第5章: 暗殺者の影 ~ハックのザマァ~
森の拠点で、朝の光が木漏れ日となって降り注いでいた。
あかりは、レオンが持ち込んだ小さな苗木を、畑の隅に植え付けていた。彼の故郷で唯一残っていた、枯れかけの木から採取した種だ。
「レオンさんの故郷、きっとまた緑でいっぱいになるわ」
そう語りかけると、レオンは静かに頷いた。彼の瞳には、まだ拭えない悲しみが宿っていたが、その奥に小さな希望の光が灯り始めていた。
ライアンは剣の素振りをしている。ガイルは斧で薪を割り、エルドはドローンが設置したセンサーの調整を手伝っている。それぞれの持ち場で、皆が未来のために力を尽くしていた。
その日の午後、静寂を破るように、金属の軋む音が森に響いた。
あかりのAIインターフェースが警告を発する。
【WARNING: 未知の侵入者を検知しました。】
【THREAT_LEVEL: HIGH】
【ANALYSIS: 辺境伯家私兵の可能性が高いです。
目標はあなた、アリシア・エメラルド・エヴェレットと判断されます。】
あかりは息をのんだ。兄、ライネルト・フォン・シュタインの差し向けた刺客。ようやくこの場所を特定されたのだ。
「来るわ! 皆、警戒して!」
あかりの声に、仲間たちが一斉に臨戦態勢をとる。
森の茂みから、十数人の男たちが姿を現した。漆黒の鎧を身につけ、魔導銃を構えている。彼らの顔には冷酷な笑みが浮かんでいた。
「悪役令嬢様、まさかこんな森で遊んでいるとはな。ご愁傷様です」
リーダー格の男が、嘲笑を浮かべながら言う。
ライアンが前に躍り出た。
「この方の御身は、俺が守る! ここは通さん!」
「ふん、追放された王子ごときが」
男たちは一斉に銃を構えた。魔導銃は、魔力で弾丸を加速させる武器だ。
発射音が森に響き、緑の光を帯びた弾丸が飛来する。
ライアンは素早く剣を抜き、弾丸を弾き飛ばした。
ガイルもまた、雄叫びを上げて槍を振るう。岩をも砕く一撃で、襲撃者の一人を吹き飛ばした。
エルドは木の上から弓を構え、正確に急所を狙い撃つ。しかし、相手の数が多い。
あかりは、仲間たちが戦う姿を、静かに見つめていた。
彼女には剣も、槍も、弓もない。
しかし、彼女には、前世の知識と、この世界で唯一無二の武器があった。
AIインターフェースを起動する。
【ANALYSIS: 侵入者の魔導銃は、辺境伯家鉱山で採掘された魔鉱石で製造されています。
制御システムに脆弱性を発見。
ハッキングアルゴリズムを生成しますか?】
【YES / NO】
あかりは迷わず【YES】を選択した。
「アリア、彼らの魔導銃のシステムに、このアルゴリズムを流し込んで。目標は、工場全体のシステムハック」
一瞬、インターフェースが複雑な数式とコードで埋め尽くされる。
【HACKING_PROTOCOL_START: 工場システムへのアクセス権限を奪取します。】
【SIMULATION: 完了。成功率99.9%】
【ENERGY_COST: 2.5%】
あかりは手をかざし、襲撃者たちの魔導銃に向けて、不可視のデータを送信する。
すると、銃身から放たれていた緑の光が、突如として赤く点滅し始めた。
「なっ……なんだ、これ!?」
「銃が暴走するぞ!?」
襲撃者たちは動揺し、銃を投げ捨てる。だが、時すでに遅かった。
魔導銃は、彼らの手元から離れた途端に、内部の魔力制御システムが暴走を始め、次々と轟音を立てて爆発した。
その混乱の中、あかりは次の指示を出す。
「アリア、ハックした工場の全システムにアクセス。機密データをすべてオープンにして。ついでに、生産ラインも暴走させて!」
AIが指示通りに稼働を開始する。
【HACKING_PROTOCOL_PROGRESS: 工場システムに全権限を掌握しました。】
