Episode.88 最終決戦
「アンタは、どっち側なんだ?」
ダンテは問いただすようにリーダーに言い放つ。それにリーダーは目を細め、落ち着いた口調で答えた。
「彼女を救うため――。それはダンテ、君も望む世界ではないのかな」
「なんだと……?」
ダンテはリーダーを睨みつけた。
「リンが目覚めたのはジョニィの死だった。そう考えるのが妥当だね。けれど真実は少し違う。――君だよ、ダンテ」
「リーダー……!」
万寿は言わないで、と言わんばかりに首を振る。
「『君の死』を受け入れたくないジョニィが、彼女を目覚めさせたんだ」
「……俺が、死んだだって……?」
ダンテは目を見開く。万寿を振り返ると、彼は慌てた様子で顔を逸らした。すでにそれが答えでもあるのだが、万寿は気が付いていないようだった。
「ジョニィが最も望むことは、君に生きていてもらう事だった。そしてジョニィの復活を望むリンの望みは、ジョニィの最後の願いを実現させること」
リーダーの艶麗な赤黒い瞳に、ダンテの顔が反射する。
「君との約束だよ」
【青空の下自由に飛ぶことを、この俺が許してやる】
「果たせなかった約束を、ただただ願い続けた――。素直で純粋な心だ」
その言葉にダンテは全身を震わせた。それは悲しみに暮れているからではない。溢れかえる怒りからだ。
「ふざけんじゃねえ」
ダンテの激しい憤りは、リーダーの背後で未だコーヒーをすするジョニィへと向けられていた。
「赦さねえよ……。この惨劇を生み出したコイツに憑りついてるテメェも、俺の為なんかに身体譲ってまで過去に縋りついたテメェもよ! そのために一体何千人死んだと思ってんだ……! そんな血塗られた翼で青空飛んで、俺が笑ってくれるともでも思ってんのかよ、クソガキ!」
部屋の物が揺れるほどの叫びに、やっと彼女は立ち上がった。その直後万寿の隣を何かが猛スピードで駆け抜けていくような強い風が吹き抜ける。そう、ダンテが彼女へと飛びかかっていたのだ。ダンテの肩を、黒い羽根を高々と上げたジョニィが容赦なく打ち抜く。ダンテは元いた位置へと弾き飛ばされた。
「ダンテさん……!」
「本当、せっかちな人」
ジョニィはそう言うと、小さく微笑んだ。ダンテはギロっとジョニィを睨み上げる。
「その顔で――喋んな」
ダンテは再び立ち上がり、真っ直ぐジョニィへと向かって行く。ジョニィが数発ダンテへと銃を放ったが、ダンテはそれを受けながらも怯まず飛び込んだ。今度はダンテの重たいパンチが、ジョニィの顔面へと降りかかる。
「――っ!」
ジョニィの体は大きな書斎机へと、一直線に飛んで行った。置かれていた雑貨を巻き込みながら、地面へと転がり落ちる。依然ダンテの怒りが収まる様子はなく、息を荒げながら彼女を見下ろす。
「立てよ。まだ終わっちゃいねえぞ」
ジョニィは立ち上がると、ダンテへと顔を向けた。その表情には先ほどの余裕ぶった笑顔はない。
「――いいよ。やってやろうじゃん」
そう言って彼女は、狂気的に笑った。
ジョニィとダンテは静かに睨み合っていた。万寿はその様子を銃を握りしめたまま、息をのんで見つめている。部屋の真ん中ではいまだリーダーが佇んでいた。
ダンテの指先が一センチ動いた直後、二人は激しくぶつかり合った。ものすごい風圧が押し寄せてきて、万寿は思わず目を閉じる。すると、体がふわりと浮くような感覚を覚えた。温かなぬくもりと安心する鼓動。そう、それはまるで、橋の上から落ちた自分を救ってくれたあの感覚に似ている――。
万寿が目を開けると、先ほどの場所から部屋の隅の方へと移動していた。足元には見覚えのある結界の印が書かれているのが確認できる。そして万寿の前に立っているのは、黒い髪をなびかせて彼らの様子を静かに見守っている、リーダーの姿だった。
彼は何も語らなかった。しかしその背中は、すべてを背負った父親のように大きく見えた。
部屋の中では変わらず彼らが激しい戦闘を繰り広げている。ダンテが拳を振り下ろせば、ジョニィの骨が砕ける音がした。直後銃声がして、ダンテの肉片が地面へと散らばった。怪我をしてもすぐに治り、治っては怪我をして。争いを繰り返すうちに二人の自然治癒力もだんだんと衰えてきている。それでも全く終わる気配を見せない戦い。本当にどちらかが死ぬまで、続けられるのではないかと思うほどに。
二人の攻撃が同時に相手へと決まった瞬間、それぞれの能力が瞬時に解けた。どうやら限界値を越えてしまったらしい。銀髪の青年と黒髪の少女。素顔になってもなお、二人の争いは止まらない。ほとんど能力を使い果たしてしまい、もはやただの殴り合いへと発展している。
