クリスマス・イン・エルダーテイル
まさかの? ネタかぶり。
読み味は大分違うと思いますが、ログホラクリスマス、おまけ程度にお楽しみください。
冷たい風が吹き抜ける通りを浮き足立った人達がゆく。
その姿は見るからにカップルが多く、仲睦まじそうに寄り添っている。
「クリスマスだなぁ」
狩りの帰りの寄り道に、ギルド〈記録の地平線〉の低レベルメンバーたちがアキバの商店街を通っていると、トウヤがつぶやいた。
人が行き交う街中は、ゲームだというのに、いやゲームだからこそなのか、現実世界と同じような風景が広がっている。
可愛らしい砂糖菓子の人形が乗ったホールケーキ、トナカイや大きな袋をあしらったクッキー、雪だるまの形をしたネックレス……。
それを売る側もまた、赤い布にフリルをつけた格好をしていたり、赤い鼻と角をつけた茶色い着ぐるみを来ていたり、気合の入ったところだと演奏団を用意して、題名のわからないクリスマスソングのアレンジを響かせていたりする。
「〈エルダー・テイル〉(こんなとこ)まで来て……って感じはあるけどね」
ミノリが苦笑する。
聖人の誕生日だというのに、街中のこの俗っぽさが、日本だなあ、と安心するのだ。
角を曲がると、どこから持ってきたのか、大きな針葉樹がでんとつっ立っていたりもした。
「前から思っていたのだが、ここ最近の騒ぎはなんのお祭りなのだ?」
また〈冒険者〉ならではの行事なのか? 一人事情を飲み込めていないルディが問う。
「そっか。こっちにはクリスマスってないのか」
見れば、通行人の中の〈大地人〉も、お祭り騒ぎの〈冒険者〉たちを訝しげに眺めていたりする。
「なんていうかなー。サンクロースっておじさんが、子供にプレゼントを持ってきてくれるんだよ」
「そうそう。で、家族みんなでチキンを食べたり、ケーキを食べたりするの!」
トウヤとミノリがぼんやりとした説明をするが、当のルディはいまいちわかっていない。
因みに、その横で、五十鈴が「あんたたちもしかして……」と呟いていた。
「……そのおじさんは、どうしてプレゼントをくれるのだ?」
「たしか、キリストって偉い人の誕生日を祝って、だったかな? ああいう赤い服を着て、煙突から入ってくるの」
ミノリがミニスカサンタの格好をした売り子さんを指差しながら言うと、ルディは困惑を一層深める。
「お、おじさんがあんな丈の短い服を……? というかそれは泥棒ではないのか……?」
一人でぶつぶつ言っているルディを横目に、売り子さんが四人に笑顔で近寄り、「よかったらどうぞ」とクッキーを差し出した。
ルディがどうしても納得いかないようだったので、五十鈴は差し出されたクッキーをかじりながら諭す。
「ま、気になるならにゃん太さんあたりに訊いてみるといいよ」
うむ……。 と頷いたルディを見て微笑みを浮かべながら、目にも耳にも楽しい通りを抜けていく。
だが、ギルドに帰り、夕食のクリスマストークを始めたのは直継であった。
「そういや、やっぱりみんなはやるのか? サンタ狩り」
「サンタ狩りっ!?」
サンタについてよく知らないままのルディを中心に、低レベルメンバーたちが驚き、にゃん太が苦笑する。
「通称、ですにゃ。 実態としてはむしろ逆ですがにゃー」
と、ゲーム時代のイベントについて解説を始める。
曰く、12/24のみ、ダンジョン以外の戦闘フィールドに、トナカイに引かせたソリに乗るサンタが現れる。
曰く、そのサンタをモンスターから守ると、いくつかのレアアイテムを残して去ってゆく。
曰く、そのレアアイテムとは、素材であったりスクロールであったりするのだが、プレイヤーのレベルより少し上の物を落とすので、毎年この日は夜遅くまで狩りが続けられるのだという。
「やー、懐かしいなあ。 俺なんか運良く〈魔氷狼の大牙〉が出てよ、それを剣に加工してもらって、しばらく無双だったぜ」
「……私は、出た素材を売って欲しい武器を買った」
「我輩は〈霞猫の毛皮〉でマントを作りましたかにゃ。 その直後に同じ素材をドロップしてダブったりたりにゃんかして」
それぞれの思い出を語る年長組の話に目を輝かせる年少組。
「よっしゃあ! 明日はサンタ狩りいこうぜ!」
「だからサンタさんを狩るんじゃないんだって……」
「して、サンタさんとは結局何者なのだ?」
