橋と川と液体
あくまでも、思いつきで書いたものなので、読みづらく、意味不明なところもあるとは思いますが、まぁ読んでください。
彼、芹沢は橋の前に立っている。
川に沿ってできた商店街のちょうど真ん中辺りに架かっている橋だ。
朝焼けが川に反射して街を明るくしている。
小鳥がさえずり、車が走っている。通勤に向かうであろうサラリーマンもいる。
彼の後ろ、道路を挟んだ店のシャッターが開けられる。
果物屋の店主がこちらを向いた。
顔には皺がいくつも刻まれている。
しかし、芹沢は店主が若々しく見えた。
何故かは彼にもわからない。
店主は彼に笑顔をくれた。
「おはようございます」
芹沢は少し驚きながらも当然の挨拶を返した。
「おはようございます」
「良い天気ですね」
芹沢は空を見上げた。
雲一つ無いという言葉様々の天気。
「そうですね」
「向こう側に行かれるんですか?」
芹沢は橋の向こう側を見た。
向こうも商店街である。
こちらの商店街は徐々にあちこちでシャッターが上がっていく。
比べて向こう側は一向に動き出しそうにない。
まだ眠っているようだ。「ええ」
実際、芹沢にも自分が向こう側に行くのかどうか、分かりきってはいない。
気がつけばこの橋の前に立っていた。
向こう側に何があるのか、何をしにいくのか、わからない。
しかし、彼の足は向こう側を目指そうとしている。
そんな気が彼にはするのだ。
向こう側に行く気が。
「急いでいるんですか?」「いいえ、別に」
「そうですか、まぁ、急いで渡る必要もありませんしね」
「そうですね」
一体、この橋を渡る必要は何なのか。
「しかし、あなたも寝間着でこの橋を渡るとは」
芹沢は驚いて自分の体を見た。
気がつかなかったが、彼は灰色のスウェットを着ていた。
店主は、少し芹沢を馬鹿にするように見た。
芹沢は不思議と怒る気がしなかった。
事実、寝間着でいるし、笑われて当然のこと、をしている気がしたから。「それじゃあ」
芹沢は礼をして、橋に一歩踏み込んだ。
熟れすぎた果実を踏んだような音がした。
彼の踏み込んだ足下には、真っ赤な液体が小さく広がっていた。
トマト?
ではなさそうだった。
果肉が無い。
そんなことはどうでもいいが、真っ赤な液体は事実だった。
もう一歩。
まだ真っ赤な液体が足下に広がった。
「あの」
芹沢は何となく、振り向き果物屋の店主に話そうとした。
芹沢は唖然とした。
店主だけでなく、道行く人々が全く、彼に気がつかない。
無視、拒絶、というよりは隔離されているような。
彼の存在がその商店街から消えてしまったような。「一体どうなってるんだ?」
彼はそれなりに大きな独り言を言った、
が、誰も彼を振り向きはしなかった。
恐ろしく、不思議な出来事に包まれている気がした。
足下を見ると、二つの液体が交わり、一つになっていた。
また、一歩踏み出した。
また、真っ赤な液体ができた。
何度しても、同じ出来事が繰り返される。
振り向けば、彼の足跡の液体は交わり、一つの小さな川のようになっていた。
彼は両手首を見て、また驚いた。
両手首からはおびただしい真っ赤な液体が溢れ出ていた。
しかも、不思議とその液体は落下しない。
溢れ出ては消えていく。
繰り返されていく。
また、一歩踏みだそうとした彼の横を男が走り抜けた。
走り抜けた男は彼より遥か年上に見えた。
同じような灰色のスウェットを着ているが、男の方が着古している感じだ。
頭は禿げ散らかしていて、みすぼらしいの代名詞とも言えそうだ。
芹沢は驚き、彼の足下を凝視せざるを得なかった。
男の足下には、真っ黒な液体が広がっていた。
そして、首筋には輪のような跡から真っ黒な液体が溢れ出ていた。
芹沢のと同じく、この液体も溢れ出ては消えていて、落下はしない。
「あの」
芹沢がそう言っても振り向きもしない。
「どうなってるんですか?」
構わず尋ねるが、返事はない。
男は真っ黒な足跡をつけ、黒い小さな川を作りながら全速力で走り去っていく。
そして向こう側にたどり着いた。
そして、消えた。
橋を渡りきって消えた。
芹沢は愕然とした。
彼の脳の容量を越した情報量にオーバーヒートを起こしてしまいそうだった。
黙り、立ち止まる彼の横を女が通り過ぎた。
歩いてはいるのだが、全身を泡で包まれている。
巨大なシャボン玉で。
そして足下は青い小さな川ができている。
芹沢と同い年くらいだろうか。
「あの」
芹沢の声に彼女は振り向いた。
「どうかしましたか?」
「漠然としますが、ここは何なんですか?」
彼女は首を傾げた。
「私もよく分からないんですが、あっちしか行けそうな所、無いですからね」
