地獄の幕開け
あれは1年前の事である。
前都市長から推薦される形で就任した私は、この町でずっと気になっていた場所に行くことにした。
この都市で一握りの人しか行くことができない場所。
遥か200m上の地上である。
今までずっと毎日、地上との通信を行っていたが、ついに通信が途絶えたのである。
最後の通信は、何の変哲もなく、ただの他愛もない会話だった。
我々がここに住み始めてから、地上との通信は一度も切らしたことがないという。
どう考えてもあっちで何かがあったに違いない。
私が地上に行くと伝えたら、全員が止めに入ったが、私の決意は止まらない。
誰か代わりに行くかと言っても誰も手を上げない。
誰も行かないなら私が1人で行くしかないと押し切った。
あなたが行くならどこへでもついていきますと言った部下も、さすがに地上にはついてこなかった。
「結局は口だけか・・・」
と悲しみの愚痴をこぼし、階段を上る。
私は放射線から身を守る防護服を着て、いよいよエレベーターに乗るとにした。
大人1人がやっと入れる大きさ。
完成から少なくとも80年は経過していることもあって、かなり軋みや錆がひどかった。
最低限管理はされているため、それだけを信じて乗り続けた。
気圧の変化を紛らわすために舐め始めた飴も今は味がしない。
そして、到着した。
幸い、地下とつながる地上の施設はコンクリートで固められてあるからか、無事であった。
だが、異変はもうすぐに分かった。
ものすごく熱かった。
地上は夏なんだな、自然空調が効きまくった地下都市にずっと住み続けると、快適すぎて温度変化に敏感になるんだ。
きっとそうだ。
すでに汗がたれ始める自分に言い聞かせた。
明らかに人間が住めるような温度ではなかった。
今にも引き返したかった。
私が真実を暴かなくてどうする。
自分でやる気を起こすようにして、一歩一歩前に進む。
やがて一枚扉の前に到着した。
鉄製で分厚いが、人類が長年ここに来ていなかったのはサビとドアノブの埃で分かった。
覚悟を決め、扉を恐る恐る開く。
熱気が押し寄せると共に見えた光景は、
焼け野原だった。
空は黒く、木も1本も生えてない。
すべて炭と化していた。
ところどころ地面が燃えている。
土壌もどう考えても植物が育つようなものではなかった。
こんな場所に人影どころか、生物が存在するのかどうか怪しかった。
「・・・」
私は言葉を失った。
昔から伝えられてきたことが、本当になってしまった。
「ここが、人類の生きる最後の希望である。」と、
いや、それよりも大きい。
「生物にとって、あの都市が生きる最後の希望である。」
一部の望みにかけて、少し辺りを散策してみることにした。
山間部に位置する施設だったが、もうそれも関係がない。
地上人類の住む、今の生活環境が見たいという好奇心でもあった。
もう汗が止まらない。
少し歩くと、コンクリートで固められた地面がちらほらと並んでいる場所に着いた。
これは、村の跡なのか。
よく見たら、家の基礎と思われる跡があった。
だが、その上は何もない。
人もいない。
このコンクリだけが、かつて人類が地上で暮らしていた唯一の証拠だった。
「・・・熱い、帰らなきゃ」
サウナにでも入っているのかと思うくらい流れる汗が尋常じゃなく、地面も長靴越しに熱が伝わってくるほどであった。
やっとの思いでさっきの扉の所に着いた。
扉を開け、中に入る。
扉を閉めたら、気づいたときにはエレベーターの下降ボタンを押していた。
エレベーターの壁に寄り掛かる。
「はぁ」
大きなため息をつき、
しばらくの間、瞼を閉じた。
「どっちが地獄だよ...」
その後、仕事に戻ったが、地上の事を部下に報告するのは、少し時間がかかった。
今日も夜が訪れる。
いつも通りの時間に。
しかし、月は昇らなかった。
そしてあれから1年が経った今日、とうとうこの都市にいる人全員に、この話をしなくてはいけない時が来た。
「テレビをつけてくれ。」
「都市長から重大な発表があるみたいだ。」
町の人は騒ぐ。
臨時ニュースのテロップと共に映ったのは、不安の文字が書かれた顔の都市長の姿だった。
どのチャンネルも、どのテレビやラジオも、電波ジャックのごとく都市長の顔を映していた。
皆が画面に顔を向ける。
そして都市長がゆっくりと口を開く。
「皆さんに大事なお話があります。」
一同静まり返る。
