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「えー…今日からここで一緒に働くことになった篠山さんだ。」
「篠山遥香です。よろしくお願いします」
部長の言葉に促されるようにして、遥香はやや緊張した面持ちでぺこりとお辞儀をした。
顔を上げちょうど曜子とばっちり目が合うと、曜子は茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる。
そんな曜子に苦笑しながら、さりげなく周りの様子を伺い、遥香は心の中でため息をついた。
やっぱりね…
最初の印象が肝心…っていうのはよく聞くけど。
案の定、社員達はひそひそと口元を手で覆ってなにかを囁きあっている。
自分にとってあまりいい話でないことは明らかだった。
駄目よ、弱気になっちゃ…
ちゃんと頑張るって決めたじゃない。
怖気づきそうになっている自分を遥香は心の内で叱咤すると、平然とした顔を何とか装って前を向いた。
部長はぐるりと室内を見回したあと、一人のひとに声をかけた。
「芹澤君。彼女に仕事の説明するの、任せていいか?」
「分かりました」
低くて、どこか惹きつけられそうになる声。
遥香はドキリとして声の主に目をやると、姿を現したのは随分と背の高い男だった。
た、高っ……
遥香は唖然として、目の前の男を見つめた。
遥香の身長はけっして高いといえるものではないけれど、そこそこあるはず。
なのにその遥香が顔をかなり上げなければならないほど、その男は背が高い。優に180センチを超えているのではないだろうか?
「初めまして。課長の芹澤です」
その言葉に遥香はハッと我に返ると、慌てて頭を下げた。
「篠山です。よろしくお願いします」
「篠山さん、ね。じゃあ、早速だけど仕事の説明に入ってもいいかな?」
「は、はい」
優しそうな人…
遥香は上司に恵まれたことに内心ホッとしつつ、説明に耳を傾けた。
***
「そういえばアンタ…相変わらずね、そのメイク」
「…目立つ?」
笑ってごまかしてみようと試みるが、逆に裏目に出てしまったようだ。
遥香の言葉を聞いた途端、曜子の顔が豹変した。
「目立つも何も!それじゃ、悪目立ちだって遥香も分かってんでしょ?」
まくし立てるように曜子に怒鳴られて、遥香は肩を竦めた。
―――昼休み。
遥香は曜子に連れられて、会社の近くにある蕎麦屋にやって来ていた。
昼時であることも手伝ってか、店内は遥香たちと同じような社員で溢れ返っている。
曜子の怒鳴り声に周りの客が驚いて振り返るのに気付き、曜子は慌てて声のトーンを落とした。
「…もう少しメイク薄めにしても良かったんじゃないの?あんまり派手にしすぎても逆に浮くだけよ?」
遥香は曜子の言葉に何も言い返せず、黙り込んだ。
―――分かってはいるのだ。
自分が他人にどのように思われているのか…それは社員の反応でも一目瞭然だった。
それでも、遥香はやめることが出来なかった。遥香の臆病な心がそれを妨げる為に。
曜子はふーっと長いため息をついてから言った。
「…アンタがそれでいいなら、無理にやめろなんて言わないけど…。でも、そろそろ変わってみてもいい頃じゃない?外見と中身が一致しなさすぎよ。まあ、せいぜい女子社員に絡まれないように気をつけることね」
「…」
まさかすでに、前の会社で絡まれていたなど言えるはずもなく。
遥香は何も言わずにただ苦笑いを零した。
「―――ま、そんなことよりも。どう?芹澤さんは」
「…芹澤さん?」
突然話が切り替わったことに驚きつつ、遥香は眉を寄せた。
…って、さっきのあの課長のひとのことよね?
「優しいひとだと思うけど…」
「バカ!そんな事言ってんじゃないわよ。あれだけ女子の羨望の眼差しを受けておきながら気付いてないわけ?」
呆れたような曜子の声に、遥香は首を傾げた。
いまいち曜子が何を言おうとしているのか、掴みきれない。
気付いてないって…何が?
「はあーっ。あのね、芹澤さんは営業部のアイドルなの!崇拝の対象よ。この意味分かるでしょ?」
「アイドル…」
…確かに。
言われてみればそうなのかもしれない。
割合整った顔立ちをしているし、課長というポストにまで就任しているのだ。更にあの紳士的な優しい性格まで加われば猶の事。女子社員たちが放っておくはずがないのは当たり前か。
妙に納得がいき、遥香はひとり頷いた。
「いいわよねぇ、遥香は。あの芹澤さんが、仕事とはいえ、午前中ずっと遥香に付きっ切りだったじゃない。あの優しい微笑を拝めるもんなら、彼のために何でもするって子がいくらでもいるはずよ?」
「…そうかしら」
「そうに決まってるでしょ!あーあ。お父さんに頼んで、芹澤さんとの見合いでもセッティングしてもらおうかなー」
「はは…」
そういえば、曜子って副社長の子だったわね…
曜子の冗談とも本気ともとれる言葉に、遥香はひきつった笑いを浮かべることしか出来なかった。