Episode.87 真実
リーダーの部屋まで間もなくだ。タンバがここまでの道のりを切り開いてくれたのか、その先に行く手を阻む者は誰一人いなかった。血塗られた床を蹴りながら、最後の弾丸を銃に込める。
「開くぞ!」
ダンテの声と共にリーダーの部屋の扉が開かれた。窓ひとつない暗い世界。その先に、リーダーと黒髪の少女はいた。
「リーダー。ジョニィさん……!」
リーダーはこちらに背を向け立っていた。ジョニィはソファに腰かけ、冷えたブラックコーヒーをすすった。リーダーは万寿の声に応えるよう、ゆっくりと振り向く。
「――おかえりなさい」
彼の微笑みは、吸いこまれるほどに美しい姿だった。
◇
今から二時間前――。パラドックスに悪魔が舞い降りた直後の話である。
パラドックス襲撃後、ジョニィを偽った彼女は飄々とクラフトへワープを依頼した。何の疑いもなく彼女を導いた第三部隊の一人は彼女に微笑みかける。
「無事で良かったです。ダンテさんがお探しでしたよ。連絡してみますね」
ジョニィの顔をした悪魔は笑顔を浮かべ「ありがとう」と呟いた。その部屋に、数発の銃声がこだました。わずか四秒の間だった。
彼女はそのままコンピュータを操作し、幹部と第五部隊がクラフトにアクセスできない様に施しを加える。彼女が素早くキーボードをはじいていると、第三部隊の扉が開いた。振り返り銃を構えると、そこには後ろに手を組んだまま軽やかな足取りで進んでくるリーダーの姿があった。
「やはり、あなたでしたか」
リーダーは銃を向けられていながら、何ひとつ焦っている様子は見られなかった。撃たれた仲間たちを横目に確認しながら、銃口が胸元に当たるほどに近づき落ち着き放った表情で彼女を見下ろす。
「お久しぶりですね。リンさん」
「……お久しぶりです」
リンと呼ばれた彼女は、そっとその銃を下ろした。それは撃っても無駄だということが本能的に分かってしまったからかもしれない。
リンは銃から手を離すと、引き続きキーボードを弾きながらリーダーへと声をかけた。
「貴方に封印されてから数十年経ちましたか。それにしてもこの世界は何ひとつ変わりませんね。傲慢な人間は多いし、リミットはまだこんな暗闇の中で隠れて過ごしています」
「そうですね。けれどこんな世界でも恋焦がれる人もいるんですよ」
リーダーは目を細めて笑った。
「さて、だいたいの憶測はついています。ジョニィさんを心の底から愛していたあなたです。この選択も彼女の為でしょう?」
全てを見抜かれている言葉に、彼女はリーダーを振り返る。
「あなたもジョニィのことを大切にしてくださったでしょう?ならばわかってくださると思います。死という概念を覆すためには、それに相応する犠牲が必要なんですよ。この世のすべてのリミットの命を懸ければ、ダンテ君とジョニィは長き命を得ることが出来る。そして彼女は、新たな国を造るため本物の天使となり、彼はその支えとなる。リミットの国、真のクラフトの目覚めの時です」
リンは両手を広げて上空を仰ぎ見た。
「貴方が生まれた深い森と滝の狭間。その奥深くに存在するこの地で、すべてが終わりすべては始まる。今こそ作り上げるのです。第三の国、人間たちを支配するTEAM craft.を!」
リンの言葉にリーダーは返事をすることなく、口端だけを釣り上げて見せた。
「そうですか。――分かりました」
リーダーは踵を返すと歩き出した。床に倒れている血だらけのリミットに手を貸すこともなく部屋を後にする。
「その国には主導者が必要でしょう。僕を監視しておかなくても大丈夫ですか?」
彼の促しに、リンは無言のままその背中を追いかけた。血塗られた床には、二つの足跡が続いていく。それはまるで、新たな国へと続く一本道のように見えた。
その数分後、緊急事態を聞きつけたリミット達がクラフト内にワープしてきた。それとほぼ同時にパラドックスも行動を始め、クラフトに乗り込んでくる。パラドックスの襲撃が始まると、クラフトメンバーは長い廊下を巧みに使いながら必死の攻防戦が繰り広げた。しかし元々戦いは戦闘組織にまかせっきりだったこともあり、パラドックス優位に事は進んで行く。
外部にはじき出されていたタンバも自らの力でハッキング、クラフトへと強制ワープを図った。時空の弾みへ閉じ込められそうになったところを強制突破し、なんとかクラフト内へ入り込むことに成功。タンバはそこで、ここに来たことを後悔した。真っ赤に染まる両者の亡骸。そのどちらの顔も、見覚えがあった。タンバにとって二つの国は、祖国同然。そしてそこにいる仲間たちは、家族のような存在であったのだから――。
