第7話 決別
大遅刻投稿になります……。
完成したのが昨晩12時でもう眠くて仕方なかったので、唐突な昼間の投稿になります。
今晩間に合うかは怪しいです。
「ひ、酷い目にあった……。
首、大丈夫かな? 変な方向に向いてない?」
「ああ、大丈夫だ。
いつも通り背筋も首筋もピンとした、姿勢のいいアレクだぞ」
洋服店での一悶着をどうにか脱し、オレたちは街中を歩いていた。
その後の買い物で、旅に必須の消耗品である灯油や食料も買い足した。
その間、シェリアはずっと不服な表情で後ろをついてきた。
「むー。似合ってたのに」
「諦めろ。
あくまでオレの中身は男だ」
「美少女はもっと着飾るべき。
リリシアもそう言っていた」
「なるほど……ってリリシアの言葉なら何でも鵜呑みにすると思うな。
いくら外見がこんなんでも、オレにはオレの心情ってものがあるんだよ」
「ユウが美少女か……うん、事実は小説より奇なりだね」
「一々オレの内と外のギャップに言及しないと気が済まないんかい!」
「痛い痛い! 手を抓らないでよ!」
相変わらずオレの扱いが雑なアレクに、地味な抵抗をもって抗議する。
確かに急に変わりきったこの肉体から変なギャップが生じるのはしょうがないが、もうちょっと変化に戸惑っているオレの心情を考えてくれてもいいだろう。
これでもションベンの時とか、発射角度が変わって苦戦しているというのに。
「兄妹みたい」
「お? そうか?」
「凄く仲良さげ」
人間関係の良さを他の人に指摘されるのはちょっとこそばゆいけど、悪い気はしない。
多分、アレクとは出会ってすぐに本音をぶつけ合ったからこんなに仲良くなれたのだと思う。
それにしても兄弟か。
うん、なるほど。
「そっか、じゃあオレが兄としてしっかりしなくちゃな!」
「いや、ユウが弟か妹でしょ。
大抵のトラブルの原因だし、意外と打たれ弱いし。
それに、背も僕よりかなり小さいじゃん」
「どう見ても妹」
「そこまでガッツリと否定しなくてもいいだろ!?
あとシェリア、妹って女性限定の表現はやめてくれよ!」
「やめない。溢れ出る妹力」
アレクより年上だとアピールのできそうな隙があったから兄主張したらこの様だ。
オレ、そんなに頼りないんだろうか。
あと、シェリアには妹力という謎の概念について詳しく詰問したい。
「あー、こういう話題になるとオレが不利で敵わん。
それじゃ、次の目的地に行くぞ」
買い出しはもう終えた。
なら、地上に出た本命の目的を果たすだけだ。
きっと、そこに行けばこの楽し気な時間は終わってしまうだろう。
シェリアは協力したいと会った時に言ったが、おそらく彼女はオレたちと同じ物を見ていない。
あの発言も仲間なのに離れ離れになる寂しさから逃れたいが故のものだ。
慰めの言葉をかけて一緒にいるのが、仲間としてすべき事なのだろう。
けれども、オレには聖剣奪還という義務がある。
それを果たすためには、彼女との決別はしなければならない。
「そういやシェリア、リリシアにも普段からセクハラしてたのか?
