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春企画「はじめてのxxx。」参加作品です。
服を着替え終えて篠山 遥香は小さく息をつくと、沈みがちな気分で鏡の前に立った。
鏡台にはずらりとメイクの道具が並んでいる。
マスカラからアイシャドウ、リップなど質の良いものから今、流行の最旬コスメまで…その品揃えの良さには、遥香自身呆れてしまうほど。
プロのメイクアーティストにも引けを取らない…この量なら店舗だってもてそうだ。
よくこんなに集まったものよね…
思わず苦笑を漏らしてしまう。
その中からいくつか候補を選び出すと、目の前に順番に並べた。
しばらく逡巡してから使わなそうなものだけ脇に寄せると、遥香は顔を上げて鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。
相変わらず、地味な顔。
一重の目に高くも低くもない鼻、薄い唇…どれもこれも印象が薄く、目立たない。
よく、そのひとの顔の特徴を言おうとして何も思い浮かんでこない…なんてことがあるけれど。 遥香の顔はまさにその典型的な例だった。
いまさら足掻いたところで整形でもしない限りこの顔立ちが変わることはないと、とうの昔に諦めてはいたけど…それでも鏡で自分の姿を見るたびに古傷が疼いてしまう。
遥香はため息をつくと、今日のメイクはどの様にするか悩み始めた。
今日は初めての職場へ行く日だった。先月まで働いていた職場は、遥香は上司からのセクハラに耐えられず結局2年足らずで辞めてしまった。自分なりに真面目に働いてはいたけれど、もともと会社の雰囲気が合わなかったのもあったし、辞めたことに悔いはなかった。
遥香にとって唯一の親友といえる麻野 曜子にだけ事情を話すと、
「なによ、その上司!なんでずっとあたしに相談もせず黙ってたわけ!?」
…と憤慨してしまい、延々と説教されるはめになってしまったのだが。
だがそんな境遇に追い込まれた遥香を心配した曜子は、自分が働いている会社で働いてみないかと遥香を誘った。曜子の会社ならば今まで遥香が働いていたところと職種が似ているし、何より曜子が働いているところは曜子の父親が副社長を務めている会社でもあったからだ。
就職難と言われるこの世の中で、再就職できる確率は更に低い。
ちょうど求人情報誌で次の職場を探していた遥香は、始めは職場まで紹介して貰うなんてさすがに悪いと思い曜子の誘いを遠回しに断っていたのだが、結局押し切られるまま面接を受け、いつのまにか4月に再就職することが決まってしまっていた。
ラッキーといえばラッキーなのかもしれないけれど…それでもやっぱり申し訳なさが勝ってしまう。曜子の好意を無駄にしないためにも…ちゃんと仕事を頑張らなくちゃ。
遥香は心の中で固く決心して、メイク道具を手に取った。
出社まであと1時間ちょっと。
アイラインを目尻まで引き、その上に濃い色のクリームシャドウをのせ、睫毛にはしっかりとマスカラを塗って一重をカバー。薄めの唇にはグロスでふっくらした唇に見えるようにして…
ゆらゆらと揺れる不安を閉じ込めるように、何度も念入りに化粧を重ねていく。
30分後に鏡に現れたのは、普段の遥香とはまったくの別人だった。
どこから見てもそこにいるのは気の強そうな女性。
ホントにまるっきり別人よね…
遥香はそんな自分の顔を見て、自嘲的に小さく笑った。
高校生の時からずっと続けてきたのだ。
今更どうってことない…
自分に言い聞かせるようにして、ゆっくりと目を閉じる。
遥香は下降していく気分を振り切るように冷め切ったコーヒーを一気に飲み干すと、カバンを手にとって新しい職場へと出向いた。
はじめまして♪
一応この作品はオフィスラブストーリーの予定なのですが、実は自分はまだ学生だったりするので「会社」についての知識はまったくないに等しかったりします(汗)なので、ちょこちょことおかしな部分が出てくるとは思いますが、完全にフィクションとして少しでも楽しんでいただけたら幸いです(^▽^;)ではでは〜!