美咲達4人も学校のモニターで真剣に見つめる。
「その前に、皆さん全員にお伝え出来なかった、歴史の話をしていこうと思います。」
「一部の人は知っているかもしれません。ですが、もう一度。」
「嘘偽りない、真実の歴史の話をしていこうと思います。」
「2030年から2040年の、黒塗りの10年間の話を。」
私の祖父の話である。
今から80年前、かつてこの遥か200m頭上には、広大な土地や海、数多くの生物が生息していた。
それは緑や青、を基調とし、とても壮大できれいなものであったという。
我々人間もその一部だった。
快適な環境を求め、頭を使い、人口が増えるにつれて、集団から国へと発展すると共に、技術も発展してきた。
しかし、人類は、自分達が快適に暮らせることをさらにさらにと求め続け、やがて人類同士で争うようになる。
そのスケールは技術の発展に伴ってどんどん大きくなり、やがて今住む地球という自然環境を完全に破壊できるほどのものを作ってしまう。
しばらくは見せ合いっこして威嚇していたが、そんなごっこ遊びのようなものがいつまでも続くわけがなかった。
この真上に位置していた日本という国は、これを危惧し、ある洞窟探検家が見つけた大きな空洞を改造し、人間にとって住みやすい環境を構築した。
これは万が一地球環境が滅ぶようなことが起きても、遥か地下200mに存在するここに、一部の人間や生物を住まわせておけば、人類は生き残れるのではないか。
という単純な考えからであった。
表向きは、ね。
残酷なようだが、これは人体実験の一環でもあった。
『人生の楽園』という名の。
ネズミを人間に見立てて過去に行った実験では、ネズミにとって最高の環境を作ったものの、最終的には全滅した。
これを人間で試すものであったが、結果的にこの人体実験は失敗した。
黒塗りの10年間のここの環境は、楽園どころか、地獄そのものであった。
一大国家プロジェクトとして秘密裏に行われたものだが、最初は順調であった。
洞窟の最奥であったため、時間はかかったが、当時の最新技術を投入しまくり、工事も少しずつ進んだ。
そして、人類には不可欠で世界初の、人口太陽を完成することに成功した。
これは核エネルギーを使用しており、地球環境破壊が危惧されるエネルギーと同じという何とも皮肉なものであった。
光量や熱なども限りなく地球から見た太陽に近づけられ、放射線は最小限に抑えられ、何かあろうもんならすぐに停止するという、安全第一の優れものだった。
あの時までは・・・
移住も順調に進んだ。
性別、年齢、学歴、職業、性格、すべて当時の日本の理想値になるように調整され、選ばれた1万人もの人々が、一人ずつこの巨大な空洞にやってきた。
作物の畑や家畜も1万人分、ぴったりに調整された。
当時の地球環境を極限まで再現し、森や町、月や日のサイクルだけでなく、雨を模した定期的な地下水噴射、海水までもが持ち込まれた。
当然ながら当時の技術もふんだんに持ち込まれた。
半径3kmにもなるこの巨大な空洞は、将来の人口増加を見越して、土地を余らせていた。
そして、人の移住が終わり、とうとう実験が開始される。
実験内容は、『この地下都市を1万人で発展させ、人類が地下で生存可能なことを証明する。』
というものであった。
ただ、
『地上からの補給はなく、すべて地下での自給自足で行うものとする。』
当初はあまりに順調でったため、あまりこの文面を気にする人はいなかった。
ある日、人口太陽の制御システムがダウンした。
最初はテロかと思われたが、太陽と制御システム以外のケーブルによる通信操作しか行っていないので、そんなはずはなかった。
過去に何度か故障やトラブルはあったが、機器そのものが落ちたことはない。
慌てて外に出て、空を見上げると、真っ暗であった。
太陽はおろか、月すら点灯していない。
しかし、原因が明からないままの状態で、なにかができるはずはなかった。
とりあえず実験が中止になりうるとして、地上に助けを求めることにした。
すぐに、当時の世界最高レベルの技術者団が到着して、太陽と制御システムの点検を始めたが、全く原因が分からなかった。
このままここに入れば全員死んでしまうと、この国家プロジェクト最高責任者に伝えた。
しかし、帰ってきた返答に驚愕した。
「それも実験の一環だ。」
と答えたのだ。
