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女王様とお呼びっ!【番外編】  作者: 庭野はな
番外編(書き下ろし)
10/17

リードと革靴【前編】

「兄ちゃん、エールひとつ!」

「はいよっ、そこの姉さんは何にしましょう?」

「ウキナギの卵とじと、菊菜のサラダ、あと私もエールね」

「はいよ、ナルさん菊菜サラダとウキナギ卵よろしく!」


 俺は厨房の中に向って叫ぶと、ジョッキにエールを注ぐ。樽から注がれる赤琥珀色の液体をグラスの側面で受け、泡立てないようにたっぷりと。そしてずしっと重たくなった2杯のそれを右手に、左手でカウンターに置かれたサラダを手に運ぶんだ。


「おまちどう!しっかり飲んでってくださいね。あっ、らっしゃい!こちらの席空いてますよ!」


 この食堂、赤猪亭は城下の東部にある小さな店だ。周囲に工房が多いせいか、客は独り身の職人が多い。お陰で毎晩目の回るような忙しさで、仕事が終る頃にはジョッキ4個持ちができなくなるほどくたくたになる。

 もっとも、1月前にここに来た時は2個で精一杯だったし、筋肉がついてきた実感はある。


 店主であり料理人のおやじ、モウリさんは半年もすれば8個持ちだっていけると太鼓判を押してくれた。その代わり、もっとしっかり肉をつけろと賄いに毎回2人分もある量を食べさせられて、吐きそうになっちまうんだけど。大柄で鍛冶屋のおやじにも負けない太い腕を持ちいつも怒ってるような顔をしていて、街で見かけたら間違いなく近づかないと思う。でも、いつも笑っていて優しいし、奥さんの尻に敷かれて嬉しそうにしている愛妻家。そしてその無骨な手から、信じられないくらい美味しい料理を作り出す。


 モウリさんが愛してやまない奥さんのチョコさんは、モウリさんみたいに肉付きの良い大柄なおばちゃん。身重なので会計や注文をとったりお客さんの相手をし、それまで彼女の仕事の一部だった配膳や片付けや掃除などが、今の俺の仕事だ。そのうち赤ん坊が生まれたら、俺に彼女の仕事を全て任せたいらしい。

 チョコさんは生まれて初めて俺に親身になって俺を気遣ってくれる女の人で、母ちゃんがいたらこんなかんじなんだろうなと常々思う。そのせいか、ここで働き出してから初めて、顔を知らない母ちゃんの夢を見た。俺に朝飯を作ってくれる母ちゃんの顔はわからなくて、あかぎれで固くなった手と、白いエプロンは奥さんのと同じだった。

 それから数日、なんだか気恥ずかしくて奥さんの顔をまともに見られなかった。いつも俺が帰る時に朝食用に残り物を詰めてくれて、給金をくれた時にはよく頑張ったからと新しい靴までくれた。今まで履いていた酔って路上で寝ていた男から盗ったサイズの違う臭くて固い靴じゃない、柔らかい俺の足にぴったりの皮の靴だ。


 この仕事は絶対続けようと心に決めた俺は、仕事がきつくても、だるい朝も、この靴を見るとさぼらずにここに来れるんだ。


「おい、リード!何やってんだ、冷めちまうだろ。とっとと運べ」

「はい、今行きまーす」


 俺は野菜と肉のごった煮が入った器とマーロという俺の手のひらよりも大きい魚の頭を焼いたものを手に、工房の親父と徒弟といった、木屑のついたエプロンをかけたままの太い腕や胸板をした男二人組の机に運ぶ。そして返す足で各テーブルの空いた皿をどんどん回収していった。

 そろそろピークが過ぎたかな。空いた机が目につき始め、注文や料理出しの間隔が開くようになった。俺はその隙に空いたテーブルの上を布巾で片付け丁寧に拭いていく。


 その時ドアが開き店内に踏み込む足音に、俺は顔をあげる前に威勢良く声をかけた。


「らっしゃい!こちらのテーブルに、ってあれ、ウィルーさん」

「よお、リード」

「今日はお一人ですか」

「ああ。今日は仕事で遅かったから、もー腹ぺこだ」


「あらあら、ウィルーじゃないの。ご注文は?今日はホロロ鳥とカカの実の炒め物が一押しよ」

「やあチョコさん、お久しぶり。美味そうだな、じゃあそれと根菜のシチューと丸パンを頼む」

「エールは?」

「うん、もちろん」

「リード、注文とエールよろしくね」

「はいっ」


 常連のウィルーさんと楽しそうに話し込むチョコさんを尻目に、俺はモウリさんに注文を伝え、樽に走りエールを注ぐ。


 ウィルーさんは、俺をこの店に紹介してくれた人だ。

 彼はそれまで浮浪児だった俺の敵、警備隊の隊長さんだ。別に俺が何かドジを踏んだ訳じゃない。弟分のマリク、今は孤児院にいるんだけど、あいつの縁で知り合った人だ。

 そのマリクの家族として、俺が院長のばばあに認めさせて引き取る為にはカタギの仕事が必要で、その為にあの兄さんが俺に住む所と仕事をくれた。しかも紹介料とか一切無しで、近所のアパートの初期費用も出世払いだと出してくれた。