【DATA_RELEASE: 隠蔽された環境汚染データ、違法な魔力毒素排出記録、そしてあなたへの暗殺依頼記録を、王都の情報ネットワークに一斉送信します。】
【PLANT_CONTROL: 生産ラインを最大出力で暴走させます。】
【PLANT_WARNING: 臨界点を超過。物理的崩壊まで残り30秒。】
王都へ向かう街道沿いにある、兄の魔鉱石工場では、けたたましい警告音が鳴り響いていた。
作業員たちが慌てて避難する中、生産ラインの魔導炉が赤く発光し、限界を超えた魔力が暴れ始める。
そして、爆発。
轟音と共に、工場の巨大な煙突から、黒煙が吹き上がり、それはそのまま王都へと届くほどの、巨大なキノコ雲となった。
その爆発は、隠蔽されていた環境汚染の証拠を、白日の下に晒した。
森では、魔導銃を失った襲撃者たちが、呆然と立ち尽くしていた。
「お、俺たちの工場が……」
「まさか、爆発するなんて……」
彼らは、自分たちが破壊工作を行ったテロリストとして、王都へ向かう情報ネットワークに記録された。
あかりは、無力になった彼らを見つめ、静かに言い放った。
「これで、もう二度と私に手は出せない。あなたたちは、私にではなく、自分たちのボスに裏切られたのよ」
その言葉は、彼らの心に深く突き刺さった。
ライアンは、信じられないものを見るようにあかりを見つめていた。
「あかり……君は、剣も魔法も使わず、敵を打ち破ったのか?」
「ええ。これは私の戦い方。アルゴリズムは、剣よりも、魔法よりも、強大な力になる」
あかりは、静かに微笑んだ。
彼女の瞳の奥には、前世で抱いていた復讐心とは違う、確固たる信念が宿っていた。
この力で、必ず世界を救う。
そして、兄の企業が犯した罪を、自らの手で裁く。
これが、最初の「ザマァ」の始まりだった。
その日の夜、村からほど近い場所で、人々が空を見上げていた。
「なんだ、あの黒煙は……」
「シュタイン侯爵家の工場だ。煙突から、変な光が出ていたって噂だぜ……」
不穏な空気に、誰もが不安を募らせる。
しかし、あかりは知っていた。これは、始まりにすぎない。
世界の裏側で暗躍する者たちを、アルゴリズムの力で一人残らず引きずり出し、裁くのだ。
【MISSION_LOG: 『ザマァ第一弾』成功。】
【HACKING_EFFICIENCY: 99.8%】
【USER_SATISFACTION: HIGH】
AIインターフェースは、まるで彼女の心を満たすかのように、満足げなログを表示していた。
レオンは故郷を滅ぼした者への怒りを、ライアンは王都を汚した貴族への憤りを、そしてガイルは汚染を広げた者への憎しみを、それぞれの瞳に燃やしていた。
エルドは、あかりの瞳に宿る、冷たくも強い光を見つめ、静かに彼女の傍らに寄り添った。
それぞれの心が、一つの復讐へと向かっていく。
この夜、彼らの絆は、より強固なものへと変わったのだった。
キャラクター紹介(第5章時点)
佐倉あかり
AI令嬢。兄が送り込んだ刺客を、量子AIのハッキング能力で返り討ちにする。兄の工場を物理的に破壊し、汚染データを暴露することで「ザマァ」を達成。この世界の汚染を正す、彼女の強い意志が示される。
エルド
森の守護者。あかりの強大な能力に畏敬の念を抱きつつも、彼女を守るため静かに傍らに立つ。
ライアン
追放された王子。剣術で戦うが、あかりのハッキング能力という未知の力に驚愕し、その力と彼女の存在の大きさを再認識する。
ガイル
放浪の戦士。豪腕で戦うが、あかりが知的な戦い方で敵を圧倒する様に、深い信頼を寄せる。
レオン
故郷を失った青年。自らの無力さを感じつつも、あかりの圧倒的な力と、故郷を滅ぼした者への復讐心に、より一層の忠誠を誓う。