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観測者  作者: ヌメ
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邂逅


四月末。


夏の足音が微かに聞こえだした、なんとも言えない暖かさ。

歴史が染み付いていそうなこの大桜も、

散って終わってしまう頃だろう。そんな季節である。

大学に進学してから早くも一ヶ月。少し前まで高校生だったと思うと、なんだか自分が成長したような気分になる。

だいぶん見慣れてきたキャンパスだが、

初めて感じた都会の空気は新しい匂いがしていた。

講義棟の前で風が吹くたび、髪が顔にかかる。

高校時代、周りがこぞって髪を染めていた時期でも我慢して守り抜いてきたこの艶のある黒髪は、結構気に入っている。

そろそろ整えようか。そう思いながら沙織は髪を指で払いながら、

ノートを腕に抱えて講義室に入る。

午前の心理学概論。初回から出席者が多く、教室の空気は少し蒸し暑くなっていた。


「沙織ー!」


沙織が席を探していると名前を呼ぶ声が聞こえた。

声の主は的場由梨。

初回講義の席が隣で、今では一番の親友だと思っている。

地元から離れたこともあり、進学する際杞憂していた友達づくり。

だが由梨の並外れたコミュニケーション能力のお陰で、大分顔見知りが増えた。由梨とは多少強引に友達にさせられたのだが、沙織はあまり人に絡みに行けない性格であったため、由梨の行動には感謝している。

場所は教授から意外と見えにくい前列の壁際。学生の間では穴場として一定数の人気があり、この場所を取る、しかも2人分となると至難の業である。


「よくここ取れたね?」

「2時間前から来てるー。さっきまで爆睡してたんだよね、私。

昨日徹夜してて全然寝てないわけ。見て、目バッキバキ」


そう言って薄ら充血した目を手で開いて見せてくる。

どうやら2人分取れていたのは横になって寝ていたからだそう、なんだかそこも由梨らしくて笑ってしまう。

そんな些細なやりとりのあと、ふと、背中がざわついた。


──見られている?


なにか背中で視線を感じた。そんな気がして、振り返る。

だがここは大学の講義室。人が多すぎて、視線の正体も、何の手がかりも掴めない。昔からそうだ。小さい頃から五感ではない何かが敏感で、よくこういうことがあった。沙織は気のせいだと自分に言い聞かせて、前を向いた。


一通り講義が終わって、学食で由梨と遅めの昼を食べていた。

至って平凡な大学生なため、食費に散財しているような余裕なんて一切ない。だから安くて美味しい学食はとても重宝している。しかも今日はあまり空腹ではない。適当にサラダを摂って乗り切れられれば節約にもなって万々歳だ。


「なに、今更健康志向?」

「お腹すいてないだけ。逆に由梨は大丈夫なの?カレーとおにぎりと。プリンも買ってるし」

「今日はいいの。チートデイ」


沙織側のテーブルは緑一色の中、向かい側のテーブルは茶色、茶色、黄色。いくらチートデイだからといって、それはさすがに体を壊すのではないか。そんな他愛もない話。さっきの教授は字が汚かっただとか、構内でイケメン見つけただとか、ただそれだけ。


「沙織ってさ、なんか人に見られてそうな顔してるよね」

「え、なに急に」

「んー、なんて言えばいいのかわかんないけどさ、

なんかこう、ミステリアス?綺麗だけど、闇深そう」

「うっわ、失礼。」

「いやいや、いい意味でね?」


そんな幸薄そうに見えているのか、少し悲しくなった。急に話題が変わったと思えば闇深そうなど失礼なことを言ってくるもんだから、苦笑いで流そうとする。話はまた変わって、同学年のイケメンの話になる。

それを薄く聞きながら、先程の話を考える。

由梨は突拍子もなく変なことを言い始める、言わば『天然』であり、

こういうことは幾度となくあった。

だが、どこか引っかかった。

『見られてそう』という言葉が、やけに現実的に響いた。



夕方、帰り道。

由梨とも別れて駅までの道を歩く。この道が微妙に長く、少し家賃が高くても、大学近くの家を借りた方が良かったか、なんて考える。

たまには都市の喧騒をと思い、イヤホンを外す。カラスの声やヒグラシの声、電車の騒音。どれも聞くとどこか安心して、長年暮らした地元が恋しくなる。

ふと足音が一つ、遅れて聞こえてくるのに気づいた。

確かに由梨の話もあって自分が敏感になっていることぐらいわかっている。加えてこの時間帯にこの道を通るのは同じ大学の人くらいだし、

ここの駅を利用する同級生なんて大分顔が知れている。

だが今回は尋常じゃない、沙織の頭、脳がそう警鐘を鳴らしている。

カーブミラーでちらっと確認をする。

灰色のパーカーを着た男、顔は見えない。


沙織が歩くと、一定の距離を保って沙織について行くように歩く。

あんな人、大学にいたか?

