第8話 ユーキの決意
5日も更新サボってしまいました。
2000字ぐらい書いたのを没にしたり、机に向かわなかったり、プリヤ映画見てたりしてたらこんな事になってました。
これから更新はマイペースに進めます。
絶対終わらせるからそこは安心して……。
夢を見た。
シェリアと決別してしまった結果、彼女が孤独にむせび泣く夢を。
シェリアと決別できなかった結果、彼女が魔族との接触に葛藤する夢を。
夢を見た。
アレクを同行させ続けた結果、彼を死地に追いやってしまう絶望を。
アレクと離別した結果、オレ自身が挫けてしまう絶望を。
夢を見た。
永遠の時の果てで、リリシアとの再会が為らない旅路を。
久遠の時の彼方で、リリシアの訃報を耳にする航海を。
夢を見た。
聖剣を奪取してしまった結果、泥沼の戦場で人と魔族に多くの死人が出てしまった光景を。
聖剣を奪取できなかった結果、魔族という存在が塵芥も残らないほど死に絶えた世界を。
――夢を見た。
■■■■■■■■■■をしたおかげで、皆が笑い合える世の中になった世界を。
■■■■■■■■■■できたために、人と魔族が手を取り合っている世の中を。
■■■■■■■■■■がきっかけで、リリシアたちと復縁できた光景を。
夢の彼方にあったのは、何れも絶望だけ。
思えば、オレの選択の果てにはいつも絶望しかなかった。
聖剣を手に取った結果、多くの魔族を死に至らしめた。
ただ絶望に流され続けた結果、庇護すべき人とは決別してしまった。
失敗の責任を清算するために、仲間の心を傷つけてしまった。
オレの希望はいつだって、誰かが与えてくれた物だ。
リリシアが孤独から救ってくれた。
ディートリヒやシェリアが友情を与えてくれた。
ギーグが身を守る矛になってくれた。
アレクが、自己嫌悪に陥ったオレを赦してくれた。
それなのに、オレは誰かに希望を与えられていない。
与えたのは絶望だけ。
だからだろう。
希望に溢れた世界を夢想しても、その過程が伽藍洞なのは。
絶望に満ちた風景を想像すれば、それが現実の光景として創造されるのは。
――夢を見た。
復讐の果てに、荒野に斃れ伏す男の夢を。
彼はオレではなく俺。
聖剣を介して繋がったからこそ見える、俺の人生の総決算。
彼の人生は正に災厄と呼ぶに相応しかった。
ただ生きるだけで死を振り撒き、魔族に絶望を与える。
人々が救われ、彼が剣聖という賞与を得たのも、復讐の副産物に過ぎない。
男の人生は無意味だった。
結局魔族への復讐も、道半ばで吸血鬼の女に阻止された。
報復のみを是として掲げた生も、久遠の時を持つ生者に容易く手折られた。
だというのに彼は、死の間際に笑みを浮かべていた。
まるで己が人生に満足を得ていたかのように。
何故、お前は満ち足りている。
お前も、オレと同じじゃないのか。
ただひたすらに赦しと答えを求め、この世を彷徨い続けた亡者ではないのか。
そのオレの問い掛けに、剣聖は答えてくれなかった。
――――――――――
両の目が開き、泥沼の夢想から意識が覚醒する。
夢。
そう認識するのに、時間はかからない。
何度も繋がったとはいえ、聖剣がない現状で彼と出会える術はそれしかないのだから。
目覚めたばかりだというのに五感は鋭敏だ。
拘泥した思考に、吐泥の腐敗臭が鼻を突く。
普段には不快に感じるそれも、悪夢から逃れる気付薬として考えれば悪い気はしなかった。
シェリアの決別からは、1日が経過している。
あの時から彼女と接触する機会は一度もなかった。
オレの言葉が相当堪えたのだろう。
こちらとしてはその方が好都合だ。
一切の邪魔が入らずに作戦を進行できるのだから。
だが後悔の念は大きい。
シェリアが仲間思いであり、反面そこがそのまま弱点である事は分かっていた。
彼女を孤独に追いやるのは、巻き込まないための措置としては正しい。
けれど、その為に彼女の心にどれほどの傷を負わせてしまっただろうか。
いっそのこと彼女を仲間に引きつれ、ここから逃げ出した方が良かったのかもしれない。
一瞬その光景を夢想するが、そこでも彼女を苛む現実がありありと浮かぶ。
どの選択をしても、後悔するに決まっているのは分かってる。
それがオレの在り方だからだ。
どの道を選んでも後悔しかない。
だったら、少しでも苦しみが長くない道を選ぶしかない。
きっとシェリアなら、その内新しい仲間ができるだろう。
ディートリヒだって近い先に彼女と復縁できるはずだ。
それなら、この選択は間違っていないはずだ。
そう思っているのに、この胸の後悔は晴れてくれなかった。
悩みを消化できずに熟考していると、意識の端に動きを捉えた。
視界こそ闇に遮られているが、音からして寝袋で彼が蠢いている。
「悪い、起こしちまったな」
「ん、いや。大丈夫だよ。
こんな時間にユウは何をしてたの?」
「いや、ちょっと考え事をな」
魔力を発火源とし、ランタンに火を付ける。
昼とも夜とも区別のつかない地下の闇に、夕陽よりも朱い火が灯った。
「やっぱりシェリアさんの事、後悔してる?」
「ああ、当たり前だろ」
「今までの事を考えると、後悔してない方が少ないんじゃないの?
