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第1話:聖夜のミッション・インポッシブル(前編)

本編完結後も多くの応援をいただき、本当にありがとうございます。

 皆様への感謝を込めて、年末年始・短期集中連載『冬の陣』(全5話・前後編含む)をスタートします!

 三崎の港町にも、あの「赤い服の不法侵入者」の足音が近づいています。

 まずはイブの夜。理太郎による鉄壁の(?)迎撃準備編をお楽しみください。

1.赤と緑の警戒色


 12月24日、午後7時。

 神奈川県三浦市、三崎港。

 普段なら演歌と潮騒、そしてマグロの脂の匂いが支配するこの港町にも、聖夜という名の非日常が押し寄せていた。

 商店街のスピーカーからは、都はるみの唸り節に代わり、マライア・キャリーのハイトーンボイスが強制的に流されている。

 赤提灯の横には100円ショップで購入された安っぽいクリスマスリースが飾られ、焼き鳥の煙とケーキの甘い香りが混ざり合う。

 この和洋折衷のカオスこそが、極東の港町におけるクリスマスのリアルだ。


 俺、本田理太郎(5歳)は、リビングのソファに深く沈み込み、警戒レベルを最大まで引き上げていた。


 今夜、世界規模で活動する「赤い服の老人」が、セキュリティを無効化して各家庭に不法侵入するという情報をキャッチしたからだ。


 通称、サンタクロース。


 奴は煙突がない家には窓から、あるいは換気扇から侵入し、居住者が睡眠状態にある隙を突いて「プレゼント」という名の物資を投下していくという。


「……甘いな」


 俺は、年に一度の聖なる夜にだけ解禁が許される至高の美酒――『シャンメリー』(グレープ味・ノンアルコール炭酸飲料)の瓶を傾け、口元をニヤリと歪めた。

 喉を弾けるシュワシュワとした刺激。鼻に抜ける人工甘味料の香り。これぞ、大人の階段を登る男に相応しい祝杯だ。


 俺は愛用のメカダイナソーのカップを揺らし、琥珀色の液体を見つめる。


 サンタよ、全ての子供が大人しく寝ていると思ったら大間違いだ。

 多くの幼児たちは、この老人を「夢の運び屋」と信じている。幼稚園のライバルである鉄平などは、「サンタさんに手紙書いたんだー! クッキーも置いとくんだー!」などと、脳内お花畑な発言をしていた。


 だが、俺は騙されない。

 俺が要求している物資は『メカ・ダイナソー』の最新鋭機、「プラズマ・トリケラトプス(限定クリアカラー)」だ。定価4800円(税別)。

 これほどの重要機密アイテムを、見ず知らずの老人が無償で提供するなど、資本主義の原則に反している。必ず裏があるはずだ。もしくは、親というスポンサーが関与している可能性も否定できない。


 今夜のミッションは2つ。

 第1に、希望物資の確実な確保。

 第2に、侵入者の正体を目視で確認すること。


 俺は伊達眼鏡のブリッジを押し上げた。この本田理太郎の目は誤魔化せないぞ。


2.ブラックタイガーの恐怖


「あら、リタくん。まだ起きてるの?」


 キッチンから、「親父の嫁」こと母・花代が顔を出した。

 彼女の頭には、100円均一で購入したと思われるトナカイの角が生えている。浮かれている。推定30代半ばの主婦がトナカイのコスプレとは、痛々し……いや、微笑ましいと言っておこう。家庭内の平和維持のために。

 彼女の手には、明日の弁当用と思われるおかずのタッパーが握られていた。


「母上。俺は今夜、サンタクロースとの接触を試みる。奴の配送ルートと、在庫管理システムについて問いたださねばならない」


 俺が宣言すると、彼女はニヤリと笑い、冷蔵庫から別のタッパーを取り出した。その中身は、黒光りする何かだ。


「だーめ。サンタさんはね、起きてる子のところには来ないのよ」


 彼女はタッパーの蓋を開けた。

 そこに入っていたのは、カチコチに凍った、巨大な海老のブロックだった。


「いい? 早く寝ない悪い子の枕元にはね……プレゼントの代わりに、解凍前の『ブラックタイガー』を置いていくんだって! 殻付きのまま、ドサッとね」


「……ッ!?」


 戦慄が走った。

 ブラックタイガー。黒い甲殻に覆われた、冷凍海老。

 俺の脳内で、最悪のシミュレーションが展開される。

 朝、目が覚める。枕元に重みを感じる。


 「やった! トリケラトプスだ!」と歓喜して手を伸ばすと、そこにあるのは冷たくて硬い、無数の足が生えた節足動物の塊。


 室温で徐々に解凍され、枕に染み込んでいく灰色のドリップ。

 磯の生臭さ。そして、虚ろな目で俺を見つめる海老の眼球。

 それは、5歳児に対する精神的トラウマだ。


「……そ、そんな馬鹿な。俺の日頃の行いは、品行方正そのものだ。好き嫌いはあるが、最近はピーマンも細かく刻めば食べられるようになった。海老などにすり替わるはずが……な、ないだろう?」


 俺の声が裏返った。

 論理では否定できても、万が一ということがある。「悪い子にはお仕置き」というサンタクロースのダークサイド(クランプス伝説など)が実在したらどうする?

