Episode.84 王の始まり
今日のように青い空の日―――彼らは死んだ。
『私が目を開けた時、そこは見知らぬ土地だった。生まれも育ちも何ひとつ覚えはなくて、気が付いたらそこに立っていた。人間とは母親の子宮の中から生まれて来ると言うが、それなら果たして私は一体何者なのだろうか。何ひとつ分からないまま、村の中を彷徨っていた。
「なんだ、あいつ。見たことないな」
「忌み子か」
村の人々は口々にそう言った。それがどういう意図なのか理解する気にもなれなくて、私は振り返ることもせず歩き続けていた。しばらく歩いて違う村についた時、さすがの空腹に私は倒れた。どうせ行く当ても生きる目的もないのだから、ここで死んだとてどうだっていい。そう思って目を閉じた時だった。
「寝たらいかんよ」
一人の女性の声が聞こえた。嗄れ声だったが私にはそれが、とてつもなく美しい調に聞こえた。重たい瞼を開くと、そこには五十代と思わしき女性が私に手を差し伸べていた。隣にいる男性は雪が降りしきる中、迷うことなく己の衣服を脱ぎこの身にまとわせてくれた。
「一緒に帰ろう」
男性は私を担ぎ上げると足場の悪い道をしっかりと踏みしめながら前へと進んだ。私の背中を支えるように押す女性の手から温もりが伝わってきた。
生きているんだと、そう思った。
老夫婦は子どもに恵まれなかったのか、私を本当の子どものよう大切に育てるからここにいて欲しいと懇願してきた。自分がなぜここにいるのかも分からないような『忌み子』がここにいていいのかと聞くと、老夫婦は笑顔で「今日からうちの子だからもう忌み子じゃないよ」と言った。
彼らは本当によくしてくれた。名も知らぬ私のことをその日から愛してくれた。貧しい中であっても欠かさず食事を与えてくれたし、着るものも丁寧に繕った物を着せてくれた。村の他の人達は私のことを怪訝そうな顔で見ていたが、老夫婦は慕われていたのかひどい扱いをしてくる者はいなかった。
だがある村人が言った虚言は村中に伝わって行った。それは私が『リミット』なのではないか、ということ。この地域では珍しい髪色と目をしていたことからそれは『異様な姿』であったのだろう。人々は『リミット』を匿っていればいずれ災いが起こると言い、私を村から追い出すように言った。しかし老夫婦はそれを頑なに拒絶した。
正直私はどちらでも良かったが、両親から「出ていく必要はない」と言われたので素直にそれに従った。
そして事件は起きた。村の中で私を庇っていたのは二人だけだった。つまりその二人を消してしまえば、私を匿う必要などない。両親は村人に農具で撲殺された。村人たちは笑っていた。かつての村の仲間を殺してなぜ笑うのか理解が出来なかった。その時初めて彼らのことを恨めしいと思った。
次に目を開けると、両親は生きていて村人全員が死んでいた。全員何者かに殴られたような死に方だった。なぜそんなことが起こったのか分からなかったが、両親はともかくここから逃げようと私を連れて村を出た。
村人が全員殺されていたことは他の地域にも広まり、そこに唯一死体が残っていなかった老夫婦が犯人ではないかと疑われ始めた。噂は広まり、私たちは住む場所を転々と移しながらもなんとか生きながらえていた。体力も衰えていく両親にとってこの暮らしはかなり体に負担をかけたようで、母の身体は病にむしばまれて行った。
そんな時に、ある国の人間がこんなことを言いだした。「リミットは人間に危害を加える害虫である」と。元々人間と幾度となく争っていたリミット達は人間たちから腫物扱いをされており、排除することを問題視する声は上がって来なかった。もちろんその国では『異様な姿』であった私もすぐに目星を付けられた。両親は否定したが受け入れられず、私と共にリミットを匿っていたとして両親も捕まり奴隷のような扱いを受けるようになった。体を病んでいた母は作業の途中に倒れ、それを助けた父も酷い体罰に合い私の目の前で二人は死んだ。彼らに体罰を与えた人間たちは、またしても笑っていた。
理解が出来なかった。
また目を開けると、そこでは二人に体罰を与えた人間たちが全員死んでいた。さすがの両親も気が付いたらしい。死んだはずの自分たちが生きている。そしてその代わりとして彼らが死んでいる。
