「安藤、勇者になる」
夏の月 32日 PM1:45 ???
薄暗い部屋の中に陣が描かれている。そしてその周りにいる神官のような老人たちは神妙な顔つきでその陣を見つめている。
「王よ、準備が整いました。」
「うむ。それではこれより勇者召喚の儀式を始める!」
3月1日 PM1:45 坂神高校校門前
「安藤先輩!卒業おめでとうございます!」
卒業式を終え帰宅しようとしていたが校門を過ぎたあたりで部活の後輩に呼び止められた。
「安藤先輩!一人だけ帰っちゃうんですか?みんな集まってますよ!」
「青木さぁ、送別会なら昨日やったろ?だったらもういいんじゃないか?」
「それでもやるんです!」
「まず今日も送別会やるなんて聞いてないんだが・・・」
「まあまあそう言わずにお前も来いよ。」いつの間にか俺の隣には吉川が立っていた。
俺と吉川は卓球部に入っていて3年間ダブルスのペアを組んでいた。
今では引退した身だが俺達はたまに部活に出て後輩たちに指導をしている。
おかげで後輩たちからの人望も厚い。しかしこの時に限ってはむしろ邪魔でしかなかった。
「おい、吉川を連れてくるのは少し卑怯なんじゃないか?」
「さあ、どうでしょうね?」
「食えない奴・・・」
「えへへ、それじゃあ先に行ってますね。帰っちゃったりしたら嫌ですよ?」
「わかったよ。ほらとっとと行け行け。」
「ではでは~。」そう言うと青木はスキップしながら校舎に戻っていった。
まったく、面倒なヤツだ。
「そんじゃあ安藤行くか。」
「ああ、しょうがないからな。走って帰るんだったぜ。」
「どうせ後輩たちに泣いてるのを見られたくなかったんだろ?お前はそういうやつだしなあ。」
「・・・うっせ。」どうやら俺はまだ帰れそうにないらしい。
夏の月 33日 PM1:48 ???
勇者召喚の儀式から丸1日がたったが勇者の現れる気配はない。しかし陣が光を失っていないのを見ると失敗したわけじゃないのだろう。
「勇者殿はまだ来ないのか?」
「そうですね・・・発動してからラグがある儀式なのかもしれないですね。」
「この城から少し離れた街はもう魔物に占領されたと聞く。我らに時間は残されてないぞ。」
「今は待ちましょう。勇者様が来てくれるのを・・・勇者がこの状況を変えてくれるのを祈って待ちましょう!」
「ああそうだな。もしも魔物に攻め込まれた時のためにこの部屋に武具を置いておこう。なんとしてもこの陣を守るのだ。」
3月1日 PM3:20 坂神高校前バス停
「なんで卒業式の日にまで卓球しなきゃいけないんだよ。」あれから送別会に参加したあと後輩からのリクエストにより卒業試合を吉川とすることになった。楽しかったことには楽しかったがかなり疲れてしまった。
「おまけにどっかの誰かさんは本気で打ってきやがるしよ。」
「なら拾わなきゃよかったじゃん。」
「お前に最後に負けるってのが嫌だったからな。それに次はいつ一緒に打てるか分かんねえしよ。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないのこのツンデレ野郎め。」
「・・・やかましい。バスが来たから俺は行くぞ。」
「ああ、俺は逆方向だからしばらくはさよならだな。達者で暮らせよ?」
バスのドアが開き俺はいつものようにバスに乗り込みいつものように整理券をとったが、その整理券にはいつもと違い何かの紋章のようなものが書かれていた。
「なんだ?こ・・・」そこで俺の意識は途絶えた。
夏の月 33日 PM5:29 ???
