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加水という名の女

 何の変哲もない今日という日の朝。

 太陽は真上から私たちを見下ろす。


「行ってきまーす!」


 いつもの言葉を発して玄関を飛び出した。

 今日も人々はロボットのように無感情で、動き、働く。

 そんな人たちを横目に見ながら学校へ学校へ走った。


 チャイムと同時に教室に滑り込んだ。


「ふぅー、間に合ったー...」


「5分遅刻だぞー」

 先生が言うと、クラス中のみんなが笑いだした。

 授業開始5分前に出席をとることを完全に忘れていた。


「じゃあ今日はここまで」


 授業終わりのチャイムが鳴り響くと、待ってたかのように皆話を始めるので、クラスが一気に騒がしくなる。

 またこちらも同様に・・・


「みーさき!」

「今日はドンマイだったね~」

 そこには遅刻したことを嘲笑うかのようにニヤニヤしながら近づいてくる友達の由紀がいた。


「今日も寝坊かい?」

 後ろに振り返ると由紀と同じくニヤニヤとした幸一と海もいた。


「俺なら恥ずかしすぎて切腹もんだな」

 海はそういいながらずっと笑っていた。


「うげ、お前らも見てたのかよ」

 

「見てたというかいつもの話だろ?いつもギリギリに来るのは」

「席近いから嫌でも今日来てるか来てないかくらいわかるわ」

「からかわれて腹立つようならもっと早く学校来いよ」


 と、正論パンチを食らって何も言い返せなくなった。


「ま、気にすんなって」

「あー言ってる海なんかこの前遅刻した時の言い訳、なんて言ってたと思う?」

 今度は幸一が海を見てニヤけた。


「ちょ言うなっ!」

「聞きたーい!!」

 海が止めに入ろうとしたが、由紀が押し切って幸一が口を開いた。


「『おばあちゃん助けてました』だって!!」


 皆で笑った。

「超おもろいじゃんー!」




 新学期が始まったばかりではあるが、何も変わらない学校生活。

 友達もいて、今は充実している。

 だが将来、いつも見るロボットのような大人になるのかと思うと、少し怖かった。


 まぁ今からおびえてても仕方ないかと自分に言い聞かせ、今日も歴史の本を開く。




 私は昔から歴史の教科書を読み漁るのが好きで、よく図書室に行っては歴史の本を読んでいた。

 歴史については実に興味深かった。

 特に昔のことは謎も多い。

 しかし、一番気になるものは・・・

 

 イエス・キリストが生まれてから2100年が経つ今。

 比較的最近とも呼べるのに、どの歴史の本を見ても、空白か黒塗りがされている、曰くしかない10年間。

 

 2030年から2040年の間が、気になって仕方ないのであった。




 無心で本を広げる私を見て、

「ねぇ!今度皆でこの前市役所前に新しくできたあのデカい図書館!行こうよ!」

 と、由紀が突然言い出した。


「ほら、一応私達文芸部に所属してるんだしさ!たまには活動らしい活動もしようよ!」

 私はもちろん賛成だった。むしろ行きたかった。

 だが・・・


「えー...」

 男性陣はあまり行きたくなさそうであった。

 まぁ2人とも部活強制参加のこの学校で、活動が楽そうなのでここ選びましたオーラ出しまくっていたので、あまり驚きはしなかった。

 だがさらに・・・


「男共に拒否権はねえ!!日曜11時に現地集合な!!」

 由紀は強かった。




 そして当日・・・

「あいつら遅いねー」

 一足先に図書館に着いた私と由紀は、幸一と海を待っていた。

 もう集合時間を過ぎていたので、2人に連絡だけして、先に中に入ることになった。


「こんにちは。私はここの案内役の加水と申します。」

 中に入るなり、綺麗なお姉さんが、図書館を案内してくれた。

 スーツの襟には、紙を咥えた鳩が飛び立つ瞬間のような、綺麗な緑色のバッチがついていた。


「この図書館は県の一大プロジェクトとして建設された、お客様一人一人に寄り添う、フルサービスをコンセプトとした図書館になっております。」

「ここには、この世に存在する本のほとんどがここにおいております。」


 そんな天使のような響きと言葉に、私は心躍らせ、目を輝かせた。


 ここは一生暮らせる!!