 俺の愛するメカ・ダイナソーが、ブラックタイガー1キログラムに化ける?

 いやだ。それだけは回避せねばならない。甲殻類アレルギーではないが、精神的アレルギー反応が出そうだ。


「ふふふ、嫌なら早く寝なさい。ほら、歯磨きして!」


 絶対権力者の言葉は重い。俺は唇を噛み締め、撤退を余儀なくされた。海老の呪縛から逃れるためには、表向きは「良い子」として就寝する必要がある。


3.要塞化する寝室


 午後9時。

 俺は自室(という名の、両親の寝室の隅にある子供用ベッドエリア)に戻った。だが、ただ眠るわけにはいかない。

 侵入者を感知し、かつ正体を暴くためのトラップを仕掛ける必要がある。

 俺は、おもちゃ箱から「レゴブロック」の基本セットを取り出した。


 これを、ベッドの足元からドアまでの動線に、ランダムに散布する。

 通称『まきびし作戦』。

 どんなに屈強な男でも、素足でレゴブロックを踏めば、その痛みで声を上げるはずだ。特に、角の尖った2×4パーツは凶器に近い破壊力を持つ。


「……完璧だ」


 さらに、枕元には愛用の『機甲特捜メガ・ポリス』のLEDライト機能付きジャスティス・サーチライトを配備。侵入者が怯んだ瞬間に照射し、その正体を暴く算段だ。

 最後に、冷たいミネラル麦茶の水筒をセットした。


 準備は整った。

 リビングからは、テレビの音が聞こえる。どうやら「溶接ゴリラ」こと父・晃は、まだ起きているようだ。


 奴は今日、仕事から帰ってくると、妙にソワソワしていたように見えた。

 夕食の時も、俺の顔を見ては視線を逸らし、何か言いたげに口をもごもごさせていた。


 ……怪しい。

 この挙動、ただ事ではない。

 俺の脳内コンピュータが、いくつかの不穏な可能性を弾き出す。


 仮説1:奴がサンタクロースと裏で繋がっている「手引きインサイダー」である可能性。

 サンタの侵入経路を確保し、見返りに何か(新しい溶接マスクなど)を受け取る密約を交わしているのかもしれない。だとしたら、俺のセキュリティなど筒抜けだ。


 仮説2:母上の目を盗んで、また変な工具を買ったことがバレそうになっている可能性。

 これはいつものことだが、聖夜に家庭内裁判が開廷されるのは避けたい。とばっちりで俺のトリケラトプスが押収されるリスクがある。


 仮説3:まさか、奴自身が……いや、それはありえない。

 あの無口で不器用な男に、子供の夢を運ぶ繊細なミッションが務まるとは思えない。奴にできるのは、鉄板を溶接することと、俺が高い高いを要求した時に成層圏まで持ち上げることくらいだ。もし奴がサンタなら、プレゼントは煙突から投げ込まれるのではなく、アーク溶接で枕元に接合されているはずだ。


「……読めないな」


 俺は眉間に皺を寄せた。

 いずれにせよ、あの男が何らかのアクションを起こす可能性は高い。


 脅威は、外部からの侵入者アウトサイダーだけではない。組織内部インサイダーに潜む『不穏分子』の動向こそ、徹底的な内部監査モニタリングが必要だ。


 疑心暗鬼という名の黒い霧が、俺のハートを包み込んでいく。


 俺はベッドに潜り込んだ。

 遠くから、港の船の汽笛が聞こえる。風が強く、窓ガラスがカタカタと鳴っている。

 三崎の冬は寒い。だが、布団の中は暖かい。

 意識レベルを下げつつ、聴覚センサーだけは感度マックスに維持する。


 さあこい、サンタクロース。

 そして、ブラックタイガー。


 俺の枕元は、海老の養殖場ではない。トリケラトプスの駐機所だ。

 俺は麦茶をひと口飲み、長い夜の始まりに備えて目を閉じた。


(後編へ続く)


最後までお読みいただきありがとうございます!


 理太郎の完璧な作戦とブラックタイガーへの恐怖はいかがでしたでしょうか。

 果たして今夜、三崎の家に現れるのはサンタか、それとも.....

 そして、枕元に置かれるのはメカダイナソーか、それとも冷凍エビか。

 解決編となる【後編】は、明日12月25日夕方に投稿予定です!

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本編「俺の親父の嫁」では、

・砂場での宿敵との戦い

・同級生との恋の予感ならぬ悪寒

・理太郎が父の職場(造船所)に潜入して見た「男の背中」

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