「商店街の人と話しましたか?」
「ええ、話しましたけど、なんか急に無視されたんで、腹立って私もそのままこっちに来たんです」
芹沢は彼女のある意味楽観主義がうらやましかった。「僕もなんです。急に隔離されたような」
彼女は芹沢の足下を見て言った。
「赤色なんですね」
「青色なんですね」
「一体何なんですかね」
「気にしても仕方ないんじゃないんですか?」
「そうですかねえ」
「もう戻れないですし」
彼女はキョトンとしている芹沢を見て、気がついた。
「試さなかったんですか?戻ろうと」
芹沢はうなだれるようにうなずいた。
「だから、向こう側に行くしか選択肢が無いんです」
「そんな」
楽観主義過ぎる彼女は、芹沢を置いてそのまま歩き出した。
彼女が二歩、三歩と歩き出して彼女も芹沢も驚いた。
泡に包まれている彼女の体が何かに誘われるように、フワフワと浮き始めた。
「えっ、何これ」
さすがに楽観主義者でも驚きを隠しきれない。
「私、浮いてます?」
首だけを回して芹沢に訊く。
うなずくしかできない。
足下の青い液体は彼女が浮き出した所で大きく溜まっている。
微動だにすることなく溜まっている。
浮き出した彼女は、高さを上げ、ついに周りのフェンスより、高くなった。
そして芹沢が助けようとしても、動き出せないままフェンスを超えた。
つまり川の上に浮いている。
「助けてもらっていいですか?」
彼女の声に、動きを取り戻した芹沢は、力ない歩みで近づいていく。
「手、伸ばしてください」
芹沢が言った。
しかし、彼女が手を伸ばして、芹沢につかまろうとした瞬間だった。
彼女を包んでいた泡が、文字通り音をたてて割れた。
そして、彼女は落下した。
芹沢はフェンスに体を乗り出し、見ることしかできなかった。
広い広い川に小さな水しぶきが上がった。
橋は芹沢が想像した以上に高かった。
ここから落ちたら助からない、くらい。
芹沢は愕然として、地面に座り込んだ。
わけも分からない世界で、わけも分からない現象を見る。
考えるだけ無駄。
次は自分に何かが起こるのだろうか?
あの男のように全速力で走るのか、はたまた川に強制落下するのか。
その時、芹沢の頭に自ら死ぬという概念が生まれた。
どこか懐かしく感じられる、自殺というよりは単語。
そうだ、それがいい。
芹沢は力なく立ち上がり、フェンスを越えようと足をあげた。
「自殺するの?」
芹沢が振り返ると、左半身をオレンジ色の液体に包まれた、幼い少年が立っていた。
「自殺なんかしない方がいいよ」
「どうしてだ?」
「何も解決しないからさ」
「けれど、何かが起こるのをただ待つよりは楽じゃないか」
芹沢は恐怖に包まれている。
少年にムキになっている自分に気がついていない。
その時、少年の体が浮き始めた。
足下には彼女と同じく、液体が溜まっている。
「あーあ、結局こうなるんだ。僕だって向こう側に行きたいんだ。川に入りたくないんだ」
少年の体が川の上まで移動する。
「待て、僕も一緒に死ぬ」
芹沢はフェンスを越え、そこに座る形になった。
「だから、やめた方がいいよ。自殺なんか後悔するよ」
「恐怖に包まれるよりましだろ」
少年は呆れた顔をした。
そして、泡が割れ、少年は落下した。
その最中、芹沢は少年の言葉を聴いた。
「絶対後悔するよ」
川にまた水しぶきが上がった。
芹沢は少年の言葉の意味を考えようとした。
しかし、すぐに振り切った。
死のう、その言葉にしがみついていた。
そして、両手でフェンスを押し、川に落下した。
落下の最中、彼の頭にはある光景が浮かんでいた。
部屋にいる自分。
机に向かいイスに座っている。
ナイフで両手首を切る。
真っ赤な血が噴き出す。
意識が遠のいていく中で、サイレンの音が脳内で響いていた。
あぁ楽になれる。
そう考え、芹沢は目をつむった。
川に体が打ちつけられたところで、意識が消えた。
病室にいる芹沢。
ベットに横たわっている。
違和感を感じ体を見ると、四肢が縛られている。
「だから、やめた方がいいって言ったんだ」
芹沢が驚いて左を見ると、左半身を包帯で巻かれた少年がいた。
「自殺願望者があの世界で、自殺なんてするから生き返ることになるんだ」
芹沢は口もきけず、ただ唖然とするしかなかった。
「さっき、聞こえたんだけど、搬送された溺れた女の人の蘇生に成功したんだってさ」
芹沢は少年の話を聴くしかできない。
「政治家は首吊って死んじゃったしねえ」
少年は芹沢に微笑み言った。
「もう、あの世界の意味、分かったよね?」
つまんなかったでしょう?
できたら感想とかください。