「第一防衛拠点より通達!魔軍が我が城に向けて進軍を開始しました!」
「とうとう始まったか・・・勇者はまだなのか!」
「未だに反応は・・・いや何かが来ます!」
陣は眩い光を放ち始め空気は徐々に震えていき、そして空間が裂け人が一人くらいなら通れそうな隙間ができ、そこから一人の少年が落ちてきた。
「この少年が・・・誰か勇者殿を部屋にお運びしろ!」
少年は兵士たちに運ばれていく。
王はそれを見送ると部屋の隅に山と積まれた武具類を見つめた。
「勇者殿が使えそうな武器はあるか?」
「分かりませんがどんな武器でも使いこなせるでしょう。」
「ならばよい。すまないが私は少し休む。勇者殿が起きたら玉座の間に来るよう伝えてくれ。」
「承知しました。王様。」
部屋を出た王は安堵の息をつき呟いた。
「勇者様・・・どうか私達を救ってください・・・」
夏の月 34日 AM7:34 クルス城
部屋で少し体を動かす。
異常は見当たらない、窓を開けると涼しい風が入ってくる。
心地よい風にあたりながら俺はこの状況を整理することにした。
確か俺はバスに乗って奇妙な整理券を手にした、そこまでは確実に覚えている。
そこから後の記憶はない、そして目覚めるとやたら豪勢な部屋にいた。
この間に一体何があった?俺は誘拐でもされたのか?それにしては扱いがおかしい気がするが。
トントンと部屋の扉がノックされる。
「どちら様ですか?」相手がどんな人物か分からないため刺激しないように丁寧な口調で答える。
「お目覚めになられましたか!」声からして女性のようだが敬語?ますます状況がわからない。
「身支度が整いましたらこの部屋を出て左の階段を上がってください。あってもらいたい人がいますので。それでは失礼します。」
それを最後に声は聞こえなくなった。
俺はなぜか部屋の隅に置かれていた荷物から携帯を取り出すがどうやら圏外らしい。
そこで万が一に備えて身を守れそうなもの、といっても学生の身では何もないに等しいが何か使えるものをポケットに入れ部屋を出ることにした。
言われた通りに部屋を出て階段を上ると玉座がある部屋に出たが人っ子一人いやしない。
少し待つと先ほどの女性の声が階下から聞こえてきた。
「王様、もっとシャキっとしてください。」
「あと5分位寝かせてよ・・・」
「もう勇者様が来ていたらどうするんです・・・あ。」
階段を上ってきたのはメイド服を来た女性とその女性に肩を借り豪華な服をだらしなく着崩した女性だった。
15分位たっただろうか。玉座には先ほどとは全く別人に見えるほど凛とした女性が座っていた。
「見苦しい所を見せてしまってすまないな。私はこの城を治めているアリシア・フォウ・クルスという。」
「安藤涼也といいます。」
「良い名だ。さて君を呼んだのは他でもない。勇者としてこの世界を魔族から救って欲しいのだ。」
言葉が出ない、俺が勇者?これは夢か何かなのだろうか。
それともゲームのやりすぎでゲームと現実の区別もつかなくなったのだろうか。
「300年前・・・・・・・魔王は・・・・・・・・勇者に・・・・・・・・・・幾度となく討伐されたが・・・・・・・意思を継ぐ者が・・・・・」
気が動転して話が全く耳に入ってこない。正直少し時間が欲しい。
「そして今ではこの城以外のほとんどの城や街が魔軍に占領されてしまったのだ・・・ちゃんと聞いているか?」
「要するにアリシア様は自分に世界を救えと?」
正直聞いてなかったが自分も少しはそういうゲームをしたことがあるから少しなら分かる。
「アリスでいい。君が使えそうな武具は城の入口にまとめているから全部持っていってくれ。」
「自分は勇者なんかじゃありませんよ。」
「それでも君は儀式で召喚されたのだ。つまり何かの理由があるということだ。」
「仕方ないですからやれることはやってみますが自分は普通の人間です。期待しないでください。」
「ああそれとこれは私個人からの頼みだ。」そう言うと俺に近付き耳元で囁いた
「勇者様。私たちを救ってください。」
「どうせ拒否権はないんでしょう?しょうがないから頼まれてやりますよ。」
こうして俺は勇者となった。
というわけで異世界ファンタジーものにも挑戦してみることになりました。こちらは長編にしていきたいと思います。更新が遅れて申し訳ないですが山田の方は必ず完結させますので温かい目で見てもらえたら幸いです。それではこれにて失礼。