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女王様とお呼びっ!【番外編】  作者: 庭野はな
閑話(再収録)
6/17

痛みの記憶 [37.5]

 日に焼けた肌から白い肌の境界を琥珀の石が滑る。逞しい丘陵を重力に任せて石を進めると胸と腕の谷間に落ち、落下を食い止めるための鎖がジャラリと鳴り張りつめる。

 ウィルーは、隣室で眠る妹に聞こえないよう声を抑えながら、せつなげなため息をついた。再び胸に置いた琥珀を下へと誘導すると、腹に巻いた痛々しげな包帯が石の通過に抵抗する。


「ユウの怪我は大丈夫かな。今頃城でどうしているかな」


 そうひとりごちながら手にした鎖を離すと、体温で暖まった金属が腹を叩いた。

 あの晩、彼女の唇が嬲った場所を愛おしげに手を滑らせる。彼の身体を心を変えた女のことを考えながら、その時の何度も記憶を確かめるように、身体に刻み込むかのように、自身の手で愛撫を繰り返した。

 そのうち、彼の手の中で身体が反応をはじめる。

 うっとりと目を閉じると、自分の上で彼女の肌がすれるのが、肌の上をなめる吐息が鮮明に思い出される。


 『ユウ』という名を、ゆっくり口を動かし無声で発する。その想いは、日に日に狂おしいものになっていった。

 彼女を守れなかったけど、でも…腹の傷の上を撫でるとひきつる痛みが走る。今はそれすらも、彼女と自分をつなぐ甘美な痛みだった。

 あの時、ウィルーが異変に気付き外を見た時には、彼女は路上に倒れていた。彼に狂人を撃退する余裕はなく、出来たのは自らの身体を楯にすることだった。

 間一髪で間に合い、振り下ろされた刃の下に身体を滑り込ませることが出来たが、その拍子にしたたかに頭を打ち、身体の下に柔らかく温かい身体を感じながら意識が遠のいた。

 気がついた時、彼女の無事を知り心から喜んだ。大切な人をこの手で守る悦びに浸った。


 弟のカイルに連絡すると、駆けつけた早々加減なしで殴られたが、それも気にならなかった。

 直前に、自分が気を失った後ずっと彼女が自分の名を叫んでいたと部下から聞いていたから。彼女が自分の名を呼ぶ、その声を思い出すだけでウィルーの背中を甘い痺れが走る。

これから、彼女はあの象牙色の肌にうっすら残る傷跡を見る度に自分のことを思い出してくれるに違いない。そう思うと、自身で取り調べをしていたならその手でくびりころしたに違いない狂人に感謝にも似た気持が湧きあがる。


 ずっと側にいれたら、いつでも命を投げ出して守るのに。

 彼女の代わりに受ける痛みは彼女への愛の証になる。

 なんという至福。


 ぎりり。

 傷が開いてしまわないよう用心しながら、傷の周辺に爪をたてる。

 薄い包帯ごしに肌が動き、傷口で痛みが増幅される。

 その度に彼女の顔が脳裏によみがえり、ウィルーは歓喜の笑みを浮かべた。



「お兄様!お兄様ったら。今日はお仕事に行くのでしょう?」


 目を閉じているのに痛いほどまぶしい。

 たまらずシーツを頭まで被ったが、またたく間に強引にはぎ取られた。妹のエリルは、朝が弱い彼に容赦がない。

 すっかり霧散した甘い夢の余韻を惜しみながら、もそもそと起き上がった。


「おはよう、エリル」


「あらこれって、大事なものなんでしょ?ちゃんと片付けてないと無くしてしまうわよ」


 彼女は身体とシーツの間にはさまっていたネックレスを引っ張りだした。


「ありがと、寝てるうちに外れたみたいだ。」


 ウィルーが無邪気な笑みを浮かべると、エリルが後ろにまわり兄の首にそれをかけ、留め金が確かに留っているか指と目で確かめる。

 エリルは昔からかいがいしくウィルーの世話をし、儚げな美少女といった見た目と違い、しっかり者だ。でも、最近世話になっているミーシャにあまりにも似てきて、彼女みたいになりやしないかと兄として彼は心配もしていた。


「お兄様、私の部屋の棚の上に、ユカ様からのお手紙と素敵なブローチがあったの。どうしよう、お礼を伝えたいのに」


「大丈夫。彼女はこれから僕たちの主君になるんだからいつでも機会はあるさ」


「やだ、主君は王子でそのお妃様でしょう。もうすっかりユカ様に夢中ね」


「彼女みたいに素晴らしいひとは他にいないよ」


「なら、なんとかして彼女の側にいればいいのに。そういえば、そろそろ次期王妃のための親衛隊編成の準備をしなきゃってユリウス達が言ってたわ」


 一週間、ほとんどをユリウスの執務室で過ごしたエリルは、そこで見聞きしたことがとても新鮮だったらしく、戻ってきた時からずっと得意そうに彼に話して聞かせていた。

 もちろん、身代わりになっていたことは極秘なので、そのことを知ってる兄にしか話せない。


「親衛隊?」


「私、ユカ様の侍女になりたいな。ナナちゃんやシュリさんから色々話しを聞いてすっかり彼女のファンになっちゃった。身分の低い私が王妃様付きなんて夢のまた夢だけど、それでもなってみたいな」


 ウィルーは、妹の真意を計りかねて問いただすように彼女のエメラルドの瞳を見つめた。

彼女は彼の肩にもたれ、兄の胸の上の琥珀を白く華奢な指でつつき揺らした。

 親衛隊は王と王妃の持つ直属の部隊で、貴族の子弟や兵の中で特に武勇に優れ忠誠心の強い者を選りすぐる。

 それがなんだとこの妹は言いたいのか。


「いつまでも潔癖で悲劇の男ぶってる必要はないのよ。なんでもすぐにあきらめるくせに、その割にいつまでも一人悶々としちゃうんだから。ユカ様のことをあきらめるなら、これはしまいこむか捨てることね」


「エリル、お前…」


 自分では秘めているつもりの彼女への想いをあっけらかんと言い当てた妹は、無邪気に笑いながら入り口を振り返った。


「いけない!お湯がすっかり湧いちゃってるわ。朝ご飯が出来てるからすぐにキッチンにきてよね」


「ああ、着替えたらいくから」


 エリルが戻ったキッチンからは、忙しげに水を汲んだり器の触れ合う音がする。

 あの妹は、時々自分よりもカイルの妹じゃないのかと思わせるような、弟に似た心を見透かすような勘の良さを見せ、何を考えているのか掴ませない所がある。


「側で彼女を守る、か」


 ウィルーは立ち上がり、壁にかけてあるシャツに腕を通した。

 ボタンを留めながら、昨夜の甘美な痛みが忘れられず、洗いざらしの白いシャツの上から傷の横に指をたてる。

 ぎりり。

 ウィルーの唇から恍惚の息が漏れた。

本編、王妃の公務編「[37] 理由」の次(ユカが病院から城に戻った後)にside-警備隊長-として挿入していました。

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