「んー、直接見たほうが早いんじゃない? とりあえず行こうよ。 私も新しい防具欲しかったしさ」
それぞれの思惑を胸に、イベント情報を先達から根掘り葉堀り聞き出す四人。
こうしてまた夜は更けてゆく。
「準備はいい?」
ミノリの確認に頷く三人が立つのは、朝四時の、ギルド〈記録の地平線〉前。
直継の「確かあのイベント、日付が変わると同時に開始するぜ」という一言を聞いたトウヤが早起きしての狩りを提案したのである。
見送るのは、老人の朝は早いのですにゃ、と嘯き、誰よりも早起きして朝食とお弁当を用意していたにゃん太。
「気をつけて行ってくるですにゃ。 イベント中は何が起こるかわからないですからにゃ」
おう、わかった。了解です。などの返事ににゃん太は微笑みを深めると、いってらっしゃい、遅くなりすぎないように。 と静かに口にした。
いってきます! と駆け出す四人の背中を眺める〈猫人族〉の男は
「さて、では夕飯の仕込みのほうも終わらせてしまいますかにゃ」
と呟いて再び建物に入るのだった。
今回このパーティが赴くのは、いつもより少しだけ敵の平均レベルが低い、疎林が広がるエリア。
対象を守りながらの戦闘かつ、普段よりも長くなる狩り、マップの見晴らしの良さなどを考慮に入れた結果である。
召還した馬に乗って目的のエリアにたどり着いたあとは、いつもと同じように狩りを始める。
うぞうぞと蠢く蔦を伸ばす植物系モンスターに向かって、
トウヤが引きつけ、五十鈴が追撃、ミノリが体力管理をしながら、ルディが止めを刺す。
流れるような一連の連携に日々の成果を垣間見せながら狩りを続けるが、サンタは現れない。
途中出会った五人組の冒険者パーティと話をしたが、どうやら今回のサンタはゲーム時代とは幾分違う動きを見せているという。
「ま、普通のクエストでさえ分かり切ってないんだ。 時期限定イベントなんてなおさらさ」
と、相手パーティの〈武闘家〉の言葉である。
一通り情報を交換すると、五人組とは別れた。
「ふむ。 ……サンタとやらも大変なのだな」
難しい顔をしているルディに、五十鈴が答える。
「だね。 今年は会えないかもしれないけど……。 まぁ、その時はその時かな」
「まだ時間はあるのだ。 せっかくなのだから粘ってみようじゃないか。 ……それはそうと、諸君。 そろそろお昼にしないかね?」
さっき小さな集落も見かけたし、そこで塩漬け肉や果物を買うのも良かろう、と提案した瞬間だった。
別れたばかりのパーティの怒声が聞こえた。
「出たぞ! サンタだ!!」
反射的に声の方へ駆け出す四人。
その声のトーンに、四人は『サンタ狩り』という俗称の所以を唐突に思い知る。
「いた! あそこだ!」
「あれが……サンタ……」
真っ赤な服を着た人物に四人の目が奪われる。
「っ! サンタさんはあと! 様子がおかしいです!」
ソリに乗った老人を庇うように戦線を保持する五人組。
ただ、人数の割にモンスターの数が多い。負けることはないだろうが守りながらは厳しそうに見える。
「来たな! 小僧ども! でやぁっ!」
〈緑小鬼〉(ゴブリン)に〈ワイヴァーン・キック〉をたたき込みながら先ほどと同じ声が叫ぶ。
「ごめんねー。 さっきの声でモンスターの集団も呼び寄せちゃったみたいでさ。 〈緑小鬼〉はなんとかするから、そっちの〈棘茨イタチ〉の群れをお願いしてもいいかな?」
線の細い〈召喚術師〉の男性が召喚した〈風妖精〉(シルフ)に〈緑小鬼〉を数体まとめて攻撃させながら、申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「了解!」
二つ返事に答えるや否や、サンタと〈棘茨イタチ〉の対角線上に割り入るトウヤ。
あとの三人も素早く戦闘陣形を整える。
「守るべきものがある」戦いというのは〈ゴブリン王の帰還〉時の戦い以来だ。
あのときは自分達から突っ込み、守るべきものから離れて戦闘する方法を選んだが、今回はもう敵と対面しているためにその手は使えない。
そのため、トウヤを壁とするのはもちろんだが、五十鈴がトウヤの届かない辺りに待機し、いざという時にはミノリの「ダメージ遮断呪文」をかけ、即席の壁役となれる位置取りである。