凄く後ろ向きな考え方しているよね、ユウって」
「色々あったんだよ、色々と……」
本当に色々な事があった。
その尽くの果てに悔恨があった。
人を救いたいと戦っても、結局は誰かを傷つけてばかりで。
1年の時を経て心を通わせた仲間が相手でさえも、結局は仇で返す事しかできていない。
今まで様々な場面で間違え続けてきた。
これから先も間違え続けるだろう。
一体どうすれば、誰かに希望を与える事ができるのだろうか。
「ねぇ、ユウは今までたくさん後悔してきただろうし、これからもいっぱいすると思う。
だけど、1つだけ分かっていてほしいことがあるんだ」
「何だよ、急に真面目くさった言い方になって」
「ユウはした事は確かに間違っていたのかもしれないけど、正しかった事もあると思うんだ」
「そんな事はないぞ」
本当にそんな事はない。
オレが築いてきたのは屍の山と踏み躙った絆だ。
アレクの事だって、いつ傷つけてしまうか分からない。
ただ、こうして一緒にいる方が楽だから今は旅をしているだけだ。
きっと機会があれば、オレはすぐにでもアレクと決別するだろう。
そんな薄情なオレが正しい行いなんてできている訳がない。
「ううん、そんな事あるよ。
だって僕はユウに救われたんだから」
アレクの慰めは、オレの耳を疑うような一言だった。
オレが、アレクを救えた?
冗談だろう。
むしろオレはアレクに救われてばかりで、その恩を何も返せていない。
「なるべく村では明るく振舞っていたけど、それは僕にとって攻撃されないための自衛手段だった。
害意のない存在だって思われれば、以前より扱いは悪くならないだろうから。
誰かに優しくしたいって気持ちはあったけど、自分も優しくされたいって見返りを求めてるみたいで、どうにも手を伸ばせなかったんだ」
アレクが自分から弱みを晒したのは初めてだった。
以前はオレが不用意にそれを暴き、自分勝手に助けようとした。
その結果はオレの自滅で、結局オレがアレクに助けられる羽目になった。
そんな情けないオレに何故弱みを晒してくれるのだろう。
「だけど、ユウと出会って考え方が変わった。
最初は僕を魔族だと知らなかったとはいえ、普通に接してくれた。
ユウの境遇が特殊とはいえ、知ってからもそれは変わらなかった。
そんな人間関係、僕はお父さんとお母さんでしか知らなかったんだ。
それを思い出させてくれたのは、間違いなくユウだよ」
そんな事はない、と否定しようと思えばできただろう。
心の底では、どこか魔族を下に見た憐憫や哀れみがあったと。
だが、それは以前にぶつけた醜悪な感情そのものだ。
それを聞いてもなお、アレクはオレに恩義を感じている。
そのひた向きさを、オレの意固地で否定できる訳がなかった。
「ユウの後悔した日々だって、その裏で救われてきた人は絶対にいる。
誰かを助けたいって思っているユウが、誰一人として助けられていない訳がない。
その証明として、僕がここにいるんだから。
ありがとう、ユウ」
その言葉のおかげで、オレは気づけた。
ああ、オレは意地になっていただけだったんだと。
自分の力で誰かを救えた。
その事実を認めてしまえば、自分の心も救われてしまうから。
だから死に目を向け、生から目を逸らす事で救いを絶った。
そうしなければ、犠牲にしてしまった人に報いる事ができないから。
だけど、こうしてアレクに感謝を告げられて気づかされてしまった。
オレは犠牲になった人に報いたかった訳じゃない。
オレは誰かを助けて、その人に感謝されたかったんだ。
リリシアと会ったあの日も、アレクに助けられたあの日も。
オレを助けてくれた人の顔は、どこまでも眩しかったから。
オレも彼らのように、誰かを助けられる人になりたかったんだ。
「そうか……アハハッ! そうだったんだ! ハハハッ!」
一度気付いてしまえば、全ての感情が怒濤の様に押し寄せてくる。
涙も鼻水も、滂沱の勢いで流れ出てくる。
だが、笑いもまた止まらなかった。