 

「何かお探し物がありましたら、お声かけください。私はあちらで事務作業を行っていますので。」

 加水は丁寧な口調で、また終始笑顔で去っていった。



「ここって本だけじゃないみたいだね」

「思ってたより数倍すごいかもしれない」

 と、由紀が指指す先には、中庭のようなとこに位置する庭園と、レコードをかける人、ベンチに座って優雅に本を読む人がいた。

 本だけではなく、昔の曲やCDも、ココでは聞き放題らしかった。


「すごいね。娯楽の規制とか大丈夫なのかな。」

私はぼそっと呟くと、


「県の施設だし、さすがに許可とってると思うけど」

 と由紀が真面目に答えた。



 私は歴史の本を探し、読み漁ることにした。

 ココにはたくさんある。



 本は時々、誇張や嘘の表現がなされる。

 歴史の本ではそういったものは少ないが、その歴史自体が嘘だという人もいる。

 現に黒塗りされた10年付近や、紀元前以前の話は正式な書物が少なく、曖昧なものが多いからであった。


 今読んでいる本には、娯楽について記されてあった。

 黒塗りの10年以前はもっと本や音楽、スポーツやテレビなどの娯楽が発展していて、昔の人々はもっと優雅に暮らしていたという。


 これも捏造かと始めは思った。

 しかし、信憑性はあった。



 娯楽が制限された今は、人々はまるでロボットのように生きている。


 青春の1ページを飾った後は、社会に人格を削られていく。



 そんな私を遠くから見つめる。加水がいた。

 



「おーす!」

「すまん遅れた」

 男性陣が到着した。


「もう遅い!」

 由紀が怒っている最中、幸一が皆に耳打ちで


「それより、あの入り口にいるお姉さんめっちゃ可愛くね?」

 と囁いた。

 

 私が加水の方を見ると、一瞬目が合ったように見えたが気のせいだと思った。


「あー、私たちさっきあの人に案内してもらったよ。」

 と私が言うと、

 幸一が悔しそうに、

「うわー、俺も早く来ればよかったー!」

 と言った。


「優しそうだったし、もう一回案内してもらえば?」

 と由紀が提案すると、飛んでいくように幸一が消えた。


 他の歴史の本を探そうと歴史のジャンルのとこまで歩いていこうとすると、

 幸一が悲しそうに帰ってきた。


「忙しいから他をあたってだって」


「ドンマイ」

 他の3人はちょっと笑いながら言った。

 さっき最後に彼女が言った事は、あえて言わないことにした。



 歴史のジャンルは加水が事務作業をしている机の真裏にあった。

 面白そうな本と見つけ、私たちが陣取っている机に戻ろうとしたが、加水の事務作業が何なのか、少し気になったので覗いてみることにした。

 

 そこには大量の歴史の本を読み漁る加水の姿がいた。

 次の瞬間、私は口を開けた。



 加水は本のある箇所に、ペンで黒塗りをした。


 