一緒にいた頃はそんな様子はなかったと思うんだけど」
「さっきも言った。
彼女はガードが固い」
「生まれついての女性っていうのが関係しているんですかね。
ユウなんてしょっちゅうガニ股ですし」
だけどもう少しだけ、何の諍いもないこの時間を味わいたい。
別れの場所に行くまでの間、オレたちとシェリアは楽し気に言葉を交わしていた。
――――――――――
「さて、この辺りだな」
オレたちが辿り着いたのは、薄暗い裏路地だった。
清掃が行き届いているのか目立った汚れこそないが、背丈のある住宅から落ちる影がそこに黒い印象を植え付けている。
オレはその地面に、迷いなくナイフを突き立てる。
手首を回す度、一画、二画と石畳に傷が増えていく。
「……何をしてるの?」
「魔導士のシェリアなら分かるだろ。
都市魔法陣に手を加えている」
オレが傷つけているのは、何の変哲もない石畳。
一見すると、子供が地面に落書きをしているように思えるだろう。
だが都市部は生活空間と一体化しているため、このように何の変哲もない路地裏自体が魔法陣の一部になっている。
時には老朽化の傷に偽装して魔法陣の一部にされている物もある。
オレは意図してそれに手を加え、魔法陣へと改造を施す。
説明などしなくても、魔法陣をどのように改変しているかは彼女は理解してるだろう。
彼女は魔術師などという凡百の存在に収まらない、規格外の魔導士だからだ。
魔術師とは戦術的に魔法を扱い戦う人々の事を指す。
攻守、布石などを熟考し、適切な魔法式を構築して使用するのが魔術師のセオリーだ。
彼女の魔法はそんな生易しい物ではない。
戦闘の過程で必要な魔法が、自然と彼女の手元へと導かれる。
思考時間、魔法式の構築などの手間を、奇妙にも瞬時に済ませてしまう。
そんな彼女にオレの思いを伝えるなら、実際に工作している様子を見せるのがいいと判断したのだ。
下手な言葉よりも早く、的確に意図を理解してくれるだろう。
「聖剣を奪っても誰の得にもならない。
むしろ人類の不利益になる」
「へぇ、オレに協力してくれるんじゃなかったのか?」
意地悪な質問をシェリアにぶつける。
人と魔族、どちらに立つべきかを困惑させるための発言。
それは彼女への思いやりなんてない、ただ自分本位の言葉だった。
「暴走を止める。そうとも言ったはず」
「そっか。そういやそうだったな」
これは一本取られた。
オレが彼女の考えをよく知っているように、彼女もオレの思考をよく理解している。
どうやら揚げ足取りは通じないようだ。
なら、オレの意図を直接伝えるしかない。
「アレは、聖剣はただの殺戮兵器だ。
只人を無理矢理即席の英雄に仕立てるだなんて、その力も開発動機も尋常じゃない。
特に、魔法のおかげで一英雄が戦況を左右するこの世界じゃな」
「同時に、人類守護の希望。
ストレシヴァーレのおかげで救われた命は多い」
「確かに、それは人の立場からすると正しいのかもしれない。
だけどオレはもう、理不尽に誰かの血が流される光景を見たくないんだよ」
「……ユーキは優しい。
だけど慈悲をかける必要はない。
彼らが多くの命を奪ったのは事実」
シェリアの両親は魔族との戦争で亡くなった。
それ以来、彼女は復讐の牙として魔法の腕を磨いてきた。
半生を憎悪と共に過ごしてきた彼女としては、魔族は滅ぶべき存在であるという考えは到底変えられない物なのだろう。
だけど、今のオレとシェリアが仲間であるには枷にしかならない感情だ。
「オレも虐殺者で魔族。
それもまた変えられない事実だ」
「……ッ! でも、それは後天的要因でッ!」
「その原因はリリシアだ。
つまり、アイツも種族上は吸血鬼で、魔族に分類される」
「分かってるッ! だけど、二人は人の為に戦ってくれていた!
私たちに変わらず接してくれたッ!