そう、私は生まれながらにして『リミット』だったのだ。
両親が振り返って私を見た時、初めて私に疑いのまなざしが注がれていることに気が付いた。
それから数日後、同じように奴隷とされた人間やリミットが次々と殺されたり息絶えたりしていった。それを見送りながら両親は再び辛い日々を送った。両親の手足は傷だらけでまともな治療も受けられず、膿んだ四肢は異臭を放ちひどく腫れていた。
それを見て思った。なぜそこまでして、生に固執させようとしたのだろうか、と。最初の村で死んでいたのなら、長年逃げ惑いながら細々と暮らすこともなかったし、ひどい奴隷生活を味わうこともなかった。そう、それは私が両親の死を『なかったこと』にしてしまったからだ。
私の能力は『過去に起こった事象を現実から排除』することだった。両親が死なない、つまりそれは死ぬ原因を作った者がいなくなれば現実にならないということ。そうして私は何人もの人間を両親の代わりとして殺してきたのだ。
翌日、両親が首を吊って死んでいるのが発見された。やせ細ったその手は離れないよう固くロープで繋がれ、その手の先に私はいなかった。
どうしてこうなってしまったのだろう。そうだ、私が彼らに出会ってしまったから。私がいなければ今もあの村で平和に暮らしていたのかもしれない。過去から排除すべきなのは、私自身――。
「おやめなさい」
声が聞こえた。男とも女ともとれる、不思議な声だった。目を開けると、そこは今までいた奴隷監禁所ではなく、最初に目を覚ました見知らぬ土地だった。
「君が消えたとて、未来は決して変わりません。彼らが死ぬことは決まっている事実。ただしその事実を捻じ曲げてしまえばそれだけの代償もいるし、彼らにはもっと過酷な未来が待っている。君が消えたとて同じ結果です。もう苦しませるのはおやめなさい」
そこにいたのは、女性のように美しい男性だった。長い黒髪を赤いリボンで結っている。
「君は生まれながらの『リミット』。今の時代リミットと言えど人間と混血し寿命は酷く短いものになりました。しかし生まれながらのリミットは人間よりもはるか数千年先を生きることが出来ます。僕たちは生きることも死ぬことも、許されない種族です。それでも生きなければならない。なぜなら君は、生きるために生まれてきたのだからね」
彼はそう言うと、俺に分厚い一冊の本を差し出して来た。
「その能力は使わない方がいい。この本を肌身離さず持っておきなさい。これからの君の能力は『過去の記憶のみを操作』すること。過去の事実は変わらない。変えてしまいたいほどの苦しい過去の記憶は、その時味わった“感情”を消すことでその人にとって重要な事柄ではなくなる。さあ、手に取って」
私はその人からその本を受け取った。
そしてその能力の初めての対象は、私だった。私の中から両親と得た様々な辛い記憶の感情を消していった。過去にさかのぼりながら手あたり次第消していくと、気が付いたころには両親から与えられたすべての感情がなくなっていた。それは怒りや悲しみだけではなく、私に注いでくれた喜びや慈しむ心、愛情も忘れ――。私は彼らに出会う前の私に戻っていた。
それから私はしばらくその人と一緒に行動した。少し時が経って、彼は私に唐突に言った。
「どうやら僕のせいで君の感情を欠如させてしまったようですね」
彼はそう言うと、私の額にそっと触れた。私の器のひとつに『感情』という能力をインプットしたらしい。感情を得た初めての時――私は何をしただろう。私は彼に、笑って見せたのだった。
なぜそうしたんだろう。理由はない。我が子が両親に笑いかけるように、私は笑った。
彼にあなたは何をしている人ですかと問うと、彼はリミットが安全に暮らせる国をもう一度ゼロから作っているのだと言った。そしてその国の名はパラドックスではなく『craft』というのだそうだ。
「新たなものを創造していける場所。僕らの未来を作る場所だよ」
その後リーダーとなった彼は、政治家の後押しを受けリミットを集めてクラフトを立ち上げたのだった。』
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