秘めごと [25.5]
「ユカのやつ、あんな計画を本当に実行するなんて、何を考えてるんだ?側についてるアイツは何してるんだ」
ヤキモキと、それを理由に仕事が滞るユリウスの意識を書類に戻すのも仕事の一つ。だけど私も同じように気になり仕事が進まない。
気分転換にとお茶を頼む。
「ユーリったら男のくせにぐちぐちと、ユカ様のことはお兄様に任せておけばいいのよ」
カイルの別荘にユリウスが訪れる度に幼い頃、一番年下のエリル
差し出された茶を受け取り口に運ぶ。相変わらず薬湯のような苦さだ。
子ども舌のユリウスが躊躇しているとお盆でぶたれ、一気に飲み干すと机に轟沈した。
この幼なじみで妹同然のエリルは、どうしていつまでたっても茶を入れるのが下手なんだろう。
ユカが城下に出て。3日目が経った。
彼女の身代わりを務める幼なじみのエリルは、居室と王子執務室のどちらかで過ごしている。
執務室で手伝うようになったユカが、居室で過ごすか仕事をするかでほとんどそれ以外の場所に出歩かなくなっていたのが幸いした。
唯一、日課だった修練場での練習は、仕事が多忙だからと執務室への入りと退出の時間をそれぞれ早めと遅めにすることで不審を招かずに済んだ。何より出勤する貴族や従者達がほとんどいない時間帯に移動となるメリットもある。
朝から晩までこの部屋に入り浸ることになったエリルは仕事を手伝ってくれている。
といっても、ユカと違い基礎的な教育しか受けていない為、書類を紐で綴じたり部屋の掃除、お茶を用意するなど簡単な雑務しか任せられない。
手持ち無沙汰になるとユカのことで上の空なユリウスに絡み、一番最初のトラウマとなった黒髪の娘にたじたじとする姿を楽しんで、お陰でユリウスの仕事も片付かない。
早く予定の一週間が経たないだろうか。
私はため息をつきながら、昨夜逮捕した芸術院の汚職に関係する男達の調書に目を通した。
自ら囮となる計画書を見た時は、開いた口がふさがらなかった。そんな危険なことはさせられない。そう一笑に付すはずが、ユリウスの「やれるならやってみろ。失敗したら笑ってやる」という挑発という名の横やりでそういかなくなってしまった。
そしていつものように舌戦がに発展し、最初は貧救院の調査だけで他は見学だけのはずだったのに、疑惑を徹底解明する!と意気込んだユカは潜入作戦をたてた。
ただでさえ次期王妃の足を引っ張ろうとする輩がいて身動きがとりにくいというのに、自分から危険に首をつっこむなんて。
せめてもと、信頼出来て街で一番頼りになる自分の腹違いの兄を頼った。友人だからと平気でユリウスを殴るこの兄なら、ユカが次期王妃といえども怯まないだろう。
なのにどうして私はこんなに苛立っているのだろう。
彼女が無鉄砲だからか、彼女の身が心配だからか。
そのための手だては講じてある。兄が側につけたし、それに付近をさりげなく私兵も配置し、何かあればかけつけるようにしている。
ユカの計画もはちゃめちゃだが、素人ながら作戦として的を得ていることも多く、特に安全面でのぬかりはない。
あとはここに座って待っているだけだ。
私は気付いた。
そこか。
毅然として芯の強さを持ちながら、時々郷愁からか憂いをたたえる黒曜。ユリウスだけでなく私にさえも気安く接し、色々な表情を見せてくれる。むしろ、すぐにぶつかって逃亡するユリウスの分まで、頼ってくれていた。
あの日、執務室に戻った時の光景は私にとってとてもショックなものだった。
午後の柔らかな日差しの中で、風でひるがえるカーテンになでられ重なる男と女。ユリウスの腕に抱かれ唇を与えている姿を目にして、私はの胸に羨望の炎がうずまいた。私が触れたいと思っている美しい黒髪に触れ、白く細い手首をつかみ、バラ色の唇をむさぼるユリウスが羨ましくねたましかった。
そして、自分がそうしたいと願っていたことに気付いてしまった。彼女の唇を奪っていたのが自分だったら。
私の目の前でその願望が繰り広げられている。そして、望んだ通りにユリウスの唇が白い喉へと這っていった所で我慢できず声をかけて邪魔し、更に彼女を引き離して図書室に連れ込んだ。ただ、ユリウスの手から離したかっただけだった。
彼女は私の邪な気持に気付きもしない。いつもならそれでよかった。
だけど、既に少し前の光景で体の芯がくすぶった私には、肩が触れ合うような狭い空間で彼女が漂わす甘い香りをかぎ、とどめにあの吸い込むような瞳にみつめら、自分を抑えることができなかった。
彼女の軽口を言い訳に、ユリウスとの唇で充血した唇にむりやり自分のを重ねてしまった。ユリウスの時よりも激しい抵抗が更にくらい欲望を煽り、強く、きつく唇を吸いあげ、更に唇を赤く染めあげた。
甘いその唇を存分に味わうと、強引に舌を差し込み今度は口内を蹂躙した。
ユリウスとの余韻が身体に残っているようで、隠していてもすぐに返って来る身体や吐息の甘い反応で分かってしまう。それを消すにはまだ足りない。
私は彼女を抑える手を持ち変えて片手を空け、より彼女の身体と密着し、彼女のしなやかで細い腰から背中をなで回し、そのまま肉付きのいい尻をつかんだ。
途端に彼女が大きな吐息を漏らし、私はようやく優越感に浸った。
彼女の背面を楽しむと、いつも目前で揺れて心を掻き乱していた胸に欲望を向け、ドレスの上から存分に柔らかさを堪能する。彼女は私に唇をうばわれながらもくぐもった啼き声をあげ、膝の力が抜けたのかさっきまで突き放そうとしていた私の胸にすがりついた。
その様子に背中にぞくりと甘美な震えが走った。
なんてことか、私は接吻だけでこんなにも彼女に溺れてしまうなんて。これ以上はもう自分を抑えられなくなるというぎりぎりのところで、かろうじて理性の手を握り、彼女から離れることが出来た。
私が唇を離し憎まれ口をたたくと、先ほどまであんなに艶っぽい顔に甘い声をあげていたのに、いつも通りにぞんざいな口調の返事が返ってくる。それが悔しくもあり、ほっとした。
試しに自分に乗り換えないかと冗談めかして言ったら、調子に乗るなと叱られてしまった。
ユカにはかなわない。そう思った時、私は自分の心を掴んだ彼女の為ならどんなことでも、そして例えユリウスを選んだ後も彼女を守ろうと、彼女の心の騎士となる決心したはずなのに。この胸の中を漂ういい知れぬ不安はなんだろう。
「兄さん、ミイラ取りがミイラにならなきゃいいけど」
「カイル、心配ないわよ。だってユカ様はユーリにカイルが側にいても難攻不落な方なんでしょう?なら兄さんだって大丈夫よ」
「それはどういう基準ですか」
「三人ともいい男ってこと。だけど彼女にはいい男だけじゃくどけない」
そう、彼女の心は捕らえられない変わりに、私たち2人は既に彼女に惹かれ心酔してしまっている。私は頭を抱えた。
まずい人を送り込んでしまったかもしれない。女性を愛さない、愛せない凍り付いた兄の心をもしユカが溶かしたら……
「あと4日か」
それから私は毎日指折り、ユカの帰還を待ちわびるのだった。
本編、王妃の公務編「[15] 昼下がりのキス」をカイル目線で描いた閑話として本編「[25] 画家と神具」の後に挿入していました。