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第1話 鬼との邂逅

処女作です。

この度は拙作をご拝読いただき誠にありがとうございます。

拙作を少しでも多くの人に楽しんでいただければ幸いです。

 オレは闇夜の静けさの中を歩む。

 鬱蒼(うっそう)とした森の中に響くのは、オレが小枝を踏みしめる音だけだった。


 行く先に答えがあるかも分からない旅を続ける。

 オレはただの逃亡者だ。与えられた責任を、約束された名誉も、かつての仲間をも、全てを捨ててきた臆病者だ。

 『勇ましき者』としての勲章を投げ打った最低の男だ。


「はは……、何が戦争だ。くそったれ」


 剣を打ち、槍で穿(うが)ち、矢で貫き、肉の山を築く作業。

 オレはその片棒をここ1年ずっと担ぎ続けた。いや、主犯と言ってもいいだろう。何せ、この世界に来てからオレは文字通り一騎当千の力を持っているのだから。


 オレは元々こことは違う世界に住んでいた。

 日本という国に暮らし、戦火の火の粉など降りかからない人生を過ごしていたはずだった。

 事態が急転したのは1年前。

 この世界に召喚され、魔族を滅ぼす(めい)をうけた。


 魔族とは、この世界に暮らす人以外の知的生命体を指す言葉だ。


 ほとんどが人と同じく二足歩行をし、人と同じく社会的な営みを持つ生物の群体だ。

 地球の創作物に当てはめれば亜人といった部類の存在になるのだろうか。

 ファンタジー小説に登場するような悪魔や獣人のような外見をしている。


 当然、彼らを討伐するという突飛な命令を、当時の俺は受け入れられなかった。

 日本に生まれた若者なら当然の要求を、召喚主であるニューヴェリアス聖国王に叩きつけた。


 元の世界に戻してほしい。戦いなんてしたくない。


 だが国王からはその希求は取り下げられ、俺は戦いを余儀なくされる。

 聖国秘蔵の次元魔法以外に帰還方法はないと告げられた。

 仮に帰還を諦めてこの世界で暮らす事にしても、一切の資産を持たない俺はニューヴェリアス国からの要求を受け入れるしかない。

 拉致、脅迫というのがここまで理不尽な行為だというのを、身をもって知らされた。

 元の世界に返るという、元はと言えば何の利もない報奨を餌にされて俺は魔族討伐に参加する事になった。


 それからの生活は肉体的には苦しかったけれど、意外にも精神的には厳しいものではなかった。

 国賓と同等の待遇で受け入れられたので金銭面で困る事はなかった。

 勇者として戦場の第一線で戦い続けたけれど、心強い仲間たちがいてくれたおかげで乗り越えられた。

 仲間は誰も彼も、俺にはもったいない程いい人たちばかりだった。


「ああ、裏切っちゃったんだよなぁ……。アイツらを」


 ディートリヒは兄貴分としても親友としても良い奴だった。

 この世界に来たばかりで右も左も分からなかったオレに常識や戦い方を教えてくれた。

 それでいて上から目線になる事も、勇者として賞賛されるオレに羨望を向ける事もなく、ただ対等な関係で接してくれた。


 今頃、勇者の責務を放棄したオレを怒っているだろうか。


 シェリアは敬虔な聖教徒だ。

 ちょっと説教がましい所もあったけれど、いつも皆の様子を気を遣ってくれていた。

 誰が相手であろうと悪行を許さず毅然と立ち向かう彼女に、オレはいつも憧れていた。


 きっと戦いから逃げたオレに失望してしまっただろうか。




 それと、彼女は今どうしているだろうか。


――――ユーキ! ほら、行くよ!――――


 彼女は、今も生きていてくれているだろうか。


「考える事が都合良すぎるな、我ながら」


 彼女の笑顔を思い出し、思わず苦笑と共に頭をかく。

 すると、ハラリと動いた自分の髪が目に映った。


 それはオレ本来の黒髪とは違い、彼女と同じ銀髪であった。


「ここまで吸血鬼化が進行したのか……」


 体全体を確認すると、若干等身も縮んでいる事が分かった。

 先ほどから微妙に歩き辛かったのは靴のサイズが微妙に合わなくなったからか。

 そうなると、どこかしらで衣類を調達するのが目下の急務になる。