自分達でどうにかしろと、太陽がない状態で私たちは一生生きて行けと。
光合成する植物や作物は当然のごとく育たなく、環境は地上とはかけ離れ、食べ物もなく、食物連鎖も崩壊。
待っているのはただの飢餓。
ほぼそこでくたばれと言っているようなものだった。
「あの一万人に死ねというのですか!?」
危うく手を出しそうになった。
「誰のおかげでその地位まで登れたと思っている。」
「それをどうにかするのが君の仕事だ。」
と責任者は言った。
続けて、
「あと君含め、あそこの人間はもう地上に来るな。」
「実験の信憑性が損なわれてしまう。」
「以後は毎日の通信報告だけにしてくれ。」
そして、こっちを見て二ヤつくなり、
「あーあ、あんないい環境の地下に住むと短期間でこんなに人間は変わってしまうのか。」
「こわいねー、はは。」
と放った。
こみ上げる怒りをぎゅっと握りしめた拳が、気づいたら責任者の顔面へと移っていた。
それはもう、地上との交渉は決裂したことを意味した。
ごつい警官2人に連れられてこられたのは、地下都市との入り口がある山だった。
「実験に支障が出るため、昨日の君の行いは不問とする。」
「だが、もう二度と地上に現れるな。」
と言われ、真新しいコンクリの扉を大きな音を立てて閉められた。
重罪人が、独房に押し込められた感じがした。
そこからの暗闇での地下生活は、まさに地獄そのものだった。
事情を町の人に話すなり、反乱がおきた。
まだ1部の人々に言っただけなのに、うわさがうわさを呼び、話は盛り上がりを見せた。
電気も、主に太陽光と地熱発電で発電していたが、地熱だけでは電力が足りず、節電を余儀なくされた。
そして食糧が、とうそうそこを尽きる。
今まで散々節約してきたつもりだが、やはり1万人は耐えきれなかった。
家畜も次々と死に、それに伴い人々も飢えに苦しんで死んでいった。
犯罪は横行し、町は死臭のにおいがした。
祖父が食料に困ったことはなかったが、町を歩けば生きているのか死んでいるのかわからないような人たちだらけで、生き地獄状態。
食欲がないと嘘をつき、食料を町のみんなに配っていた。
もう未来なんてなかった。
待つのは死のみ。
生きてもしょうがないと自殺する人まで現れた。
最後に町散策に出た時、ボディーガードの間を縫って、一人の青年が1発の弾丸を祖父に向かって放った。
その時祖父は死を覚悟した。
しかし、そこに横たわっていた少年が、やせ細った体で祖父の前に必死に飛び込み、弾丸を受け止めた。
その少年が血まみれで最後にはなった言葉は、
「まだあきらめないでください。」
たったそれだけであったが、祖父は心を変えた。
太陽がなくたって、我々は生きていける。
そう信じ、食料確保を最優先させた。
いらないものは徹底的に排除していき、その過程で娯楽や科学技術も衰退した。
「人一人分働く」をモットーに、それぞれ適した、最大効率の仕事を割り振り、徐々に環境を立て直していった。
そしてとうとう、食料自給率100%を達成した。
その時であった。
太陽が再点灯したのである。
みんなで喜んだ。
ただ、課題もある。
「まだ太陽の消灯原因をつかめていない。」
「こんな悲しい過去、二度とおこさないように、また再度起こるかもしれない地獄を未来を生きる人に伝えておかなければいけない。」
「何十年後、何百年後も。」
「私は生き残れる最大人数を生かすために、いらないものは片っ端から排除したため、このことはすぐに忘れ去られる。」
「必ず伝承者がいなけばならない、新しく団体を作るんだ。」
「名前は...過去の事を伝えるだけでなく、その知識を生かして、どこまで続くかわからない地獄の最中も、種族をつなげてほしい。」
「伝承者ではなく、継承者だ。」
「『地獄の継承者』だ。」
やがて、紙を知識に見立て、伝書鳩の鳩を描いた旗が完成した。
というのが黒塗りの10年の話である。
なぜ黒塗りされて、当時の話がタブーとされているのかはまた話せば長くなるので今回は割愛する。
これが、今の「地獄の継承者」公団であった。
緑のバッジをつけている人がそうだ。
美咲にとっては見覚えしかなかった。
都市長は言う、
「これからはみんなが緑のバッジだ。」
「この話をしたのも、何で今のタイミングなのか。」
「察しのいい人はもう気づいてると思う。」
「もう太陽は明日から点灯しない。」
「そう、今日から、地獄の幕開けだ。」