 ありえないほどの親切に、何か裏があるのかと警戒する俺を、ウィルーさんは笑った。


「お前がまっとうになることで、俺の仕事がいくつも減ることになるんだ。そっちのほうがありがたい。それに、マリクとお前が幸せになることがあの人の望みだからな。」


 と、男の俺がどきりとするような甘い眼差しを見せた。

 あの人というのは、多分マリクと再会した時に一緒だった黒髪の女の人だと思う。ウィルーさんと潜入捜査をしていたと言っていたから、きっと警備隊に関係のある人だと思うんだけど。

 最初、マリクを連れたあの人をてっきり買い手の少年愛好家だと思って変態と連呼しちゃったけど、ご飯をごちそうになって色々話をしたら、変態じゃなくまっとうないい人だった。ウィルーさんて、絶対あの人のことが好きだよな。

 ちっ、この店に連れて来てくれたら仲を取り持ってやるのに。


 この店はマーケット側で客に関係者も多く、そのつてで新鮮な食材を使って値段も安いとくる。それにモウリさんの腕は大通りに並ぶ人気の食堂や酒場にも負けてないとファンも多い。だからこの店には、職人の兄さんや親父が多いけど、お針子やマーケットの売り子といった若い姉ちゃんもやってくる。


 不器用な兄ちゃんや姉ちゃん達は、気になる相手がいても声をかけることが出来ずに、離れた席から相手を見てはため息をついてる。俺はそれを見ていてイラっとして、次に来た時さりげなく近くの席に座らせ、声を交わすチャンスを作ってやるんだ。

 伊達に食うために色んな仕事をしていないからな。乞食をするなら、女のほうが同情を引き易くカモりやすい。娼婦の姉ちゃんの使い走りをしてたこともあるし、食うためにばばあに身体を売ったこともある。つまり、女の扱いには慣れてるってこと。

 俺がこの店に来てからもう3組もカップルが出来て、二人で店に食事にくるようになってる。だからぜひあの女の人とくっつけてやりたいと思うんだけど、ウィルーさん曰く彼女は元の仕事に戻って遠くにいってしまったらしい。


 よっぽど腹が減っていたのか、ウィルーさんはボリュームのあるモウリさんの料理をぺろりとたいらげると、俺の仕事ぶりを褒めてチップまでくれて、機嫌良く帰って行った。見送りに出た俺の頭に手を乗せ、チョコさんが短かめに切り揃えてくれた濃い茶色の髪をわしゃわしゃとかき乱され、子どもじゃないんだからと気恥ずかしくもそうされるのは嫌じゃなかった。


 俺は知ってるんだ、飯を口実に俺の様子を見に来てくれてるってね。

 最初は信用されていないのかとむかついたこともあったけど、よく考えれば俺はウィルーさんに信用してもらうものをまだ何も持っていない。だから、今は俺を見に来てもらうのが嬉しい。俺の仕事っぷりを見せつけて、まさかこんなに出来る奴だったなんてと驚かせるのが今の目標だ。

 そして、早く金を貯めてマリクと二人で暮らせる広い部屋を借りるのはもちろん、マリクを引き取れるとウィルーさんに保証しても貰えるくらい、信頼を勝ち取るよう頑張らないと。


 ウィルーさんの顔を見て気合いが入った俺は、閉店後に最後の皿洗いを終えて店内の掃除を済ませると、店の上の居住スペースでくつろぐモウリさん夫婦に挨拶をして店を後にした。

 俺の住むアパートは、静まり返り人気のないマーケットの手前を折れて4ブロックほど歩いた所にある。明日の朝用にと持たせてもらった残り物の煮込みとパンの入った包みを手に、疲れて重い足を懸命に動かしながら歩いていた。


 と、前方の路地から男が現れ俺をライトで照らした。強盗か?

 浮浪児の時には縁がなかったが、今は客商売だからぼろいが毎日洗濯したものを着て手入れをした靴を履いている。それは、少しでも金を持っていることを示していた。

 貧民街のある北部に住んでいた時は、そんな格好をした奴が深夜一人でぶらついてたら俺だって獲物にしていた。なのに、いくら南区に次いで安全な東部そんなことすら忘れて腑抜けていたなんて。

 俺は自分の油断に歯噛みしながら、いつでも走って逃げれるよう構えた。


「誰だっ」

「よう、リード。探したぜ、久しぶりだな」

「ヒックリー兄さん?」


 俺の顔はこわばった。手にしたランプで下から照らされたその顔は、俺の知ってる顔だった。

 北区の浮浪児を手下にするヤクザのチンピラ。俺も乞食をする時は、みかじめ料をこの人に払っていた。


「どうして、ちゃんと足抜けの挨拶はしたじゃないか」

「ああ、あの時しっかり挨拶してもらったからそのことに文句を言いにきたんじゃないぜ、安心しな」


 俺は腹の横で拳を握った。

 足抜け、つまり裏社会の組織はそれが大きいものであれ小さいものであれ、その傘下から抜けるにはけじめをつけないといけない。けじめの付け方はそれぞれだが、俺が受けた代償は、1週間起き上がれなかったほどのリンチと、腰に刻まれた落伍者を示すバツ印のナイフ傷だった。その傷は一生消えない跡を残し、二度と裏の世界に戻るものかと覚悟させるのに充分な重いものだった。


「実はな、お前に頼みがあってきたんだ」

「悪いが、挨拶が済んだ後は不干渉の約束だ」

「ああ、もちろん分かってるさ。だがな、お前が警備隊とつるんでたことが分かったら話は別だよ」

今回は、薔薇園での取引で登場した少年、リードの掌編です。

関連エピソード:[26]〜[29]

赤猪亭は、名前は出てきませんが「[30] まずは食い気」で登場した食堂です。

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