第9話 闇に潜む者
すみません、かなり久々の投下になります。
執筆してなかったのはモチベが上がらなかったからです。
次回は11/7(火)更新します! こっちは完成しているので確実に間に合います。
栄光に翳りの無い聖都も陽が沈めば闇夜に落ちる。
光のない街で犇めくのは、警邏の任を担う者、あるいは酒や女に癒しを求める者と――闇の中でしか生きられない者だ。
彼はその第三の人物で、人の世を裏から操るべく日々暗躍する。
今日の彼は非番だった。
そのせいか仕事に鬱憤をぶつける事もできず、苛立ちは煙草の煙となって室内に充満していた。
3ヶ月前の任務で、第零特殊工作部隊シュンナムは壊滅した。
頭目である彼、ジーラ一人を除いて。
吸血鬼に変貌した勇者を抹殺する任務は、対象の著しい弱体化によってあっさりと解決するはずだった。
だがそこに横槍が入る。
正体不明の食人鬼が起こした天変地異――地獄の大口へと、部隊は呑まれた。
ただ逃走を続けるだけの彼女にいつそんな縁を結べる機会があったのかは定かではない。
重要なのはただ一つ。
人に劣るはずの存在である魔族が、己に楯突いた上に此方を羽虫のようにあしらった事だ。
「俺は断じて認めねぇ……ッ」
聖教の教義では人が唯一星に認められた優生種であり、魔族は劣生種とされている。
これは聖国の人々なら誰もが持っている考えだが、彼は生い立ちからその観念への執着が人一倍強い。
泥塊のようにこびり付いたその価値観は、彼の生い立ちが切っ掛けだった。
彼は孤児だった。
物心ついた頃には、いつの間にか両親がいなくなっていた。
不運にも彼は養母も養父も得られず、孤児院にすら身を寄せる事ができなかった。
生を掴む為には、畑を荒らし、惨めに物乞いし、雨風に身を晒される獣に身を窶すしかなかった。
そんな彼の人生が一変したのは、彼が13歳の時だった。
盗みと殺しを生業として生きてきた彼を、聖国は大胆にも拾ったのだ。
人と違って魔族に手を下すのは心地良かった。
人に対して盗みや殺しをするのとは違い、罪悪感を一切意識しなくてよい。
彼らは星に選ばれた人間たちとは違い、虐げられて当然の卑しい存在なのだから。
人間に生まれながら家畜以下の生を歩んできた彼にとって、これほど痛快な娯楽はなかった。
時折人に手を下す仕事もあったが、彼らは魔族と和解を望む穏健派だった。
人ならざる者に人と同等の立場を与えようなどと考える気狂いは始末されて当然だ。
だから彼らにも何の躊躇も無く凶刃を突き立てた。
だというのに、彼は魔族に敗北した。
それは彼の劣等感を逆撫でするには過剰過ぎる程の刺激だった。
ようやく人並み、いや、それ以上の立場を得られたのだ。
その証拠に一般の兵士などとは比べ物にならないほど貰えている。
食、酒、調度品、煙草、女――財の限り贅を極める事もできる。
人としては最上位の立場にいるはずなのだ――だというのに、彼は満たされない。
何かに渇き続けた彼の衝動は、屈辱によってもはや暴発寸前だった。
豪奢な時計が21時の鐘を告げる。
本来の彼であれば、夜の街へとしけこむ時間だ。
だが苛立った彼はそんな児戯では満足できない。
渇きを満たす、極上の血肉が欲しい。
焦燥した彼の耳に、扉から響くノック音が聞こえた。
苛立ちを隠さずに彼は客人を出迎える。
「ジーラ様、この度はお耳に入れねばならない事がありましてここに参上しました」
「けっ、俺は今そんな気分じゃねぇ。
どうしても重要な事だけこの場で言いな」
慇懃な言葉遣いで話しかけるのは、聖王に仕える初老の執事だ。
ジーラは目の前の男が好きではない。
いや、この城にいる全ての人物に対して嫌悪を抱いている。
彼らの言葉は表面上は取り繕ってあっても、ジーラを便利な道具と蔑む意図が端々に現れていた。
賃金というものも、彼らからすれば人への対価ではなく道具への維持費の投資でしかない。
それを直に感じている以上、ジーラが彼らに返すべき物は任務の成果と侮蔑の視線だけだった。
憎々し気な一瞥を執事に与えた後、ふとした疑問が彼の脳裏をよぎった。
思えば自分は嫌悪を態度で示した事はあれど、言葉で発露した事はなかったのではないか。
それが何故彼女の目の前では爆発したのか。
ただ正義に従う事しかしない愚鈍な勇者へと心地よい罵声を浴びせた、その時の心情を慮ってみるも得心はいかなかった。
分からないならただの気まぐれだと捉え、目の前の新任務の話に集中した。
「例の勇者ユーキについて報告が入りました。
彼らはどうにもここ聖都を目指している様子で、数日中にはここに辿り着くものかと。
貴方にはその迎撃に当たってもらいたい」
その報告を受け、ジーラの心は歓喜に震える。
それは件の勇者がここに来ているという事実と、甘い見通しを立てている王族一連に対してのものだ。
散々コケにされただけでなく、どうしようもなく苛立ちを覚えさせる勇者に対する復讐の機会を得た。
これに乗らない手はない。
渇きを癒す血を目の前に差し出されてそれを飲み干さない謙虚さはジーラには無縁のものだった。
そして、その首級は今頃地下に転がっているだろう。
王族は数日中などと言っているが、魔術師が本気で地を駆ければ赤兎にすら勝る。
その優勢はかつて勇者たちが築いた勝利の山でようやく為されたものであり、弱体化したとはいえ勇者が敵に回った以上は薄氷の優勢すら維持できる訳がない。
そんな形勢判断もロクにできずそういった平和ボケに微睡む王族達に冷や水をかける手立てになりうる。
気に食わない奴らを出し抜きつつ、不要な害虫を駆除する。
降ってわいた享楽として、それは上等すぎるものだった。
「おい、俺は今から出る。
お前はもう帰れ」
「こんな時間にどちらへ?」
「何って、決まってるだろ」
とぼけたような執事の質問に、ジーラは獰猛な笑みを浮かべて答える。
今から狩りに赴く猛獣のような喜色を声色に滲ませてながら。
「正義のお仕事、悪党退治って奴さ」
独善的な哄笑は夜の帳に籠る事なく、闇に響き渡った。