信号が変わる瞬間、私はわざと速足になった。

それでも、彼の足音は遅れずについてきた。

胸の鼓動が速くなる。このまま駅に着いても、必ずつけられる。

なにかないかと探していると、この前由梨と行きたいと話していた、

カフェが目に付いた。こんな形で入店したくはなかったがこればかりは仕方ない。息を切らしながら奥側の席に座り、じっと入口を見つめる。

が、その男がカフェに入ってくることはなかった。

今思えば、何も知らない店員からしたら変な女だっただろうな、と後悔した。が、下手したら命の危機だ。

気にしないことにして、沙織はコーヒーを頼んだ。

一安心した後のコーヒーは、より一層身に染みた。


家に帰るまでも、不安は消えなかった。あのパーカーの男がまたいるのではないか。確実にあの動きは『ストーカー』だった。

やっとの思いで帰宅して、ドアロックまで閉めた。

カーテンを閉めて、部屋の灯りをつける。

白い壁、木目タイルの床、六畳間。

新生活の準備でお母さんと一緒に買い揃えた家具の数々。

色は茶色で統一されていて、個人的にとても過ごしやすい部屋である。

何も変わりはないが、落ち着くはずの場所が、今日は冷たく見えた。

とりあえずシャワーを浴びて、気を紛らわそうとスマホを取り出し、

SNSを開く。

進学してすぐ由梨にしつこく言われて始めたが、何をすればいいのか分からないのでとりあえず行ったカフェや買ったものなどの写真を載せている。さらっと友達の投稿に目を通すと、

通知が来ていることに気がついた。

「@apwgjfq5g があなたの投稿にいいね!しました」

アカウント名は適当な英数字の文字列。非公開にしているため大学の同級生であることは間違いないが、ここまで見覚えが無いと不安になる。プロフィール欄には何も記載がない。

だが、アイコンの写真に見覚えがあった。


あの道だ。いつも通る、駅から大学を繋ぐ、

そして今日、パーカー男から逃げた、あの長い道。

血の気が引いた。慌てふためいてスマホをベッドに投げてしまった。


────いや、考えすぎだ。他にもあの道を通る学生は沢山いるし、写真映えするかと言われたら十分映えそうな景観をしている。パーカー男だという情報は微塵もないし、男性だとは全く書いていない。

そう自分に言い聞かせながらベッドに横になって、目を閉じる。

遠くで電車の音が聞こえる。その音が途切れる度、静けさが重くなる。こんなようじゃあまりにも寝られない。どうしようもなく目を開けた。

カーテンが小さく開いている。隙間からは月明かりが漏れていた。

なんだか自分を励ましてくれているような気がして、沙織はその光に少しの間照らされることにした。

黒い影が一瞬、見えた。鳥だと思った。

何度も、何度も何度も窓の前を横切る。

ついに、月明かりが届かなくなった。止まったのだ。窓の前で。

その影は、鳥などでは到底説明がつかないほどの大きさだった。

──────人?

そんなわけが無い。きっと見間違いだ。影の大きさは変わる。

心臓がそれを否定するように暴れた。


今、目が合った、


脳では否定したいのに、心臓が言うことを聞かず鼓動するせいで、

あるはずの無い目が見えるような気がしてしまう。

冷や汗が噴き出る。ぴしゃっとカーテンを閉めて、布団を頭まで被る。

目を瞑り、息を殺す。由梨に話して、明日は泊めてもらおう。

その夜は、なかなか眠れなかった。


翌朝、寝不足のまま講義室に入って適当な席に座る。

昨晩眠れなかったせいで、沙織が講義室に着いたのは入室時間の20分前だった。昨日由梨と座った席は当たり前に埋まっていたし、空いている席は最前列しかなかった。憂鬱な気分で講義開始を待っていると、

すみません、と声が聞こえた。


「隣、いいですか?」

「いいですよ。どうぞ。」


よりにもよってこの教授の時に1番前だなんて、この人も可哀想だと思いながら声のする方を見る。爽やかな高身長のイケメンだった。同級生にイケメンがいる、と話題になっていたことを思い出した。とてつもなく惜しいが、今回は席が最前であり、気分もどん底に落ちていたためこれ以上話しかけることは出来なかった。


退屈な時間が終わってからすぐ、話しかけられた。


「あの⋯。水上さん、ですよね?」

「えっ、なんで」

「お、当たってました?良かったぁ。僕、同じ中学の。久我悠斗です、覚えてますか?」


正直、中学の同級生、しかも男子の名前なんて覚えていない。

でも相手がそう言うのならそんな気がしてきたし、同じような名前の人が同学年に居たような気すらしてきた。


「あぁ、まぁ⋯?」

「本当ですか?嬉しいな、なんか運命感じちゃいますね。同じ地元から、同じ大学に通ってる~、とか」

「ですね。」


これまで生きてきた中で恋愛経験がゼロだった沙織の単調な返しにも怯まず、この久我悠斗という人間は、ペラペラと目を輝かせて話を進めている。結構、グイグイ来るタイプなんだ。そう思った。


「次、また会えるといいですね」

「⋯はい。」


そう言って彼は嵐のように去っていった。

───とりあえず、昨日のことも含めて、由梨に話すことにしよう。

出入口のドアに消えていった久我のバッグには、

最近流行りのくまのキーホルダーがぶら下がっていた。




初めまして、ヌメと申します。

こういった本格的な小説を執筆するのは初めてですので、誤字脱字等ありましたらご指摘のほどよろしくお願い致します。

気が向いたらまた更新します。6章位になると想定しています。

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