第6話:お年玉攻防戦と親戚の襲来(タックス・ヘイヴン)
あけましておめでとうございます!
今回は、お正月の風物詩「お年玉」を巡る、理太郎(5歳)と絶対権力者(母)の仁義なき戦いです。
子供の頃、「預かっておく」と言われて消えたお年玉は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか……。
そんな切なくも熱い、三浦の元旦をお楽しみください。
1.元旦の静寂と野望
1月1日、午前7時。
新しい太陽が、三浦の海を黄金色に染め上げていた。
元旦。
それは全てがリセットされ、新たな戦いが始まる日だ。
俺は洗面所の「指令台(踏み台)」の上に立ち、鏡の中の自分に向かって敬礼した。
「……あけましておめでとう、私。今年のミッションは『現状維持』。……いや、あわよくば『勢力拡大』だ」
渋い挨拶を済ませ、俺はリビングへと向かう。
廊下には、すでに醤油と出汁、そして微かなアルコールの香りが漂っていた。
日本の正月特有の、「朝から飲んでも許される空気」が充満している。
「あけましておめでとう、リタくん! 今年も張り切っていこうね!」
リビングに入ると、絶対権力者こと、母・花代(通称:親父の嫁)が、満面の笑みで迎えてくれた。
新しいエプロンを身に着け、おせち料理を並べている彼女の手には、色とりどりの小さな封筒が握られている。
……ポチ袋。
それは、子供という社会的弱者が、唯一まとまった資金を調達できる合法的手段。
一年間の耐え忍んだ日々の配当金とも言える。
「……うむ。母上も、昨年の『断捨離』作戦、ご苦労だった。本年も本田家の治安維持に尽力されたし」
俺は冷静さを装いながら、コタツで新聞を読んでいる溶接ゴリラ(父・晃)の隣に座った。
奴もまた、新しい作務衣を着て、ちらりと俺を見た。
「……おめ」
「……ああ、今年も頼むぞ、親父殿」
男たちの新年の挨拶は、これだけで十分だ。
だが、俺の視線は親父の嫁の手元に釘付けになっていた。
あの封筒の中身こそが、俺の今年の軍事予算を決定づけるのだから。
2.第一次・ポチ袋防衛ライン
「はい、お年玉よ」
親父の嫁から手渡されたのは、黄金に輝く『メカ・ダイナソー』が描かれたポチ袋だった。
厚みは……薄い。
だが、透視能力(妄想)によれば、中には歴戦の英雄・野口英世か、あるいは新時代の賢者・北里柴三郎(千円札)が1枚、鎮座しているはずだ。
「感謝する」
俺が恭しく受け取ろうとした、その瞬間。
「あ、でもリタくんまだ小さいから、ママが『将来銀行』に預かっておくわねー」
ヒュッ。
俺の手元に届く前に、ポチ袋は親父の嫁のエプロンのポケットへと吸い込まれていった。
神速の早業。
俺の動体視力をもってしても、残像しか見えなかった。
……なっ!?
出たな、『将来銀行』。
それは預け入れたが最後、二度と出金することができないと言われる伝説のブラックボックス。
口座番号もなければ、通帳も発行されない。金利も不明。
あるのは「あなたのため」という、実体のない担保のみだ。
俺の壮大な資産運用計画が、実行に移されることなく頓挫した。
「……異議あり。母上、その『将来』とは具体的に西暦何年を指すのか? また、運用実績の開示を求める」
俺は食い下がった。
千円あれば、昨今のインフレにより高騰したガチャガチャでも、二回以上は確実に回せる。メカ・ダイナソーチョコなら10個買える。
その機会損失は計り知れない。
「あらあら、新年早々、小難しいこと言わないの。大人になったら全部あげるから。ね?」
「……『大人』の定義が曖昧だ。俺は精神的には既に成熟している」
「はいはい。いつものパン屋さんの『あんぱん』買ってあげるからねー」
議論終了。
俺は敗北した。
三崎の地元パン屋の「あんぱん」。それは三崎の子供たちが皆、これを食べて育つと言われる、抗いがたいソウルフードだ。
その絶対的な現物支給による懐柔策。圧倒的な権力と、DNAに刻まれた味の前では、正論など赤子の寝言に等しい。
俺は悔し涙を飲み込み、おせちの栗きんとんを無言で咀嚼した。
甘い。
敗北の味がする。
3.黒船(親戚)、襲来
午前10時。
玄関のチャイムが連打され、野太い声が響き渡った。
「おう晃! 開けろや! 酒持ってきたぞ!」
黒船の来航だ。
親父殿の兄貴分や、親父の嫁の姉夫婦など、近所に住む親戚一同が雪崩れ込んできたのだ。
彼らは三崎の港町特有の、声がデカく、遠慮がなく、そして豪快な人種たちだ。
