Episode.89 さよなら
全てが赤に染まった時、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。
「万寿」
「……っ!」
目を開けるとそこは数分前と同じ景色。万寿とジョニィがお互いに、銃を向けあっている状況へと逆戻りした。
「ほうら、戻したわよ」
彼女は先ほど一発だけ放ち万寿の頬に傷をつけたところ、今度は六発の銃声が鳴り響く。能力発動よりも先に、身体は頭を抱えるように動いていた。弾は確実に眉間周囲を狙っていたが、どれも両腕が銃弾を飲み込み致命傷には至っていない。るい太の薬がとてつもないスピードで損傷した組織を再生させ、弾の軌道を鈍らせたのだ。滴る餡子と共に鉛玉は吐き出され、コツン、と冷たい音を立て地面へと転がり落ちた。
万寿は腕の隙間から、唖然としている彼女を見つめる。
「ダンテさんの時も、そうでした」
「……?」
「会話もなく相手を討ち取っていれば、ダンテさんが死ぬことも、今再びあなたと戦うこともなかったのに。僕はどうしても、あそこで手を差し伸べてしまう。あなたに選んで欲しかったから」
そして自身の顔の前に構えていた腕をそっと下ろした。
「相手と手を取り合う方法を、あなたは知っているから。それが出来ると知っているから。あなたは選んでくれると、僕はそう信じているから」
万寿は再び強く地面を蹴った。彼女へと飛びかかると、先ほどよりも強く彼女を弾き飛ばす。壁際まで飛ばされたジョニィは最後の力で能力を解放し、翼で風を切りその身を翻す。しかし顔を上げると、万寿の手が既に目の前にまで迫っていた。
「なっ……!」
万寿はジョニィの胸ぐらを掴むと、そのまま地面へと引きずり降ろす。地面へ直撃する前に受け身を取った彼女が目を開くと、またしても万寿は目の前にいた。
「速い……! コイツ、時空をワープしている……⁉︎」
ジョニィが瞬きをする瞬間に、既に万寿は移動を終えている。その動きは万寿自らが導き出したものではない。
「あのガキどもか……!」
血塗られた管理組織の中、一人きりになった少女は未だキーボードを弾いていた。最期まで戦うと約束した。例え、一人きりになったとしても……。
幾度となく万寿に投げ飛ばされ、ついに彼女は地面にひれ伏した。能力も解け、元の姿に戻っている。
「くっ……」
彼女の元へ歩み寄った万寿は、彼女へ問いかけた。
「どうしますか、リンさん」
「……っ」
「何度でもいいですよ。僕、あなたが選んでくれるまで付き合いますよ」
リンは肩で息をしながら、万寿を睨みあげる。そしてひとつ大きな息を吐くと、その場に大人しく座り込んだ。
「本当は、分かっているでしょう? 私が時を戻したって、何も変わりはしないんだって」
「……」
「そこに存在する限り、いつかは必ず交わっていくものよ。私がしなくても、私の代わりが必ず現れる。この世界を無に返す方法はたったひとつ。それにあなたも気がついているんじゃないかしら」
リンは愛おしそうに己の頬を撫でた。
「けれどその道を、私が選ばないことも知っている」
その姿はまるで、母親が我が子を慈しんでいるようだった。
しばらくの間、彼女は何かと対話するように目を閉じた。そして小さく数回頷くと、おもむろに顔を持ち上げる。
「……いいわ、もう終わりにしましょう。未来はアナタに託した。彼女がそう言ったからね」
リンはそう言って、素直に万寿の前に頭を差し出した。まるで今までリーダーへしてきた、敬意の表れのように。万寿は震える指をゆっくりと持ち上げた。そしてその頭に、そっと触れる。
「ジョニィさん――――さよなら」
万寿はあふれ出る涙と共に、能力を発動させた。そう、器に入れ込んだもうひとつの能力。るい太は会ったこともない彼の姿を追い求め、日々探求し続けた。そしてついに完成させた。もう一人戦闘組織。
あんころの能力。『触れたものの時間を加速させること』。
リンの能力によって破壊を幾度となく巻き戻されていた脳細胞は、今までの時間を取り戻すかのように次々と壊れていった。打ち崩された血管はまるで花火を打ち上げるかのように、迫り来る時間に合わせ次々に花を咲かせていく。
痛みと悲しみで涙をこぼす彼女の頭から、万寿は思わず手を引いた。
僕には無理だ。もう、これ以上は――。
その時万寿の代わりに、誰かが彼女の頭に触れた。優しくなでるその手は、大きく、そして温かかった。ジョニィは顔を上げる。その顔は安心しきった子どものように柔らかく、瞳からは感謝の涙が零れ落ちていた。
「リーダー。ありがと」
その表情は、とても満足そうだった。ジョニィは掠れる声で続ける。
「ダンテ、ありがと」
ジョニィはそう言って、笑った。
「万寿――元気でね」
「え……」
「さよなら」
ジョニィは目一杯の笑顔を浮かべ微笑んだ。彼女はそう言い残すと、ゆっくりと体を地面へ落とす。
「ジョニィ……!」
動かなくなった彼女の体を、ダンテはしっかりと腕の中へ抱き上げる。ツーっと彼女の鼻から鮮血の雫が垂れて、ダンテの腕を濡らした。静かに目を閉じる彼女はまさに、短い命を終えようとする人間そのものだった。
「リミットじゃ、ない――?」
リーダーの能力。それは『能力を奪う』こと。彼女はたった今、ただの人間になったのだ。ダンテは消えゆく最期の息をしている彼女を、力強く抱きしめた。
「良かったな、ジョニィ……人間だよ。お前がなりたかった、人間だよ……」
ダンテは声をあげて泣いていた。
気が付くと、万寿の涙は止まっていた。彼はおぼろげな表情で目を伏せる。
――――これが、歪んだ未来の果てなのか。
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