王子の憂鬱 [2.5]
各話タイトルの後の数字は、本編掲載時の挿入箇所、及び関連話を示しています。
(例:[2.5]←[2]の後に挿入、[2]after←後日談)
「ユリウス、いい加減腹を決めたらどうなんだ」
「どうして結婚なんてしないといけないんだ」
「次の王になるなら花嫁を迎えるは義務ですよ、王子様」
「あの黒髪はいやなんだ」
「だけど託宣で選ばれた女なんだろ?神の意志に背くなんて許されないだろ。嫌ならなんでもっと早く候補の中から選ばなかった。」
侍従のカイルは乳兄弟で幼なじみで、身分を越えた兄であり親友。二人でいる時は名前で呼び合い遠慮もない。
時々、この友人の辛辣な口を封じたくなるが、どれだけ彼に助けてもらったかを考えると頭があがらないのも事実。
神殿から逃げ帰った俺は、父上に報告する前にカイルを自室へ引きずり込み、あったことを詳細に話して聞かせた。
本当に花嫁が現れたことに驚いていたカイルだったが、気が進まない俺の愚痴を聞くうちいに視線が冷たくなっていった。
「あの後宮の女達はいやだ。どれに父上の手がついてるかたまったもんじゃない」
「じゃあ、後宮以外の女を探し選ぶという手もあったはずだ。私からみれば自業自得、時既に遅しだな」
「分かってるよ。なんで俺の時に限ってこんな変な託宣になるんだ」
「ユリウス、まだイリーニャのことをひきずってるのか?」
イリーニャという名前に胸がうずいた。可憐で野の花が揺れたかのように笑う少女。寄り添っていると、時々黒い巻き毛が彼の頬をくすぐり、お互いくすくすと笑いあった初恋の君。俺の想いを知ってたはずなのに父上の妾妃となり、女達の嫉妬という暗い炎の中で心を病み若くして死んだ彼女のことを。それから俺はもう誰も愛さないと決めた。
父上との間は完全に凍り付き、好色な父上の欲が詰まった後宮、俺は父上とそれを憎んだ。
王妃を娶るのが義務というなら、貴族の娘でも他国の王女でも構わない。だが妾妃を持つつもりはないし、父上の手垢がついた女もごめんだ。
神が授けてくれるなら既に父上の手がついてることもないだろう。だが、決して愛すことはないだろう。
俺の心は永遠にイリーニャだけのものなんだから。
そう決めて臨んだナムイの儀だった。
慣例にのっとり、神官長と二人で用意された地下の部屋に立った。神官長が祈りの言葉と長い神言を唱える。
半年前は、神剣「覇者の剣」が授けられた。そして今回の儀式で現れたのは、イリーニャと同じ黒髪の女だった。
いや、同じなのは髪の色だけ。柔らかな琥珀の瞳ではなく、意志の強そうな星空のような黒い瞳。幼くあどけない顔つきではなく、整っているが表情の薄そうな異国的な顔。細く華奢な身体ではなく、肉感的な肢体。そして、イリーニャの花のつぼみのような唇からは、やさしさにあふれた言葉しか紡がれなかったのに。
俺は彼女の暴言を思い出し首を振った。
ありえない。彼女はイリーニャとは全く違う。なのに、あの髪が彼女のことを思い出させて心を苛立たせるのだ。
「とにかく、早く陛下に報告しないとまずいだろ。どうせ陛下も大臣達も本当に女が授けられるとは思っていなかったはずだし、これから当分議会は荒れるだろう。後宮にいる娘を王妃候補として置いている奴らも多いんだ。せっかくなんだ、利用しろ。これがお前の計画のいいきっかけになるかもしれんぞ」
「そうかな」
「ユリウスとその女がどうなるかなんて、後ろに付録がない分二人だけの問題で済むだろ。話を聞いたところだと、女だってすぐにお前を受け入れられないみたいだし。お前だって彼女のことを何も知らないんだからな。勢いで浅慮なことはするなよ」
「五月蝿いな。俺だって一応覚悟はきめてたさ。ただあの女にかき乱されて…。まあいい。聞いてくれて助かった。今から父上に報告してくる」
父上である王にナムイの儀が終わったことを告げると、父上も周囲に侍る一同も騒然となった。特に娘を差し出すつもりだった物達の動揺は大きい。それだけ、俺の結婚がやつらの思惑にまみれたものであったかが分かる。既に父上がこっそり手をつけた女達の心配をしてやる義理もない。
俺は成人をしてから一度も後宮に足を踏み入れなくてよかったと心からほっとした。
俺は王になり、城内の病んだ膿みを全て出し切って新たな時代をつくりたい。だから彼女を愛するつもりはないが、利用はしよう。そのお礼分は、優しくしてやるかな。
俺は自分でも意地の悪い顔で嗤った。そして、父上に、この場所にいる者全ての耳に入るよう高らかな声で告げた。
「私は、神の意に従い、神の授けし運命の花嫁を将来の王妃に致します。神と、国と、王と、我が命に誓って」
本編、召喚編「[2] 運命の花嫁」の次(ユカが召喚されたエピソードの直後)にside-王子-として挿入していました。