そんな様子を見ていると、万寿は出会った当初に二人が喧嘩をしていた時のことを思い出した。
【食べた記憶がなくなってたのはお前の方だったな】
【なくなってねえよ】
【じゃあただの泥棒じゃないか】
【俺に食っていいって渡されたんだから俺のだろうが】
【二つあるんだから一つずつだろ】
【どら焼きの取り合いで喧嘩?】
些細なことですぐに口喧嘩が始まって、部屋の中をかき乱しながら全力で暴れまわって。それでも帰るころには夕食の話で盛り上がっていたり、相手を思いやる素振りを見せていたり――。
なのに今はどうだろう。こんなに罵倒しあって、血だらけで傷つけあって――。これは本当に、彼女が望んだ世界なのだろうか。
万寿が握りしめたままになっている銃を軋ませると、リーダーが振り返り小さな声で彼に告げた。
「るい太から預かった薬を飲んでおいてください」
「え……?」
「ここからが、君の最終決戦ですよ」
リーダーの促しに、一瞬戸惑った万寿。けれど、彼を信頼していいと思った。万寿はポケットから最後の薬を取り出すと、思い切って全てを飲み干す。
「うげええぇぇっ! まずうぅぅー!」
しかし不味いものは不味い。その場にそぐわない下品な絶叫が響き渡った。なんとか飲み込み顔をあげると、リーダーは優しく微笑んで頷いて見せた。
万寿は立ち上がると、すぐさま結界の外へと駆け出した。そして迷わず、銃を構える。
ダンテとジョニィは、お互いの腕を取り合いその場で睨み合っていた。視線の先で何かが光ったのを感じ取ったジョニィは、そちらへと目を向ける。銃口は、ジョニィへと向けられていた。
「もう、やめてください! リンさん!」
「……」
「ジョニィさんはこんなこと望んでいません! ジョニィさんはリミットのことも、人間のことも、心の底から愛してくれていた! これ以上誰かが血を流すことは、僕が絶対に許さない!」
「――だったら、どうするの?」
「撃ちます。これ以上、ジョニィさんを苦しませるのなら……!」
込み上げる涙を押し殺すように、万寿は奥歯を噛みしめた。持っている銃はがくがくと震える。それを見て、ジョニィは少しだけ笑った。
「そんな攻撃じゃ、僕を眠らせることは出来ないぞ」
「――ジョニィさん……?」
そこには確かに、ジョニィがいた気がした。万寿の呼びかけに、ダンテの力が一瞬怯む。
次の瞬間ジョニィはダンテの足を払い、彼を地面へと突き落としていた。
「――っ!」
「ダンテさん!」
ジョニィはダンテが抵抗できない様に彼の体を羽交い絞めにしつつ、自らの背骨から銃を生み出し万寿へと向けた。ハンドガンよりもはるかに威力の高い、マグナム銃だ。それで頭を打たれれば、リミットと言えどひとたまりもないだろう。それでも万寿は、彼女に向けた銃を下ろす選択はしなかった。
「ダンテさんから離れてください! 本当に撃ちますよ⁉︎」
ジョニィはその様子を見ると、口端を釣り上げて笑った。
「……撃てよ」
「――っ」
「撃て!」
彼女の強い言葉に反応するように、万寿は引き金を引いていた。しかしその弾はジョニィにかすることもなく、冷たい壁にひびを入れただけだ。
「あ……」
「せっかくのチャンスだったのに、残念だったな」
万寿は慌てて銃を構え直す。まだ残りは数発ある。一発でも当てれば動きを弱めることくらいできるかもしれない。もう一度引き金を引こうとした時、代わりに銃を放ったのはジョニィの方だった。その弾は万寿の頬をかすめる。頬を伝った餡子は地面に落ちたが、その傷口はすぐに修復された。
「ジョニィさん、僕は――」
万寿の言葉を遮って銃は放たれる。数発の銃声、しかしその弾は全て空中に固定されたままだ。万寿の震えは、止まっていた。
「貴方に会えて、幸せでした」
万寿はそう言うと、銃をそこに投げ捨てて彼女へと飛び掛かって行った。ダンテへ馬乗りになっていた彼女を突き飛ばすと、そのままジョニィの手から拳銃を取り上げる。そして今度はその銃をジョニィの額へと突き付けた。
時は動き出す。固定されたままの銃弾が、はるか彼方へと飛散していった。万寿は奪い取った銃のハンマーを起こす。弾が装填される音が、静かな部屋の中に響き渡った。
「時を戻してください。貴方がパラドックスを襲う前へ」
「……」
おそらく脅しだとはバレているだろう。引き金に指さえ添えていないのだ。彼女はそれを知ってか知らずか、落ち着いた口調で答えた。
「戻す、ね。いいわよ」
「え……?」
彼女がそう言った直後、彼女の体から放たれた真っ赤な光が部屋全体を包み込んだ。
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