「敵影視認五体っ! トウヤ、カバーは居るけど出来るだけ逃がさないでねっ! 〈禊ぎの障壁〉!!」
まだまだ拙くはあるものの、四人は確実に変則的な状況にも対応できる即興的な連携を身につけつつあった。
「これで……終わりだっ! 〈ライトニング・チャンバー〉!」
ルディの強力な雷撃単体魔法を受けて、最後の〈棘茨イタチ〉が倒れる。
ほとんど同時に〈緑小鬼〉の群れも片づいたようだ。
「制圧……完了!」
最後の一体に止めを刺した〈武闘家〉が緊張の糸を解きながら深い息と共に言葉を吐き出す。
「……サンタは?」
四人の方を確認しようと振り向いた〈召喚術師〉が間の抜けた声を出す。
「え? あれ? 逃げられたーっ!」
「いやだからサンタさんを狩るわけじゃ……。 でも、プレゼントを置いてってくれるって話じゃなかった?」
場に広がる困惑の空気。
「とりあえず、お疲れ様。 助かったよ。 横目に見てたけど、いい連携だった」
沈黙を破ったのは穏和な顔つきの〈施療神官〉の賞賛だった。
「俺たちは他のギルメンと情報共有して、多分街に戻ることになるけど、サンタ狩りを続けるにせよ、普通に狩りをするにせよ、健闘を祈るぜ」
またな、と言い残して念話をかけながら立ち去る。
「……どうしよっか」
五十鈴が呟くと同時にそのお腹からくぅ、と可愛らしい音が鳴る。
顔を赤くしてお腹を押さえる五十鈴を見て、みんなが笑いを漏らす。
「ふふ。 ご飯にしましょうか。 さっき食べそびれちゃいましたしね」
どうするかは食べながら考えましょう。
その言葉に頷くと、四人は戦闘現場から離れ、安全を確認してからにゃん太の作ってくれたお弁当を広げるのだった。
話し合いの結果、狩りは続けることにした。
いつもの狩りと比べてもまだ帰るには早いし、敵が弱い分、余裕を持って戦闘できる。
多少粘ったとしても大した負担にはならないし、次のダンジョン攻略も見据えて長時間の戦闘にも慣れておきたい。
そう考えた四人はにゃん太に念話で狩りを続ける旨を伝え、索敵に向かうのだった。
どんなに夜遅くなったとしても数分間安全を確保できれば即座に街へ戻ることの出来る〈帰還呪文〉の存在も大きいだろう。
しかし、それ以降いくら粘ってもサンタが現れることはなかった。
狩りを切り上げたのが六時ごろ。
そこから汗を流したりして、夕食の席についたのは七時になってからだった。
特別な日だから、と豪華なメニューが並ぶテーブル。美味しい食事に土産話。
食卓から会話が途切れることはなかった。
「……と、そろそろですかにゃ」
壁掛け時計を一瞥すると、にゃん太が立ち上がる。
「ん? ああ、アレか」
「何だ? まだ何かあるのか?」
「まぁまぁ。 見れば分かるにゃ。 少し外に出るにゃ?」
事情が掴めない新人メンバーをにゃん太が外へと促す。
外套を羽織っても、冷たい風が頬を刺すなか、町中は何かを見に出てきた人で溢れていた。
誰も彼も空を見上げ、花火大会の夜のようだ。
「……来た!」
直継が空を指さす。
どこからともなく聞こえてくるしゃんしゃんしゃん……という鈴の音。
天を突く指の先には月、いや……人影。
影はトナカイに引かせたソリに乗り、まるで映画のワンシーンのように月を横切る。
そして、影は空を飛んだだけではなかった。
その影が通ったあとから、たくさんの欠片が降りしきる。
「雪だ!」
ゲーム時代は、グラフィック以上の意味はなかったそれ。
しかしいまは、冷たいけれど温かみのある、羽よりも軽い夢の破片としてアキバの街を彩る。
「少し早いけど、メリークリスマス、だにゃ」
にゃん太が懐の〈魔法の鞄〉から四つの包みを取り出す。
「みんなで選んだのにゃ。 喜んでくれると嬉しいにゃ?」
にしし、と笑う直継と無言で頷くアカツキと共に、包みを四人に手渡す。
「……さ、実はケーキも焼いてありますにゃ」
外は冷えるし風邪を引かないように、と嘯いて聖夜の団欒は続いてゆく。
……この時点では、まだ誰も知らない。
いつの間にか四人の部屋にサンタ本人からのプレゼントが届いていることも、
プレゼントは冒険者だけでなく、大地人の子供達にも配られていることも。
設定的には12日間イベントが続くはずだとか、そういうのはいいっこなし、ってことで、どうかひとつ。
シロエが出てこないのは本編に沿ってるつもりです。