狭いリビングが一瞬にして、すし詰め状態の居酒屋と化した。
「うおっ、リタ坊! またデカくなったな! 筋がいいぞ、将来は漁師か? それとも親父と同じ溶接屋か?」
色黒で角刈りの「為吉おじさん(マグロ船の元機関長)」が、俺を軽々と持ち上げた。
高い。天井が近い。
そして酒と潮の匂いが凄い。
「……降ろせ。俺は高所恐怖症ではないが、安全帯なしの作業は労働基準法違反だ」
俺が足をバタつかせると、親戚一同がドッと沸いた。
「ガハハ! 相変わらず口が減らねぇガキだ! 晃に似て頑固そうだな!」
「いやいや、顔は花代ちゃん似で可愛いじゃないの」
おばさん連中が俺のほっぺたを餅のように捏ねくり回す。
やめろ。俺の頬は可塑性物質ではない。
「ほらよ、リタ坊! お年玉だ! これで好きなもん買え!」
為吉おじさんは、俺をドサッとコタツに降ろすと、分厚いポチ袋を俺の腹の上に置いた。
ズシリ。
……重い。
これは、紙幣ではない。明らかに金属の質量だ。
しかも、一枚や二枚のレベルではない。
俺の腹筋が微かに悲鳴を上げるほどの重量感。
「ガハハ! 重いだろう! たっぷり入ってるぞ!」
為吉おじさんは豪快に笑った。
さらに、他のおじさん、おばさんたちからも次々とポチ袋が投下される。
4.その金は誰のものか
親戚たちが宴会を始め、リビングがカオスと化した隙に、俺はこっそりとポチ袋の中身を確認した。
コタツの下に潜り込み、まずは為吉おじさんの「最重量ポチ袋」を開封する。
ジャラララッ!
袋の口を切った瞬間、銅色の奔流がコタツ布団の上に雪崩れ落ちた。
……10円玉。
それも、大量の。
俺は冷静に計数作業を開始した。
一枚、二枚、三枚……四十九、五十。
「……10円玉が、50枚」
合計、500円。
この圧倒的な質量に対して、経済的価値のなんと低いことか。
これはお年玉というより、一種の嫌がらせ、あるいは「金は重いものだ」という哲学的な教育的指導なのだろうか?
俺は銅色に輝く平等院鳳凰堂の大群を見つめ、溜息をついた。
だが、金は金だ。駄菓子屋での決済においては、これらも立派な法的通貨として機能する。
続いて、他のおじさんたちのポチ袋も開封する。
こちらは千円札が2枚と、500円玉が1枚。
合計、3000円。
……大金だ。
今の俺にとって、これは国家予算に匹敵する。
駄菓子屋の『うまい棒』なら200本。ガチャガチャなら10回以上回せる。
さらに言えば、商店街の模型屋に飾ってある『DXメカ・ダイナソー基地』の手付け金にだってなるかもしれない。
俺の心臓が早鐘を打つ。
これがあれば、俺の武装計画は飛躍的に前進する。
俺はコタツの中で、10円玉の山と千円札の輝きに魅入られた。
だが、背後には常に監視の目がある。
ガバッ。
コタツ布団がめくられ、光が差し込んだ。
そこには、ビール瓶を両手に持った親父の嫁の顔が、ヌッと現れた。
コタツの中という密室に、巨大な顔が侵入してくる恐怖。
進撃の巨人のワンシーンを彷彿とさせる。
「あーーーーーら、りたくん。いっぱい貰えてよかったわねぇ」
その目は笑っているが、瞳の奥は笑っていない。
鋭い視線が、俺の手元にある硬貨と紙幣をロックオンしている。
「……さて、ママに預けてね。落としたら大変だから」
出た。
「落としたら大変」という、確率論を無視した脅し文句。
俺の部屋で落としても拾えばいいだけだ。だが、彼女のポケットに落ちたら、それは二度と戻ってこない。
(……没収される)
俺は悟った。
この戦場において、5歳児に所有権など存在しない。
すべては『将来のため』という大義名分のもと、接収される運命なのだ。
抵抗しても無駄だ。彼女の握力は、濡れたタオルを絞りきるほどに強い。
俺が諦めて、震える手で3000円(うち500円は銅貨の山)を差し出そうとした時だった。
「……花」
隣で無言で刺身をつついていた溶接ゴリラが、低い、しかしとびきり優しい声で親父の嫁を呼んだ。
酒も入っているはずだが、その眼光は穏やかだ。
「……ん? 何よ晃くん」
親父の嫁が振り返る。
親父殿は、箸を置き、俺の手にあるジャラジャラとした小銭の山と、俺の死んだ魚のような目を見比べると、ボソリと言った。
「……札を一枚、残してやれ」
「え? 千円札?」
親父の嫁が目を丸くする。
5歳児に千円は大金だ。普段なら絶対に許可が出ない金額である。
「……朝、こいつの分は全部、『預金』させただろ」
親父殿はボソリと付け加えた。
……!
