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第4話:大掃除という名の強制労働(ラグナロク)

『冬の陣』第4話です。

 

 本田家を襲った厄災『大掃除』。

 夜明け前から発生する「マグロ渋滞」を横目に、本田家では己のアイデンティティ(ガラクタ)を懸けた、男たちの負けられない戦いが始まります。

1.開戦の狼煙のろしは突然に


 12月29日

 午前5時20分

 まだ太陽すら目覚めていない漆黒の闇の中、俺は愛飲している、琥珀色した至高のミネラル麦茶を飲みながら、岬の下町を見るともなく見ていた。

 三崎港へと続く主要道路は、赤いテールランプの河と化していた。


 通称『マグロ渋滞』


 正月用の極上マグロを求め、首都圏から数万の人間が、夜明け前の三崎港へと殺到する。

 これは年末の三浦における異常気象だ。


 車列はピクリとも動かず、ドライバーたちの膀胱と精神力を極限まで試している。

 だが、その苦行の先にある本マグロという「赤いダイヤ」のためなら、大人は喜んでアクセルを踏むのだ。


 そして夜が明けた午前7時。


 港で開催されている『三浦・三崎朝市 年末特別セール』(29日・30日開催)は、祭りのような熱気に包まれていた。


 マグロ・地魚をはじめとする、欲望という名の新鮮な魚介が、威勢のいい掛け声と共に飛ぶように売れていく。


 だが、ここ本田家のリビングでは、全く別の意味で空気が張り詰めていた。


 俺の心は、冷凍マグロのようにカチコチに冷え切っていた。


 我が家の絶対権力者・花代(通称:親父の嫁)が、頭に手ぬぐいを巻き、両手にゴミ袋とハタキを装備してリビングに降臨したからだ。


 その目は、獲物を狙う鷹のように鋭く、慈悲という概念は完全に消去されている。


 俺は直感した。

 港の「特別セール」とは真逆の、我が家の在庫一掃セール――つまり、世界の終わり(ラグナロク)が始まると。


「さあ、二人とも! 今年は徹底的にやるわよ! テーマは『断捨離』! ときめかないモノは即、処分!」


 親父の嫁が高らかに宣言した。


 『断捨離』。

 それは、文明社会における最も残酷な粛清の儀式だ。


 最近、絶対権力者はYouTubeで「持たない暮らし」を推奨するミニマリストのチャンネルに傾倒している。

 画面の向こうのシンプルライフは美しいが、それを5歳児と溶接工のいるカオスな本田家に適用するのは、物理法則を無視した暴挙だ。


 俺はチラリと、ソファで新聞を読んでいるフリをして気配を消している溶接ゴリラ(父・晃)を見た。


 奴の背中も、わずかに強張っている。

 なぜなら、俺たち男という生き物は、往々にして「他人にはゴミに見えるが、自分にとっては聖遺物」である物体を溜め込む習性があるからだ。


「まずは理太郎! あんたの部屋の『謎のコレクション』からよ!」


「……!?」


 指名手配された。

 俺は戦慄した。俺の部屋には、数々のミッション(散歩)で獲得した戦利品が安置されている。それらが今、危機に瀕しているのだ。


2.聖域の攻防戦


 俺の部屋。

 絶対権力者は無慈悲に、学習机の引き出しを開け放った。


 ガラッ。


 そこには、俺の小宇宙コスモが広がっていた。


「……何これ。ゴミばっかりじゃない」


 親父の嫁は、俺の宝物をゴミ袋へと放り込もうと手を伸ばした。


「待て! それはゴミではない!」


 俺は必死にバリケードのように立ちはだかった。

 彼女の手には、海岸で拾った、絶妙に流線型を描く流木が握られている。


 だが、それはただの木切れではない。

 以前、朝蔵じいちゃんの家へ遠征した際、じいちゃんと共に城ヶ島の荒磯へ繰り出し、岩陰から確保した至高の戦利品トロフィーなのだ。


「これは『伝説の海龍の牙』だ。このカーブを見ろ。自然界の奇跡だぞ!」


「ただの木の棒でしょ。汚いし、虫が湧いたらどうすんの。ポイね」


 ザッ。


 問答無用。

 海龍の牙は、透明なポリエチレンの牢獄へと幽閉された。


 三崎のルールに従った透明袋スケルトンであるがゆえに、捨てられた俺の宝物が外から丸見えであるという事実が、さらに俺の心を抉る。


「ぐっ……! なら、これはどうだ!」


 俺は、お菓子のおまけのカードが入っていたキラキラした空き袋の山を指差した。

 

