第3話:父と息子の改造論(カスタム)
クリスマス翌日、手に入れたばかりの「プラズマ・トリケラトプス」を巡り、男たちの技術的探究心が衝突する!
1.平和な戦場
12月26日。
クリスマスの狂騒が去り、三崎の街には静かな冬の陽射しが降り注いでいた。
俺はリビングのコタツの上(天板)を戦場に見立て、昨日の戦利品である『メカ・ダイナソー プラズマ・トリケラトプス』を展開していた。
「……行け、プラズマホーン。敵の装甲を貫くのだ」
俺は低く唸りながら、トリケラトプスを前進させた。
敵は、みかん3個だ。圧倒的な武力差。みかんは為す術なく蹂躙される運命にある。
その時。
「……甘いな」
新聞を読んでいたはずの溶接ゴリラこと、父・晃が、ボソリと言った。
「……何が甘いのだ、親父殿」
奴は新聞を置き、無言で俺のトリケラトプスを指差した。
その太い指先が、角の角度と、脚部の関節をなぞる。
――角度が浅い。これでは刺さらん。 ――足腰が脆い。これでは踏ん張れん。
言葉はない。だが、その冷徹な眼差しだけで、俺の戦術と機体設計の欠陥を瞬時に指摘してみせたのだ。
これが、現場のダメ出しか。
2.沈黙の職人芸
溶接ゴリラは、無言で手を伸ばし、俺の相棒を掴み上げた。その手つきは、完全に「検品」のそれだった。
ガチャ、ガチャ。
関節を動かし、プラスチックの継ぎ目を指でなぞる。眉間に深い皺が刻まれる。
「……バリが多い」
吐き捨てるように呟くと、あの男は立ち上がり、ガレージへと消えた。
数十秒後。戻ってきた奴の手には、愛用の工具箱が握られていた。
ニッパー。ヤスリ。そして、精密ドライバー。
カチャリ、と工具を並べる音が、静寂なリビングに響く。
「……貸してみろ」
それだけ言うと、奴は俺の返事も待たずに作業を開始した。
ジョリ、ジョリ。
繊細かつ大胆な手つきで、プラスチックの余分な突起を削っていく。その背中は、雄弁に語っていた。 ――神は細部に宿る。0.1ミリのズレも許すな、と。
俺は抗議しようとしたが、その凄まじい集中力に圧倒され、言葉を飲み込んだ。
悔しいが、奴が手を加えるたびに、トリケラトプスの動きが滑らかになっていくのがわかる。
作業開始から10分。
基本調整を終えた奴は、ふと工具箱の奥から、黒ずんだ塗料皿と筆を取り出した。
……おい、待て。 その筆先から漂う、不穏な空気は何だ。
奴の目が、「戦場に出た機体がピカピカなわけがない」という危険な輝きを帯びている。
「……母上! 親父殿が俺の新品を『汚染』しようとしている!」
俺は直感的に危機を察知し、救援信号(SOS)を発信した。
3.絶対権力者の裁定
キッチンから、親父の嫁(母・花代)が顔を出した。
「あーもう、何やってんのよ晃くん。子供のおもちゃに大人の理屈を持ち込まないの」
親父の嫁の叱責に、溶接ゴリラは筆を止めた。
「……リアリティだ」
短く反論するが、絶対権力者の前では分が悪い。彼女はトリケラトプスをひょいと取り上げると、ニッコリ笑った。
「リタくんが遊びにくくなるでしょ。……ほら、そんな地味な改造より、もっと強そうにしてあげるわ」
ペタッ。
彼女は、冷蔵庫に貼ってあった「半額特売シール」を、トリケラトプスの額に貼り付けた。
「……!」
「これで敵も『半額か……買うか』って油断するわよ。心理戦ね」
……なんという発想だ。
物理攻撃力を極めようとした父と、精神攻撃(と家計への配慮)を加える母。
俺のトリケラトプスは、またたく間にカオスなキメラへと変貌を遂げた。
4.最強の恐竜
結局、その日の夜。
バリがきれいに取られ、関節がグリスアップされ、額に「半額」のシールを貼ったトリケラトプスは、コタツの上で無双した。
動きはスムーズになり、敵を倒すスピードが格段に上がった。
そして「半額」シールのおかげで、なんとなく愛嬌も増した気がする。
「……悪くない」
俺は呟いた。
横では、溶接ゴリラが満足げにビールを煽り、親父の嫁がみかんを食べている。
俺たちの手によってカスタムされた、世界に一つだけのトリケラトプス。
それは、本田家の歪な、けれど強固な愛情の結晶のように見えた。
(第3話 完)
多くを語らず、背中と技術で語る父。
そして全てを「主婦の知恵」で上書きする母。
理太郎の玩具にも、本田家のヒエラルキーが反映されました。
次回は第4話、大掃除です!
12月29日AM7時頃更新予定です!
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