は高速の機動力と相乗し、相克する不動の大地を砕きながら疾駆する。


 ギーグはその攻撃を躱すのではなく、突進していく。

 右の五指、左の五指の都合十指(じっし)で網を掴み、無理くりに迫る。

 彼の皮膚には一筋の傷もつかない。

 棘による切れ味も、神速の切れ味も無力化する、恐ろしいほどの技量。

 彼の半生を賭けて得た戦闘技量は、鋼糸(ワイヤー)による殺意の包囲網を中央突破し得るだろう。


「『痺れろ(ショック)』」


 だがそれを予期していたシェリアは即座に鋼糸(ワイヤー)に電流を流す。

 棘から発せられる高圧電流は麻痺毒など比較にならないほどの凶悪さを()って体内を焼く。

 初の有効打。

 八分の勝率は九分へと増大。

 あとの一分を詰めれば、勝利に至る。


「カカッ! 見事ッ!」


 ギーグは咄嗟に飛び引く。

 鋼糸(ワイヤー)の疾走は止まらない。

 逃げ場などない――上方、前方、後方、左方、右方、何処へ避けようともその一閃は確実に届く。

 ならば下方。

 風を放ち、崩壊した石積みの中へと身を潜める。

 奇しくもそれは、汎用型実戦魔式構築術ジャック・イン・ザ・ボックスを完成させる直前のシェリアによる回避と似通っていた。


「無駄ッ!」


 だがそれも障壁には能わない。

 岩盤ごと細切れにする――そう言わんばかりに疾走は続く。

 全身に裂傷が生まれる。

 例え瓦礫が緩衝剤となろうともこの攻撃は止まらない。

 5秒後には一人前の挽き肉ができあがるだけだ。


「待っておったぞ」


 それでもギーグはシェリアの必殺に笑いを()って答える。

 そう、待っていたのはこの瞬間。

 彼女が扱う鋼糸(ワイヤー)は今、ギーグの皮膚に食い込んでいる。

 そして魔力で操作しようとも、糸を手繰り寄せれば彼女の手元に繋がる。


 彼と彼女はか細い橋渡しの状態になっている。

 ならばそこを疾駆する秒間の攻撃手段があれば、その一撃は必ず届く。

 当然その状況下で選択されるのは雷霆(らいてい)

 最大出力が必殺の毒となって襲いかかる。


「無駄だと、言っている」


 それでも彼女には届かない。

 電撃を毒として扱う彼女がそれへの応手を用意していない訳はない。

 応手によって身を裂くほどの張力は鋼糸(ワイヤー)からは失われたが、それでも戦闘に糸を引く傷を残す。


 瞬間練金――非常に何度の高い技。

 通常、物質を変成させるにはかなりの手間がかかる。

 それは短くて数時間単位。

 長い物であれば人の寿命をゆうに越える。


 だが、彼女にとってこの鋼糸(ワイヤー)だけは例外。

 汎用型実戦魔式構築術ジャック・イン・ザ・ボックスを扱う際にどうしても魔法陣の一画が足りない戦況が多すぎた。

 それを補うため、柔軟性、硬度、導電性、あらゆる事柄を調整し、自在な軌跡を描ける物質が必要だった。

 そのためだけに開発されたシェリアのメインウェポンが、この鋼糸(ワイヤー)である。


 電流が通っていたはずの鋼糸(ワイヤー)に電流が通らなかったのはそういう理由があっての事。

 導電体が絶縁体へと変貌し、敵の計算を狂わせた。

 その狂いは戦場では確かな致命へと至りうる、絶対的な隙だ。


 走る。

 シェリアは走る。

 時折魔法が障害となるも、十分に対応できる量でしかない。

 既にギーグは満身創痍なのだ。


 だがそれは彼女も同じ事。

 拙い縫合によって参戦権を得たが、それは僅かなダメージによって消滅する。

 だから確実に終わらせる必要がある。

 その為に危険を承知で、一合打ち合える間合いへと接近する。


 シェリアはギーグの背後に回る。

 彼の応手は全て潰した。

 虫の息であろうと、手数ではまだまだ此方(こちら)が上なのだ。

 ルーチンのように繰り返させる魔法は確実に彼の手札を削っていく。


 反撃が確実に来ない確信。

 それを得たために、彼女は手元の鋼糸(ワイヤー)に力を入れる。

 瞬間錬金によって柔軟性をましたそれは糸のようにうねり、彼の首に巻き付いてその呼気を締め上げていく。


 数秒経過した。

 風が()く声が聞こえる。

 息のかすれる音だ。

 ここまで来て抵抗できる者はいない。

 であれば、即座にとどめを刺すのが慈悲だろう。


 瞬間錬金を再び起動する。

 生糸のしなやかさが刀の鋭利さへと変貌する。

 もはや落とされた断頭台(ギロチン)を止める術などない。

 手首を僅かにひねれば、そこには一人の首なしができあがるだけ。


 ゴトリ、と肉体が大地に落ちる音がした。


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