「これは『光の封印書』だ。いつか世界を救う呪文が……」


「ゴミ。ポイ」


 ドサドサッ。


 早い。判断に1秒も要していない。

 俺のプレゼン能力不足か? いや、相手の聞く耳が物理的に閉ざされているのだ。


 次々と処分されていく宝物たち。

 どんぐり(虫食いなし選別済み)。

 牛乳瓶のフタ(レア柄)。

 妙に手触りのいい丸い石。


 俺の歴史が、思い出が、次々とゴミ集積場へと送られていく。

 俺は膝から崩れ落ちそうになった。


 これが、敗北か。

 5歳児の論理など、絶対権力者の「掃除機」という圧倒的武力の前には無力なのか。

 その時だった。


「……待て」


 低く、地を這うような声が響いた。

 入り口に、巨大な影が立っていた。

 溶接ゴリラだ。


3.男たちの沈黙の同盟


 溶接ゴリラは、ゆっくりと部屋に入ってきた。

 その手には、ボロボロの軍手が握られている。


 その表情は、かつてないほど険しい。


 どうやら、奴の聖域であるガレージにも、いつの間にか絶対権力者の魔手が伸びていたらしい。

 おそらく、俺たちが寝静まった深夜か、あるいは早朝か。


 奴は自分の領域に残された「無慈悲な痕跡(選別)」に気づき、この粛清の嵐が俺にも及んでいることを察知して駆けつけたのだ。


 あの男は、先ほど親父の嫁が無慈悲にゴミ袋へ放り込んだ一本の流木『伝説の海龍の牙』を、無造作に掴み出した。


「……晃くん? それ捨てたやつよ? 汚いし、虫がいたらどうすんの」


 親父の嫁が目に炎を宿し、溶接ゴリラに迫る。

 だが、溶接ゴリラは無言でその流木を凝視した。

 その眼差しは、鉄骨の継ぎ目を見極める職人のそれだった。


「……いい『曲線アール』だ」


 ボソリと、奴は言った。


「は?」


「質感。捻じれ。……悪くねぇ」


 溶接ゴリラは、まるで名刀を鑑定するように、俺の海龍の牙を愛おしげに撫でた。

 そのゴツゴツした指先が、流木の滑らかな表面を確かめている。


「……理太郎。これは『素材』として俺がもらう」


「……え?」


 溶接ゴリラは、俺に目配せもせず、淡々と言った。


「台座か、……何かの取っ手か。ガレージの『一時保管所』に入れておく」


「ちょ、ちょっと晃くん! ガレージも片付けるって言ったでしょ!?」


 親父の嫁の抗議に、奴はピタリと足を止めた。

 そして振り返りもせず、背中越しに低く唸った。


「……いつの間にか、配置が変わっていたな」


 声量は、普段よりもむしろ小さかったかもしれない。

 だが、その声には、深海のような重圧と、ガレージという聖域を侵された職人の静かなる拒絶が込められていた。


 怒号ではない。

 ただ、その場の温度が数度下がったような、ピリリとした緊張感が走ったのだ。


「……うっ」


 普段は家庭内の食物連鎖の頂点に君臨する親父の嫁が、言葉を詰まらせ、思わず半歩後ずさった。


 彼女の「断捨離」という正義が、普段は決して牙を剥かない溶接ゴリラの、稀に見る「本気」のオーラに圧倒された瞬間だった。

 踏み込んではいけないラインを悟ったのか、彼女はそれ以上の追撃を飲み込んだ。


「ガレージは……俺の領分だ」


 溶接ゴリラ、いや、親父殿はそれだけ言い残すと、俺の『海龍の牙』を持って、悠然と部屋を出て行った。

 その背中には、「大事なものは、俺が守る」という無言のメッセージが刻まれていた。


 ……やるじゃないか、親父殿。


 俺は痺れた。

 ただの無口な家ゴリラだと思っていたが、今の家ゴリラは少しだけ輝いて見えた。

 己の領分を侵された時だけ見せる、あの静かな凄み。

 あれこそが、男の美学ダンディズムだ。


 救われたのだ。

 じいちゃんとの思い出の品は、溶接ゴリラの手によって「いい素材」という名目のもと、ポリエチレンの牢獄から生還を果たしたのだ。


 そして俺は気づいた。

 あの男の作業ズボンのポケットが、不自然に膨らんでいることに。

 そこからは、錆びたボルトや、何に使うか不明な金属のスプリングが、少しだけ顔を覗かせていた。

 

