夜這い [41.5]
そう長くない異世界生活だけど、寝る前に習慣が出来た。
湯浴みでさっぱりした後に、アンジというみかんに似た柑橘類の種を水に浸しておきペクチンをとって作ったお手製の化粧水で肌を潤す。そして白ワインを片手に行儀悪くソファーにねそべると読書を楽しむ。
あくびがひとつ出たら切り上げ時。歯磨きをし、侍女達に声をかけて寝室に引き上げる。
常に側に誰かがいる未だ慣れない日常で、一人になれる唯一の場所へ。
小さいランプの横には、最近お気に入りの木香が煙をくゆらしていた。
綺麗にベッドメイクされたクイーンサイズのベッドに飛び込み、シーツから香る石けんの匂いと香の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
その時、木がきしむような音がし、カタンと壁にぶつかる音がする。バルコニー側の窓開けたままになっていて、風を受けて開いたのね。
夜風が気持よいし、しばらくこのままでいよう。
枕に顔を埋めたまま身体を撫でる風に身を任せていると、風ではなく人の気配を感じた。
振り向くと、窓辺に男の姿があった。
「何をしているの?」
「いやあ、えっと、夜這い?」
「どうして語尾があがるの?」
「冗談だよ。ただおやすみのキスをしたくて」
白い顔と服が暗闇の中でぼんやりと浮かび上がり、悲鳴をあげようとしたところで見慣れた金髪が揺れてユリウスだと気付いた。
「普通に入り口からいらっしゃいよ。それにその格好はいったいどうしたの」
「寝間着だけど」
「え?」
「だから寝る時に着る服だよ。一度ベッドに入ったけど我慢できなくてそのままきちゃった。ユカだって寝る時は寝間着を着るだろ?」
ユリウスがうっとりと向ける視線の先には、身体のラインも露な白く薄い綿製のネグリジェ姿の私がいた。もちろん、寝室を出る時は上にガウンを羽織る。
だけど、私の目の前に立つユリウスの姿は、同じ白色の綿布ということしか共通していない。XLLサイズと問いたくなるビッグサイズのスタンドカラーシャツで、胸上の切り替えでふわっとバルーンのように裾に向けてふわっと広がっている。その膝丈の裾からは素足がにょっきりと伸び、皮のとんがり靴を履いている。極めつけは、頭にボンボンなしの白い三角帽子を被っていた。
あまりに私の笑いのツボを刺激する姿に涙をにじませ身体をよじらせてベッドの上で爆笑していると、夜勤のシュリとイーライが寝室に飛び込むように登場し、ユリウスの姿を見て驚いた。
「王子、こちらで何を?」
「ユカに会いたくて忍び込んだのだが、なぜかこんな状態に」
「ユカ様、いかがなさいました?」
「シュリ、イーライ、起こしてごめんなさい。ちょっとユリウスの格好がツボにはまっちゃって。くっくっくっく」
三人は戸惑った顔で笑い続ける私を見ていた。
「そんなに俺の格好がおかしかったか?」
「あまりに予想外の姿だったから。驚いてごめんなさい」
「これは王も大臣も騎士も皆着ている一般的な寝間着なんだがな。いや、ユカの世界で道化の格好に似てると言われたら笑われても仕方が無いが…せっかくユカが扇情的な姿なのにこれじゃあ何もできない」
樋とバルコニーを伝ってここまで来たのに、さんざん笑い飛ばして追い出すのはかわいそうだとイーライに説得され、シュリの監視付きでしばらくベッドの中で話をすることになった。
二人でごろごろと横になって並び、思いつくままにたわいない話をする。といっても、私家族の幼い頃や家族の話を聞きたいというので、弟や兄のこと、亡くなった両親の話をした。兄の妹馬鹿エピソードや、弟の幼い頃のやんちゃエピソードを話しながら、ユリウスの家族のことが気になった。
今まで家族といえば、時々王妃様の話題が出る程度。あの王のことだから弟妹がいっぱいいそうだけど、込み入った事情がありそうよねと思うとうかつに訊けない。
どう切りだそうかと迷っているうちに、扉の横に置いた椅子に座るシュリが船をこぎはじめたのを見たユリウスが、そろそろ部屋に戻ると身体を起こした。
「最近顔を会わせる時は仕事ばっかりだったものね。また時間をつくって一緒に過ごしましょう」
「ああ、次は普通に服を着て忍んでくるよ」
「それよりちゃんと入り口から普通に尋ねてきてね。その格好も見慣れたらなかなかお似合いだから構わないわよ」
日本人が着ればいつまでも喜劇でしかないけれど、ユリウスが着ると最初のインパクトは衝撃的だけど、だんだんと馴染み違和感がなくなる。美形って羨ましいわ。そうじゃなかったら……。
私はこれ以上余計な想像をしないようにユリウスを見つめて、彼の手をとった。
「おやすみなさいのキスをしにきたんでしょ?」
目を閉じて唇をとがらすと、ユリウスが私に顔を寄せて唇を重ねた。
ゆっくりとお互いに唇を吸い、そして舌を絡めあう。ユリウスに下唇をきつく吸われ、おもわず彼の寝間着をぎゅっとにぎりしめた。その反応に気を良くしたのか、今度はやさしく唇を吸いながら同時に舌でなぶる。吐息すら吸い取られるようなキスにうっとりしていると、おずおずと腕や背中をユリウスの手が愛撫する。
シュリもいるしこのくらいに……。彼女を気にし、うかつにも私はそこで目を開いてしまった。
恍惚として私の唇を吸うユリウスの綺麗な顔の向うに、垂れさがった三角帽子の先がぴこぴこと揺れる。そこが限界だった。
ユリウスを突き放し、私は側にあった枕に倒れ込み顔を埋める。
「ぷはっ、あはははははははは!ごめん、大丈夫かと思ったんだけどごめん、やっぱり無理。くくく、あははは」
ユリウスは、イーライが呼び寄せた王子の護衛に背中を抱かれ肩を落として部屋を出て行った。
その後、私はイーライとシュリに繊細な男心を傷つけたお叱りを受け、なかなか寝かせてもらえなかった。
三日後、執務室に早く出勤した私は、ユリウスの机の上に平たい大きな箱を置いた。
「王子、喜んでくださるといいですね」
「これを来た王子を見てみたいです。絶対お似合いですよ!」
ナナとシュリが入り口の扉と箱とを交互に見やって嬉しそうにしている。
私がデザインを描いてお針子さんが縫い上げてくれた、絹のパジャマ。元の世界では馴染みのオープンカラースタイルのシャツとズボンで、シルエットは少しタイトだけど、お針子さん眼力でサイズも問題なし。これで少しでも彼の男心を癒すことが出来ますように。
でも、私とお揃いで作ってもらったのはもうしばらく秘密にしておこう。
本編、王妃の公務編の最後「[41] プロポーズ」の後に閑話として挿入していました。