彼は重い足取りで、すぐさま第二部隊へと向かった。クラフトの幹部でありパラドックスの王となったタンバは、どちらからの攻撃を受けることもなかった。彼らはタンバに見向きもせず争いを繰り返す。どちらの世界にも存在していたはずの自分。しかし今は、その場に自分だけが存在していないかのような感覚を味わっていた。
まるで、誰にも見えていない。タンバはその場から逃げるように走り出した。
ツェッペリンへ続く扉はこじ開けられていた。その扉を見てすぐに分かった。しかし、その足は止まらなかった。あれほど色鮮やかに輝いていたその場所は、どす黒く汚れていた。その街ほどに、血塗られた場所は他になかっただろう。足元は幾千もの死体で埋め尽くされていた。地獄だと思った。
ふらつく足元を支えつつ海が見えるところまで進むと、タンバはその場に膝を落とし座り込む。どこまでも続く水平線。どこまでも遠く、長く。何もない。
「私がこれを――、望んだというのか」
違う。違うんだ。タンバは道端で息絶えている小さな手を握りしめる。
ただ、救いたかっただけなんだ。懸命に生きようとしていた彼らに、生きて良い場所を与えたかっただけなんだ。ツェッペリンもパラドックスも、彼らにはすべてが作り物の世界だったかもしれない。だが、地上で生きることを諦めてもなお、クラフトの一人として人間を救うことを決めたリミットも。半ば強制的に集められたものの、未来に希望を抱くリミットも。どちらも青い空の下で笑いあう世界を手に入れていたはずだったんだ。
なぜこうなった? 交わってはいけないところが、交わってしまったから?
殺し合ってそこから何が生まれるというのだろうか。その先に本当の幸福があるというのか。タンバの頬を、一筋の雫が伝い落ちた。しだいに雨足は強まり、その地を洗い流すかのような雨が降り出す。
「ああ、これが涙というものか――」
タンバは今まで出したことない悲痛な叫び声をあげ、その場にうずくまっていた。
それから彼は両手に愛すべきリミットの血を握りしめ、ある場所へと向かっていった。それは、リーダーの部屋だ。彼なら事が起こる前に、全てを未然に防ぐことが出来たはず。なのに何も手を下さなかった。この現状を、望んでいたということだろうか。
タンバが暗い廊下を進んでいると、その先から見慣れた黒いシルエットが浮かび上がって来た。その赤黒い目、出会った瞬間から全てを魅了するその存在を間違えるはずはない。
「リーダー」
タンバが呟くように呼ぶと、リーダーは小さく頷いた。
「おかえり、タンバ」
安心する優しい声。リーダーはタンバが言わんとしている事を分かっていたかの口調で続けた。
「やはり相反する者同士が交わると、こうなってしまう運命なのでしょうか。アナタの夢を応援してみたかったのですが、残念です」
……本当は、怒鳴り上げたかった。何を余裕ぶっているんだと。何故止めてくれなかったのだと、罵りたかった。でも、出来なかった。なぜならこの現実を引き起こしたのは、自分で蒔いた種が原因だから。そしてその罪を全て背負うことになるのは、彼自身だと知っているから。
そんなことは分かり切っている。分かった上で、聞きたかった。なぜ彼らを救ってくれなかったんだと、問い詰めたかった。
そうだ、このどうしようもない孤独と怒りを、リミットは長い間味わってきたのだ。
「彼女は……」
タンバがそう言うと、リーダーの少し後ろにリンが立っているのが見えた。このすべてを引き起こした根源たる悪魔。
――この場で彼女が生まれて来る事象を、この世から消し去ってやろうか。
身体が震えるほどの怒りを抱えたタンバは、持っていた分厚い本を地面にたたきつけようとした。しかし、その手は動かない。かつての自分の手を握ってくれた、彼女の笑顔を思い出す。
――いなくなって良いはずがない。彼女は自らを犠牲にしてでも、人を救おうとする優しい心の女性だった。強い偏見がある世の中で、取りこぼされたリミットにも手を差し伸べる強く勇敢な女性だった。そして、その思いがある一点からねじ曲がっただけ。
だとすれば、消されるべきなのは一体――?
タンバの思考がたどり着く前に、リーダーは落ち着いた声で続けた。
「大丈夫。何も心配はいらない」
「……っ」
「この国を統べる一人として、最期まで戦いましょう。では、また後程」
二人はタンバに背を向けると、暗い廊下を進んで行く。タンバはそれ以上、何も言わなかった。それは先ほど中断した考えの答えが、導き出されたからなのかもしれない。
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