 奴もまた、絶対権力者の検閲から己の宝物を守るため、身につけて隠蔽コンシールしていたのだ。


4.共有された秘密基地


 掃除が終わった午後3時。

 家の中はピカピカになり、親父の嫁は「あースッキリした!」と勝利の美酒(缶ビール)を煽っていた。


 俺はそっとリビングを抜け出し、ガレージへ向かった。

 そこは、オイルと鉄の匂いがする、溶接ゴリラの聖域だ。


 棚の奥。

 普段は溶接マスクや工具が置かれているさらに奥のスペースに、俺の『海龍の牙』は立てかけられていた。

 そしてその横には、あの男が隠し持ってきた謎の金属パーツたちが、綺麗に並べられている。


「……ここは安全だ。」


 背後から声がした。

 家ゴリラが、缶コーヒーを片手に立っていた。


「……感謝する、同志よ」


 俺は深く頭を下げた。


「あの流木は、ただの木ではない。じいちゃんと共に戦った証……」


「……ああ」


 溶接ゴリラは俺の言葉を遮り、自分のコレクションである錆びたナットを指先で弾いた。

 キンッ、と硬く澄んだ音が響く。


「……こいつもな。何かの役に立つかもしれん」


 嘘だ。

 俺は以前、朝蔵じいちゃんから聞いた話を反芻した。


 『あのナットはな、晃が若い頃に魂を削って使い続けた、海外製の大型溶接機の形見なんだよ』


 じいちゃん曰く、インチねじという特殊な規格らしく、現代のJIS規格ミリには絶対に適合しないそうだ。つまり、実用性など皆無だ。

 だが、その錆びついた鉄塊には、奴の青春と汗が染み付いている。それを捨てることは、己の過去を捨てるに等しいのだ。

 

 俺たちは無言で頷き合った。

 5歳と34歳。

 年齢も職業も違うが、俺たちは今、「絶対権力者からガラクタを守る」という崇高なミッションにおいて、固い絆で結ばれていた。


 俺はポケットから、かろうじて救出した「ダンゴムシのミイラ(保存状態A)」を取り出した。


「……これも、ここに亡命させてもいいだろうか」


 家ゴリラは眉をひそめ、数秒間沈黙した後、棚の隅にある小さな空き缶を顎でしゃくった。


「……蓋は閉めておけよ。花代に見つかって、道連れはごめんだ」


「了解した(ラジャー)」


 俺はダンゴムシを缶に封印し、秘密の棚に安置した。


 ガレージの外では、三浦の海風が吹き荒れている。

 だが、この狭く薄暗い空間だけは、男たちのロマンと、少しの秘密によって、暖かく守られていた。


 大掃除という名の戦争は終わった。

 俺たちの宝物は半分以下になったが、残った精鋭たちは、この秘密基地で新たな年を迎えることになる。


 ……悪くない。


 俺は溶接ゴリラの渡してくれた温かい缶のコーンポタージュ(粒入り)を啜り、底に残ったコーンの粒と格闘しながらも、ニヤリと笑った。


(第4話 完)

 第4話、お読みいただきありがとうございます。


 男には、「捨てられないモノ」があるのです。

 それが流木であれ、錆びたネジであれ、ダンゴムシのミイラであれ。

 理太郎と父の間に生まれた、共犯者めいた絆を楽しんでいただければ幸いです。


 また、今回は普段は温厚(?)な父・晃の「男の意地」が垣間見えた回でもありました。

 静かな怒りは、時に怒号よりも雄弁です。


【次回予告】

 第5話は『除夜の鐘と煩悩の数』。12月31日 AM7時頃更新予定


 ついに大晦日。

 理太郎を待ち受けるのは、こたつという名の魔窟と、謎の具材が乗った年越しそば。

 そして、除夜の鐘と共に数えられる108つの煩悩(おやつの回数?)。


 果たして理太郎は、強敵「睡魔」に打ち勝ち、新年を迎える瞬間を目撃できるのか?

 大晦日の更新をお楽しみに!


 もし「笑った!」「お父さんカッコいい!」と思っていただけましたら、

 理太郎の秘密基地の防衛力向上のために、下にある☆☆☆☆☆から評価をポチッとしていただけると、作者も溶接ゴリラも小躍りして喜びます!


 感想もお待ちしております!


「5歳児なのにハードボイルド」

「最強の母と無口な父」

「三崎の港町でのスローライフ(?)」


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本編「俺の親父の嫁」では、

・砂場での宿敵との戦い

・同級生との恋の予感ならぬ悪寒

・理太郎が父の職場(造船所)に潜入して見た「男の背中」

・台風の夜、家を守るために戦う「溶接ゴリラ」の勇姿、

・理太郎の迷子、他


笑って泣けるエピソードを多数収録しています。

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