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2017年/短編まとめ

青春は遠回りである

作者: 文崎 美生

チクチク、針と糸が動いて動いて、布と布を繋ぎ合わせていく。

短時間でどんどん形になっていくのが凄いと思う。

最初は布の切れ端同然だったものが、確かな形になって別物になるのだ。


(サク)ちゃんは手先、器用だね」


ゆらりと上げられた真っ黒な瞳には、俺が映って、瞬きをすれば一瞬だけ消える。

視線を上げたので手の動きも止まり、針も糸もそのまま停止した。


「……手先は、ね」


ふぅ、と吐き出された短い息とその言葉。

棘もない淡々とした言葉だった。


「そう?小説を書いたり写真を撮ったりは、文章力とか感性の問題じゃない?」

「……そうじゃない」


首を捻って彼女――作ちゃんが好んでることを上げてみれば、ゆるゆると首が横に振られた。

左耳付近で結えられた黒髪が、白い頬を掠める。


崎代(サキシロ)くんを追っ払うほどの口先の器用さは持ち合わせてない」

「……え、追っ払いたかったの」

「冗談。でも、口先の器用さはあまり」


また首を振って、今度は視線を下ろして手を動かす。

チクチク、また布と布が縫い合わされた。

一度も糸が絡まることも、刺し違えることもなく、同じ縫い方を等間隔で行っている。


手先は、とは言わないが、手先が、器用なのは分かっていた。

会わせて、口先が器用でないことも知っている。

どちらかと言えば口下手で内弁慶。

その癖ハッキリとした物言いは、相手にどう思われようと知ったこっちゃないからである。

オブラートに包めないからこそ、不器用だ。


「その点、崎代くんは手先も口先も器用だからね」

「何でだろう……。褒めれてるはずなんだろうけど、褒められてる気が全くしない」


濃紺の布を縫い合わせ終えたのか、残った糸を丁寧に玉結びにしてぷつり、と糸切り挟みで切り落とす。

同じ濃紺色の糸が、針の穴に入ったまま、十五センチくらい、宙ぶらりんになる。


「俺、口下手だよ」

「人見知りはするんだろうけど、万人受けするタイプだと思う」

「万人受け……」


残った糸を抜き取り、縫い終わったらしい布地は机の上に置かれる。

人間サイズでもないが、着せ替え人形のサイズにしては大きいジャケットだ。

昔、妹も着せ替え人形持ってたな。


小さなトートバッグのような裁縫箱……ならぬ裁縫鞄の中には、各種各色の糸や針が詰め込まれている。

何故か、ミシン糸と針もあったが。


「崎代くんは……言葉を考えずに言えば外面が良いってやつでしょう?」

「……言葉を考えたら愛想が良いだよね」

「じゃあ、崎代くんは愛想が良いから、だから、実は人見知りでも知り合い程度を含め、広い交友関係が作れている」


小さなプラスチックケースから何かを取り出す作ちゃんは、淡々と、言葉を選ぶことにあまり頭を使わずに吐き出していく。

こういう所が、口下手で口先が不器用だ。

現代文も古典も成績が良いのに、誰かと話す時にはその知識などが現れない。


目を細めて、手の平の上に鈍い黄色の何かを乗せた作ちゃんを見る。

小さなボタン、にも見えた。


「本人の意思は置いておいても、周りから特別酷い敵視を受けることはない。悪いことじゃ、ない」


また、濃紺の糸を手に取る。

適当な長さで、ぷつりと切られるそれと同時に、作ちゃんの言葉も切れた。

これは、うん、褒めてくれている。

一つ大きく頷いて見れば、僅かに上げられた作ちゃんの黒目が細くなった。


「だからこその、疑問かな」


鈍い黄色のそれは、やはりボタンだ。

糸を通して、その小さなジャケットに小さなボタンを縫い付けるらしい。

作業の手を止めずに放たれた言葉は、僅かな固さを含んでいる。