おかしい訳でも、嬉しい訳でもない。
かといって、今までの自分を嘲笑するものでもない。
堰を切ったように押し寄せる感情が、笑いという手段でしか表現できないのだ。
だから、感情の奔流が止むまで涙も笑いも止めなかった。
誰かを救うのなら完璧でありたいと思った。
憧れた人たちがあまりにも格好良かったから、それを継いだ自分にも汚点があってはいけないと。
それが増長し、汚れたくないという願望にすり替わっていた。
だけど同時に、他者の救済を捨てきる事もできない。
血の様にこびりついた感情は、いつしか歪な意固地へと変貌していた。
――オレの心はいつの間にか、瘡蓋だらけだったのだ。
その瘡蓋がようやく剥がれた。
オレがかつて持ち、今取り戻した本当の夢――それを見つける事ができたのだ。
「ありがとうアレク。
お前のお陰で、オレが何をしたいのかが見えたよ」
「いや、どういたしまして」
顔にこびり付いた液体を拭いながら、オレは感謝を告げる。
謝罪しか言えなかったあの時とは違い、何だか面映ゆさが滲み出てくる。
だけど、確かに言えたのだ。
その返礼の挨拶もアレクから返ってきた。
こうした何気ないやり取りが、オレはずっと欲しかったんだ。
なら、この信念を貫く行動を見せなければならない。
そうじゃなきゃ、二度と『勇者』なんて誇りは背負えないだろう。
「そうと決まれば……。おい、ギーグ! 起きろ!」
「何じゃ。夜更けに騒々しい。
少しは老体を労わらんか」
「その筋肉で衰えてる訳ないだろ。
そんなことより見つかったんだよ、オレの答えが!」
「ほう……それはどのようなものか?」
「それを今から見せてやる!
組手だ、組手の準備をしろ!」
「何でこの話の流れで組手になるの!?」
困惑するアレクを放置しながら、オレとギーグが対峙する。
赤橙色のランタンの灯りが朧影を生み出す。
揺れる焔の光の下では、ギーグの影がオレの3倍以上もあるように見えた。
現状の実力差も、その長さと同じ――いや、その程度では収まらないだろう。
だが、オレにはギーグを満足させる解を見せられる自信があった。
彼が両の拳を中段に構える。
オレもそれに呼応し、中段に構える。
徒手のまま、1本の剣を携えて。
意図の分からないポーズに、アレクの困惑は深まっていく。
オレの手には当然何も握られていない。
だが、構えは中段に両手剣を握る剣士のもの。
この構えの意図、目の前の鬼には一目瞭然だろう。
その証拠に、彼の目は闘志の炎で爛々と輝いている。
開戦の狼煙は、互いの視線が交差した刹那だった。
コンマの時が過ぎた時、二人の肉体はすれ違う。
一本取った。
そう確信できる一撃を打ち込んだ。
しかし、当然一本取られたのはオレの方。
手加減されたとはいえ、重い鈍痛が五臓六腑に響く。
「……なるほど、カカカッ!
なんと欲張りな! 面白い!」
「ぼ、僕には何を見せたいのかさっぱりだよ……」
「うおおお……いてぇ……」
だが、オレの一撃は完璧だった。
手に握られた虚空の剣は、確かに側腹部を裂いた。
絶無の魔力と無力な膂力、この2つの相乗が生み出す無刃の一閃。
伽藍洞のこの身では、無為の一撃にしかならない物だ。
だがその中身を満たす物があれば、確実に届く。
その虚構の事実は、ギーグの高笑いが証明している。
「ねぇ、筋肉だけで分かり合える世界に入らないでよ。
さっぱり理解が追いつかいじゃないか」
「おお、悪かった。
だけど、ようやく決心がついたよ」
この夢は大きすぎて、誰かに言えば10人中9人が笑うだろう。
きっとこの体格の子供ですらそんな夢はみないだろう。
だけど、気恥ずかしさなんて微塵も湧かなかった。
眩しさに目を背け、泥沼に逃げたけれど、この世界でずっと持ち続けてきたものだから。
「オレは、人と魔族の争いを終わらせてみせる!
妥協なんて一切しないッ!
目の前の奴らを片っ端から救う!
オレの目指す未来は、そこだ!」
ようやっとユーキを主人公っぽく書ける……!




