次期王妃のための謀略 [7.5]
「カイル!カイル!」
執務室にかけこんでくるユリウスに、私は眉をしかめた。
「なんだ、子どもみたいに」
王妃審問が終わった後、ユカ様を部屋で迎えたがユリウスと話し込んでいたので部屋を辞して、ここに戻り仕事の続きをしていた。
いつもなら彼女に反発して飛び出し、むくれて戻ってくるパターンなのに、今日は違った。子どものようにはしゃいでいる。
「俺、あの女のこと嫌じゃない!」
私は頭を抱えた。
ユリウスの恋愛観は、14歳の時に止まったままだったようだ。そのせいか、あの時から後宮を嫌い女に触れるのを厭い、男女について特に潔癖すぎるきらいがあった。そこにあの女の爆弾発言は、彼の潔癖な部分に触れないか心配していたのだが
「ユリウス、平気なのか?あれは乙女じゃないんだぞ」
「うん、それはユカにも訊かれた。不思議だな、彼女に触れた者がいたってことはすごくショックだった。でもそれで彼女が嫌いになったということはないんだ。嫌だけど嫌いじゃないんだ」
「そうか」
幼い頃から共に育ったこの王子がこんな顔をしたのはいつぶりだろう。『嫌いじゃない』ことが分かっただけでこのように喜ぶ親友が不憫でいじらしい。ユカ様も、きっとこれに似た気持ちを持っているんじゃないだろうか。
青い双眸はきらきらと輝き、薔薇色に染めた頬を、ここに口づけされたのだと愛おしそうに触っている。まるで乙女じゃないか。
そろそろやめないと、正直気持ち悪いぞ、おい。
先ほどの王妃審問のことを私は思い出した。
あの王を相手にあそこまで渡り合った女は初めて見た。王妃様、ユリウスの生母であるターニャ様でさえ、王を正面から受け流すことは出来ない。
この私から見ても精神的に幼く頼りない親友を、彼女なら立派な王に、男にしてくれるのではないか。いささか情けない期待を持ってしまっている自分に苦笑してしまう。
それにしても、まさか処女でないことを名言するとは、なんて豪快な女なんだ。思い返しても痛快だった。
『ただ私が処女でないことに異論がある方は、私ではなく私を選んだ神におっしゃってください』と言い張り、王に王妃審問は『茶番』とまで言わせしめたのだ。
あそこまでいくと、今後表立って彼女を非難することは、彼女を認めた王どころか神殿すらをも敵にすることになる。
表だって反対する者はなくなるが、水面下での攻撃は一層激しくなるだろうな。攻撃が集中する分、我々も守りを固め易くはなるが。
「あとは彼女を、後宮に入れなければならないがいつにする。叔母上曰く、あと1月で彼女は仕上がるそうだ」
「どうしても入れないといけないのか?俺としては王妃になってからにしたい……」
王が退席した時、側に侍っていたユリウスに王は彼女の後宮入りをほのめかした。今までの彼なら黙って従ったろうが、今回は奮起して慣例の範疇にない女なのでと猶予を申し出た。
王妃候補は後宮に入り、次王の為に設けられた一角に滞在して王の伴侶たる淑女教育を教え込まれている。もちろん、他の男に触れさせない貞節を守る意味合いもある。
そして次期王妃に決まると、王妃の側でその心得などの手ほどきを受けることが伝統だ。
その為に既に何人もの少女が王妃候補として後宮入りしていたが、王が自分の妾妃の部屋だけでなくそこにも出入りしていることは、後宮で知らないものはいない。
王はそれすら隠そうとしない方だ。あの様子であれば王の密かな渡りがあっても凌いでくれそうだが、それでも避けれるなら避けたい。
「だが、それには何か理由がなければ」
「ユカは政務や国のことに関心が強いようだ。王宮の外のことも知りたがっている」
「確かに、後宮に入れば外に出る事は格段に難しくなるしな」
私はふと、以前彼女に耳打ちされた頼まれごとのことを思った。
『私の仕事は社長秘書、商家の主人というのかな?その補佐をしてたの。だからあなたの仕事から見た王の職務ってのに興味があって。手空きな時に色々教えてくれない』
多忙で時間をとることは難しかったが、週に一度、教師の一人として彼女の元に通っている。教師といっても、差し支えない資料を見せたり仕事内容について茶を飲みつつ談笑する程度だが。
彼女はことのほか飲み込みが早くて察しが良く、会話も打てば響くもので楽しい時間だった。もし男であれば、私のいいライバルになったかもしれない。
彼女が王妃となる身で政務の知識を得ることは、益になるのかと迷ったこともあった。王妃が政治に口を出すようになると国は混乱するというので忌み嫌われる。だが、今日で確信した。
彼女は分を知ってる。そして無知な女は害でしかないが、彼女はまさしくその範疇にはまらない。
私は自分の思いつきに満足しあの時と同じ笑みを浮かべると、ペンをとりながら仕事に身の入らない様子のユリウスにある提案を打ち明けた。
本編、淑女教育編「[7] 王子も黒髪がお好き」の次(王妃審議後の二人の対話後)にside-侍従-として挿入していました。