伏せられた長い睫毛は、不健康なまでに白いその肌に小さな小さな影を落とす。

長い前髪が垂れて、その表情を分かりにくくする。


「崎代くんがボクに引っ付いている理由が、全く以て分からない」


手早く小さなボタンを縫い付けて、糸を切る。

同じ要領で、一つ、二つ、ボタンが増えた。

予想外の発言に瞬きをしながら、その作業を見つめていたが、二度目の糸切り挟みの音で我に返る。


「俺、作ちゃん、好きだよ」


座っていた椅子から立ち上がる。

勢いだけは立派で、ガタゴトと音を立てた上に、作ちゃんが裁縫鞄などを置いている机に足をぶつけた。

机をずらしたために、作ちゃんが顔を上げる。

蝋人形のような綺麗な無表情がそこにあった。


「有難う」

「うん」

「でも、ボクは別に好きじゃない」


あまりにもハッキリとした言葉だと思う。

立ち上がった俺は、ゆっくりと座って、もう一度、うん、と頷いた。


「男の人……いや、男の子としては好きじゃない」


何回も言わなくていいよ……と力ない声が漏れたが、作ちゃんは緩く首を傾けて、机の横に引っ掛けていた黒い革のスクールバッグを机に乗せた。

サイズの割には、ぺったんこのそれ。

授業道具よりも、原稿用紙とか裁縫道具を入れることの方が多いのは、だいぶ前から知っている。


「まぁ、お友達、としては嫌いじゃないけど」


スクールバッグから何か取り出される。

しかし、俺の意識は何かよりも、作ちゃんの言葉に向けられていて、いつもの伊達眼鏡の奥で、これでもかと言うほどに目を剥いた。


「え、ちょっ。作ちゃん、もういっ……」


もう一回、は上手く言葉にならなかった。

いや、ならなかったと言うよりは、言葉にさせてもらえなかったが正しい。

ボタンを縫い付けたばかりのジャケットは、スクールバッグの中から出て来た何かのものになっていた。

何かは、俺の口元に押し付けられて、声を出しても、もふ、と何かに沈む。


目の前の作ちゃんは、手に何かを持ったまま、俺を見上げて、瞬きを一つ。

長い睫毛が小さく揺れた。


「ところで今日、行き付けの喫茶店で季節限定のケーキが出る日なんだけど。早く行こうか」


それも終わったし、と俺の手を取って、何かをにぎらせた。

俺の口元から自主的に避けるつもりはなかったらしく、片手ずつ別の動きをする。

その後、何かを握らされた俺を一瞥して、出していた裁縫鞄を仕舞う。

丁寧に針と糸が並べられた。


ゆっくりと握った何かを下ろす。

それを、見下ろす。

出て来たのは間の抜けた声だった。


「ほら、行くよ。行かないの?」

「えっ。いや、行く!行くけど!!」


既にスクールバッグを持った作ちゃんが立ち上がり、俺を振り返りながら教室を出て行こうとする。

慌てて俺も鞄を手に取り、肩に引っ掛けた。


手の平で握った何かは、見慣れた濃紺のブレザーを着ている。

中には白いシャツとベージュのカーディガン。

濃紺と臙脂のネクタイまでしている。

薄い茶の髪とそれよりも少しだけ濃い瞳、合わせて赤縁の眼鏡には、見覚えがあるどころの騒ぎではない。


駆け出そうとして、作ちゃんのスクールバッグの金具にくっ付いて揺れるものを見た。

同じ作りだけれど、どうしようもないくらい、顔の作りが違う人形がそこにいる。

真っ黒な髪に、それを鮮やかな水色の髪飾りで止めた、真っ黒な瞳の人形。


「あ、え。作ちゃん!待って!!さっきの俺のこと……いや、それもだけど!この人形!!俺、そっちの作ちゃん持ってるやつも欲しいんだけど!!」


教室を出て行ってしまった作ちゃんを追いかけるために、バタバタと足音を立てて駆け出す。

手にはしっかりと、俺にそっくりな人形を握り締めて。

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