「あっ」

 私はつい声を出してしまった。

 こちらを振り返る加水。

 見てはいけないところを見てしまったと、今すぐここから立ち去ろうとしたところ、加水がゆっくりこちらに近づいてきた。


「今の、見てた?」

 加水が話しかけてきた。

 その口調はさっきまでの誰にでも優しい丁寧な口調とは違い、ずっしりと低く、言葉に重さを感じた。


 声が出ないどころか、怖くて動けなかった。

 目も合わせられなかった。


 やがて私の目の前で立ち止まった。


「今の、見てた?」


 もう一度聞いてきた。


 さっきよりも重かった。


 泣いて許されるのなら、今にも泣きだしてしまいそうだった。



 私はゆっくりと頷いた。



「・・・そう。じゃあついてきて。」

 私は本能的についていった。


 図書館の奥へ奥へと進み、ついた先には鍵穴付きの小さな扉だった。


 加水はポケットから取り出した鍵を使い、扉を開けた。


 扉の先には、埃のにおいがする、少し大きい物置のような部屋だった。

 しかし、部屋の明かりがつくと、私はまた目を輝かせた。

 そこの本棚にはびっしりと、歴史についての書物が並んでいた。



「ここが私の真の作業部屋。すごいでしょ。」

「ここのこと他の人に言ったら殺すからね。」

 半分冗談で半分本気な口調で加水は言った。

 さっきまでの優しい雰囲気とはうって変わって、無表情な顔であった。


「し、しませんよそんなこと!」

 正直めちゃくちゃ怖かった。



「で、君にここに来てもらったのは、手伝ってほしかったからなんだよね。」

「君、歴史好きでしょ?」

 加水が椅子に足を組んで言った。

 見たことないようなにやつき方をした。


「え、何で知ってるんですか。」

 私は驚いた。


「だって君のとる本、全部歴史についてじゃん。しかもちょうど70年前くらいの。」

 ニコニコとした加水と対照的に、私はちょっと引いた。


 一体いつから私のこと観察してるんだと聞きたくなったが、怖くなってやめた。


「で、手伝ってほしいことって何ですか。」

と私が聞くと、思い出したかのように


「あ!ズバリ・・・」

と答え、前かがみになり、私の顔を上目遣いで見るようにして、


「君に黒塗りの部分に抜けがないか見てほしい。」

「黒塗りの部分は新しい知識だろうから、抜けてたらわかりやすいでしょ?」

と言った。


「なるほど」

 実に興味深くあったが、堪えた。


「それあっちでもできません?」

 と続けて私は冷静に問うと、


「これ重いから嫌なんだよねー、あと早く帰りたいから移動させる時間がもったいない。」

 と、愚痴をこぼすかのように答えた。

 


「じゃあなんであれだけあっちで、みんなから見えるようにやってたんですか」

 と、巻き込まれた側の視点で私は問う。


「あー、あれはみんなに見えるようにやっていたんじゃなくて、君に見えるようにやっていたんだよね。」

 と私の目の前まで顔を近づけて、笑顔で言った。

 私は完全にこの女にはめられたと思ったが、悪い気はしなかった。


 


 もしこのの中に抜けがあれば、黒塗りの10年の一部が、わかるかもしれない。


 そう思い、机の上にスマホを置いて、埃まみれの歴史の本を読みこんだ。

 一緒に来ているみんなの事は、もうすっかり忘れていた。



 

「よし、今日はここまでにしよう。つき合わせてごめんね。」

 加水が立ち上がり、私をさっさと部屋から引っ張り出した。


「今日友達と来てたんだっけ?」

「そうですよ。知ってたならもっと...」

「ごめんなさい。もう君みたいな学生と会えないと思ったら...」

「まぁいいですよ。私も貴重な体験ができましたし。」


 外へ出ると、夜まであと10分の音楽が流れ始めた。


 お互い笑顔で今日はお別れを告げた。

 あと数分の日差しに照らされて、加水の襟の緑のバッチが輝いていた。


 帰り道にスマホを開くと、みんなはもう帰っている様子だった。

 グループチャットで皆に謝罪と適当に理由をつけて伝え、今日の事を片付けた。


 結局今日新しく分かったのは、「動く月に、動く太陽」という謎の部分だけだった。

 ここが黒塗りするべき事であるしか教えてくれず、それ以外は何もわからなかった。


「月も太陽も動くわけないのに...」

 私はそう呟いて、上を見上げた。


太陽は今日も私たちを真上から見下ろしている。


 ふと連絡先に通知が来ていたので連絡先を開くと、新しい連絡先のところに「加水 麗子」の文字があった。


 「あの人、やっぱ怖い...」

 そうまた呟き、家に帰った。






 階段を駆け上がる音が聞こえる。

「都市長!た、太陽が!!!」

 ノックもなしで部下がいきなり都市長室に飛び込んできた。

 

 慌てた様子で機械室のような大きなコンピュータが詰まった場所へ一同総出で移動する。

 都市長の額には大量の汗があった。


「こ、これは...」

 コンピュータの画面を見て一同が騒然とする。

 

「す、すぐに緊急会議だ!!」

 声が枯れそうな勢いで命令した。

 都市の長にあるまじき不安な表情を浮かべていた。



「これより緊急会議を始める。」


「もう二度と75年前のような過ちを繰り返してはならない。」


「すぐに公団全員に伝えろ、『もうあの10年を隠している場合ではない。もう一度、地獄がやってくる。』とな。」


 都市長の視線の先には、大きな旗があった。

 それには、緑色で、紙を咥えた鳩が描かれている。


「これからは、ここにいる全員が『地獄の継承者』である。」




「遥か地の底、海抜-200mに位置するこの都市は、人類が生存する最後の希望だ。」


「人工的に作った楽園、いや、ここが、真の地獄である。」


「苦から逃げた先には、絶望しか待っていない・・・」




遥か200m頭上には、焼け野原になったかつての地上の姿があった。

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