「何も無くても、生きている限り目標ってのはすぐ見つかるものなんだな」


 何もかもを投げ出してきたつもりだった。

 魔族を殲滅するという義務も、仲間と過ごす楽しい日々も、元の世界に戻る望みも。

 だけど命はまだ捨てられていない。そんな未練がましい自分を唾棄したくなる。

 いっその事、誰かがオレの事を殺してくれれば楽になれるのに――――


「その剣、どうやら聖剣ストレシヴァーレのようだが、お主が勇者か?」


 そんな望みに答えるように、戦意を剥きだしにした声が後ろから聞こえた。


 振り返った先にいたのは、身の丈3メートルほどにもなる巨漢だった。

 人ではあり得ない巨躯、熱を発していると錯覚するほど赤い皮膚、牛頭天王を思わせる2本の長大な角、憤怒の表情を貼り付けたような険しい顔立ち。

 それらの要素が、目の前の存在が人ではなく魔族であると如実に物語っていた。


「半分当たってるようなもんだけど、そういうアンタは何者なんだ?」

「儂はギーグ。儂らは自分達をオーガと呼ぶが……、お主に合わせた呼び方をするなら食人鬼かの?」


 食人鬼。文字通り人を糧として生きる鬼。生態からして既に人と袂を分かっている存在だ。

 その剛腕で腕を千切り、生のまま肉に(かぶ)り付く。

 そんな習慣を持つ者と隣人になりたい人はいないだろう。


 だからこそ、人と魔族は隣人には成り得ない。

 人は魔族を嫌悪する――宗教上では魔族は神の庇護を受けられない存在と見なすほどに。

 魔族は人を踏みにじる――そこには深い悪意はなく、ただ欲を満たすための行為として。


「ふむ、噂に聞いていたよりも小柄で童顔じゃのう。お前さん、もしや女か?」

「男らしくないとはよく言われるけど、女っぽいって言われたのは初めてだよ」

「ほう、なら遠慮はいらんか」


 その言葉と共に、鋭利な一閃がオレの体を掠める。

 咄嗟に引き抜いたストレシヴァーレでいなしたお陰で無傷だが、命中していれば腕を一本折られていただろう。


「やわな体付きの割にやりおるのう。勇者というのは伊達ではないという事か」

「いきなりご挨拶だな。交戦の意思が薄い相手に殴りかかるなんて、魔族の中でも相当野蛮だぞ」

「オーガは強者の血肉を食らう事を誉れとする。

 目の前に人類最強と謳われる勇者がいるのに、全力で殺さないほうが無礼というものよ」


 全力を持って殺す。

 その宣言と違わぬほど、先ほどの一撃は確かに強力なものだった。

 拳を聖剣で受けた時、今までに無い程の震えが腕に走った。

 仮に受け流さなかった場合、拳はダマスカス鋼でできたオレの鎧など軽く貫いていただろう。


 死が身を裂いていたかもしれない悪寒。

 普段取りであれば、悪寒によって冷静になった思考から最適解を導けていただろう。

 例えば、一旦逃走して仲間と共に策を練り、ギーグに対して有利な状況で戦うなど。


 だが今のオレに思い浮かんだ行動は、同じく全力でギーグと戦う事だった。

 明日には人としての肉体が残っているかも分からない。

 仲間を裏切り、勇者としての地位も捨てたオレには人としての尊厳も残っているか怪しい。

 オレには、もう帰る場所なんてどこにもない。

 そんな状況なのに死と生のどちらも明確に選べずにいる。


 死ぬ度胸もない癖に、生きる望みを持たないオレにとってこの戦いは最大の吉兆なのかもしれない。


「いいぜ、アンタがそのつもりならオレも全力で相手をしてやる」

「ほっほっほ! 中々の闘志、これほど心を揺さぶる相手は久々じゃ。いくぞ勇者よ!」


 具現化した死を目の前に興奮を抑えられない。

 コイツは今までに出会ったどの魔族よりも強い。


 だからこそ、それを倒した時には生きる事の意味がはっきりと分かるではないか。

 倒せなくとも、半ば望んでいる通り死ぬ事ができるので問題はない。

 そんな強敵に何の名乗りもなく戦うのは無礼だ。

 とち狂ったオレの思考から、ごく自然に言葉が放たれた。


「勇者なんて称号はとっくに捨てたよ。オレはただのユーキだ、覚えておけ」


to be continued...

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