俺は驚愕した。
この男、見ていないようで、朝の「将来銀行強制預金事件」をしっかりと認識し、気にかけていたというのか。
俺が理不尽に耐え、涙を飲んで栗きんとんを食べていた姿を。
「……理太郎だって、一人の男だ。付き合いってもんがある」
そして、親父殿は俺を真っ直ぐ見て言った。
「……自分の財布に銭が入ってなきゃ、外も歩けねぇだろ」
……親父殿……!
俺は痺れた。
その言葉は、俺を「管理されるべき子供」としてではなく、一人の「男」として扱ってくれている証拠だ。
昨年末の「俺の領分だ」発言以来、この男の株価はストップ高を更新し続けている。
「……もう、しょうがないわねぇ。晃くんはリタくんに甘いんだから」
親父の嫁は苦笑いした。
やはり、この男が真面目な顔で言うことには弱いらしい。
彼女にとっても、夫の顔を立てることは重要事項なのだ。
「わかったわ。じゃあ一枚だけね。あとはちゃんと『将来銀行』に入れておくから」
親父の嫁はそう言うと、手早く為吉おじさんの10円玉の山と他の小銭、そして千円札までもをスピーディーに回収し――
代わりに俺の手のひらに500円玉を一枚、ポンと置いた。
「……」
俺の手元に残ったのは、野口英世ではない。
ニッケル黄銅の輝きを放つ、500円硬貨だ。
……おい。
親父殿は確かに「札」と言ったはずだ。
なぜ、通貨単位がダウングレードされているのだ。
俺は抗議の視線を向けようとしたが、親父の嫁は「これ以上言うと、この500円も没収よ?」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべている。
親父の嫁の金銭感覚は非常に渋い。
そして、この家庭内財務省の決定は絶対だ。
親父殿も、これ以上の介入は内政干渉にあたると判断したのか、黙って酒をあおっている。
(……くっ、得体の知れない『将来』のために、甘んじて500円で我慢するしかないのか)
俺は唇を噛んだ。
だが、全額没収という最悪のシナリオ(バッドエンド)は回避された。
俺は残された一枚の500円玉を、宝物のように握りしめた。
1000円には届かなかったが、それでも重い。
これは、大人の事情と妥協の重さだ。
5.男たちの密約
宴会もたけなわの午後2時。
親戚たちが「昔、俺が三崎の番長だった頃はな……」という武勇伝大会を始めた頃、俺は家を抜け出し、庭へ出た。
手には、冷蔵庫から麦茶を拝借し、なみなみと注いだメカ・ダイナソーカップを握りしめている。
冷たい風が、火照った頬に心地よい。
ふと見ると、縁側で親父殿が、ガラスのコップに入った麦茶を飲んでいた。
宴会の騒がしさから避難してきたのだろう。
その背中は、歴戦の戦士の休息そのものだ。
俺はその隣に並んで座った。
「……恩に着る、親父殿」
「……何のことだ」
奴はとぼけた顔で、遠くの海を見ている。
だが、その横顔は少しだけ笑っているように見えた。
「……無駄遣いすんなよ」
「わかっている。これは戦略的投資資金だ。インフレの波に負けないよう、有効活用する所存だ」
俺たちは、それぞれのコップをカチンと合わせた。
乾杯。
今年も、このカオスで、不条理で、だけど最高に温かい家で、俺たちのサバイバルが始まるのだ。
親父の嫁という絶対的な支配下にあっても、俺たち男の同盟があれば、きっと生き抜いていける。
たとえ、約束された「札」が「硬貨」に変わろうとも。
俺はポケットの中の500円玉を強く握りしめた。
この500円は、ただの金ではない。
男たちの絆と、現実の厳しさを刻んだ証なのだから。
さあ、行こうか。
この500円を握りしめ、海南神社の屋台が、確実に俺を待っているのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「将来銀行」の金利は一体いくらなのか……それは大人になっても永遠の謎ですね。
親父殿の「札を一枚」という男気と、それを軽やかにかわす母上の強さ。
その間で必死に生きる理太郎を応援していただけたら嬉しいです。
次回、第7話「海南神社初詣とインフレ」。1月2日AM7時更新予定!
この500円で理太郎が何を買うのか、そして神前で突きつけられる世知辛い現実とは!?
次回の更新もお楽しみに!
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本編「俺の親父の嫁」では、
・砂場での宿敵との戦い
・同級生との恋の予感ならぬ悪寒
・理太郎が父の職場(造船所)に潜入して見た「男の背中」
・台風の夜、家を守るために戦う「溶接ゴリラ」の勇姿、
・理太郎の迷子、他
笑って泣けるエピソードを多数収録しています。
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