種族上はそうでも、アイツらとは違うもん!」
仲間として戦ってきたから、敵対せねなければならない事実を受け入れられない。
だからこそ、オレたちを仲間だと信じられる材料を取り繕おうとしている。
仕方ない事だ。
だけど、その分別をつけるのは彼女の魔導士としての立場を守る為には必要なことだ。
だったら、オレを助けるなんて無謀な事は諦めてもらわないといけない。
「優しい魔族は、アレクみたいな人は、どこにでもいる。
オレやリリシアは、特別な名誉人間なんかじゃない」
シェリアはオレの言葉に驚きを隠せない様子だった。
意図を汲んだアレクは、フードを取り去り自身の耳を彼女に見せる。
それは紛れもなく、アレクがエルフの血筋の者だと証明する物だった。
「こいつは父親が魔族なんだ。
そのせいで幼い頃からたくさん苦労してきた。
そんな中で育ったのに、誰かに優しくできる奴になったんだ」
オレはコボルトの少女を見て、魔族も人と変わらないのではないかと思い始めた。
そしてアレクと出会い、旅をして、その考えはもはや確信になっている。
オレは魔族に光を見出し、彼女は魔族の闇に呑まれた。
その違いのせいで、オレたちの意見が交わる事はきっとない。
「オレが考える優しい魔族の一面も、お前がいう残酷な魔族の一面も、どっちも間違っていない。
ただ、出会いの切っ掛けが違うから価値観が違うだけだ。
オレにとっての魔族は人と同じように助けたい存在だけど、シェリアにとって魔族はどうなってもいい存在だ」
オレを止めるのも手助けするのも、シェリアにとっては苦しい選択だ。
両親を奪われた苦しみなんて、簡単には取り払えないだろう。
かといって、オレがかつての仲間であった事実も捨てられない。
聖剣奪取を止めるのであれば、オレと敵対する。
それを手伝うのであれば、間接的かつ甚大な規模で魔族に貢献する事になる。
だから、彼女とはここで決別するしかない。
「オレとシェリアは、もう同じ世界を見ていない。
だからシェリア――」
――もう、オレたちは仲間に戻れない。
それを告げると、彼女の瞳から滂沱の涙が溢れ出てきた。
彼女にとっては初めてとなる仲間からの別離の言葉。
その涙の量が、オレの言葉の残酷さを物語っていた。
「何で……何でそう言うの……」
「私はッ! ユーキやリリシアにもう無理してほしくないッ!
それだけなのにッ!」
泣きはらした目でこちらを睨みながら、彼女に似つかわしくない大声で叫ぶ。
それはきっと、拒絶に戸惑いながらも必死に絞り出した彼女の本音だ。
だけど、オレはそれすらも否定する事しかできなかった。
「……ごめん。だけど、もうこの道を行くって決めたんだ。
今まで迷惑や心配かけた上にこんな我儘を言うのは間違ってるかもしれないけど、オレがやらなくちゃいけない事だから。
本当に、ごめん」
「何でッ! 何で皆分かってくれないの!
リリシアもッ! ディートリヒもッ! ユーキもッ!
私は皆と一緒にいたいのに! 何でッ!」
そう告げるなり、彼女はどこかへと駆け出してしまった。
追う選択も脳裏に浮かんだが、逃走の元凶であるオレにその資格はない。
彼女の姿が見えなくなった事を確認すると、オレは魔法陣改変の作業を再開した。
「今のユウは最低だと思うよ」
「ああ、分かってるよ」
シェリアは無自覚にオレやリリシア、アレクのような立場の人に突き刺さる棘のある発言をしていた。
だけどそれは、オレたちへの悪意じゃない。
シェリアはオレやリリシアを魔族だと分かっていても、仲間だと信じようとしている。
だからこそ魔族と共通する要素を思考から取り除いていた。
むしろ、彼女は一から十までこちらの事を信頼してくれていたのだ。
自らの贖罪に巻き込まないため突き放したと言えば聞こえはいいが、その本心は自分勝手な要素が強い。
結局の所、彼女の好意が邪魔になるからそれを斬り捨てただけだ。
「それとアレク。
お前にも悪い事しちまったな」
「それについてはいいよ。
全く気にしていないから」
シェリアにオレの思いを告げるのに、アレクの境遇を利用した。
アレクにとっては乗り越えられた事だけど、他人のオレがその過去へ不用意に踏み入るのは無礼千万だ。
それなのに、アレクはオレに全てを一任してくれている。
初めての友人という信頼が、奇妙に働いてしまっているのではないか。
シェリアとの論争中に一切口出ししなかったのは、アレクは身内の揉め事を個人で解決すべきだと考えているからだろう。
アレク自身はオーキス村長とのすれ違いを出発前に解消したらしい。
今のオレにも自分の手で不仲を解消してほしいと思っているのだろう。
だけどオレにその気はない。
きっとどちらを選んでも、シェリアを傷つける事になるから。
「さあ、作業はこれからが本番だ。
夕方まで時間一杯街中を回るからな」
気持ちを別の方向へ切り替える為、目標を再確認する言葉を発する。
それはある意味、シェリアの問題から逃避する行為だ。
だけど、オレはそうしなければいけない。
聖剣奪取という大望を果たすには、そちらに目を向けている余裕なんてないのだから。




