Episode.82 パラドックスの王
その先でも幾多の困難が待ち構えていた。複数人のパラドックス相手に奮闘する。まるで今まで戦ってきたパラドックスと、一斉に戦っているようなものだ。前線でダンテが応戦してくれるが、何度その手足が吹き飛んだか分からない。その度にるい太が即座に治療し、直後敵へと向かっていく。
万寿もまた相手と応戦しながら、託された銃弾を相手へと打ち込み続けた。全てが着弾したわけではなかったが、確実に彼女の残した弾は多くのパラドックスへと届いていた。殺しはしない。どれほど傷つけられようと。
――彼らはあくまでも、平和的終戦を望んだのだ。
◆
まもなくリーダーの部屋だ。そこにジョニィもいるだろうか。暗い廊下を進んでいると、その先に見慣れたシルエットあった。多くの争いの痕跡が残る血塗られた廊下に一人立ち尽くしているようだった。
「タンバ!」
ダンテがそう呼ぶと、彼は目を伏せがちに振り返る。
「ダンテ……。来ましたか」
「無事だったか! ジョニィは――」
タンバが瞳を向けた瞬間、咄嗟にダンテはその場に止まった。るい太も身を翻したが、一人勢いのまま止まれない万寿は、ダンテによって足を引っかけられ地面へと転がった。
「痛って……! 何するんですか、ダンテさん……!」
「お前……」
タンバは静かに剣を引き抜いていた。
「え……? タンバさん……?」
タンバはゆらっと体を揺らすと、迷わず剣を振り上げた。振り下ろされた矛先をダンテがはじく。
「そういうことかよ」
ダンテは万寿の前に立ちふさがる。万寿は慌てた様子で起き上がると、大きな背中からタンバを覗き込んだ。
「ダンテさん、一体これはどういう⁉︎」
「パラドックスを集めてたのはお前だな」
「え?」
タンバはずり落ちた眼鏡を押し上げながら答えた。
「いかにも。彼らが言う『パラドックスの王』というのは私のことです」
「そんな――!」
万寿は目を見開いた。なぜ、タンバが――裏切った?
「どうして……。どうしてこんなことを……!」
万寿の問いかけを聞きながら、タンバは廊下に伝う仲間の血を矛先で引き延ばした。
「どうして、ですか。私がこの殺し合いを望んだとでも?」
「違うんですか……? だって『王はクラフトを皆殺しにするつもりだ』って、捕まえたパラドックスが……!」
タンバは体中から生気を吐き出すように、大きなため息をついた。
「そうですね……。私は決してお互い殺し合いをするために彼らを集めていたわけではありませんが――。そういう名目で彼らを呼び寄せていたのは事実です」
「目的はなんだ」
ダンテが強く言い切ると、タンバは虚ろな瞳をかつての相棒へと向けた。
「『パラドックス』の復活」
「……⁉︎」
「いえ、勘違いしないでください。私が言う『パラドックス』とは、人間に復讐する存在のことを言っているのではありません。かつてのリミットだけが住まう天国のような国――『パラドックス』。私はそれを、もう一度実現したかったのです」
彼はそう言いながら、地上を見上げるように暗い天井を仰いだ。
◇
「『パラドックス』を、ですか」
リーダーは持っていたカップを傾けた。コーヒーの湯気が彼の視界を曇らせる。そんなリーダーを見ながら、タンバは落ち着いた口調で続けた。
「はい。クラフトは今、世界にヒーローとしてもてはやされ、人間たちから認められようとしています。このままいけばいつかは我々リミットも受け入れてもらえる日がくるかもしれません。ですが、人間たちによって深く傷ついたパラドックス達は、どうするべきですか?このままだと、彼らは排除されていく一方です」
「排除……」
リーダーはタンバの言葉を静かに繰り返した。そしてカップを机の上に置くと、組んでいた長い足を反対に組みなおす。
「そうですか。そう言う考え方にたどり着きましたか。それは、おまんじゅう君の影響ですか?」
「え……」
タンバは眼鏡がずり落ちているのも気にせず、リーダーの顔を見上げた。
「かつては痛みを取り除くことこそ、彼らを救う一本道だと君は言った。だからパラドックスになった彼らにとってリミットが不自由な世界であったら取り除いていたし、地上での生活が苦しければ新たな居住地を与えた。それは逃げることではない、新たな道を切り開くことだと。けれどそれは、本当に元の彼らであるのか。生まれ持った才能を奪い去ることは、個性の剥奪であり諦めではないのか。彼ほどリミットの本質と向き合い、個性を取り上げた人間は他にいなかったでしょうね」
タンバはそこでやっと眼鏡を押し上げて、ぽつりぽつりと話し出す。
「ツェッペリンにいて思うんです。こんなに美しい国はないと。誰も憎しみあわず、争わず、ありのままのありがたさを日々受けとめ生きている。けれど、それは私が作った人格だからです。それぞれの個性を作り上げた過去、それが痛ましいものだと言い取り除いて来たから。そうすれば苦しまなくて良くなるからと。けれどそれこそ、彼らが越えるべき壁だった。だからこそ、あそこは作られた国なんです。どこまでも続く水平線は、どこまでも続いてはいない。そんな海を見ながら日々考えるようになりました。こんなにも可哀そうな国はない、と」
「そして出した結論が『パラドックスの復活』ですか」
『パラドックス』。かつてリミット達が繁栄を極めた国。そこにはリミットとしての個性があり、中には小競り合いもあったかもしれないが、確かにリミット達は幸せであっただろう。そこには作られたものはなく、すべてが自然のまま残った世界なのだから。
リーダーはタンバの思いのたけを聞いたうえで、彼なりの答えを出した。
「そうですね。僕の正直な見解を伝えます。『パラドックス』を作った創始者の目から言うと、過去に戻るのは実に難しい事だと思います。時代は進み続ける。そして我々はその時々にあった方法で生きていかなければならない。確かに変革の時は辛い事の方が多いでしょう。ですが繁栄を極めたその元には、いつだって辛く苦しい時代があったものです。過去は美しく優しい。だからこそ、帰りたくなる。けれど、その時代に生きていた人であっても、幸せだったかと問われれば素直に頷くとは限らない。もっと素晴らしい未来があるのだと、そう願って死んでいったものも多くいたでしょう。だから交わりを求めた。もっと広い世界を見たくなったから。その先に、我々が求めるものがあると信じたから。しかし交われば交わるほどに考え方や生き方も増え続け、そこに衝突が生じるのは当然のことです。そして争いを極めたうえで思うのです。そうでなかった頃に戻りたいと。――ですが私はそれをお勧めはしません。例え過去に戻れたとして、その先にある未来はなんでしょう?そう、歴史は繰り返される。数百年後の今、きっと一人の少年が門を開く。もっと多くの世界を見たいと言ってね」
タンバは小さく頷いた。
「……リーダーの言いたいことは分かってるつもりです。進まないといけないってことも、幸せだけを求めることなんて出来ないってことも。だったら……。今は、どうするんですか? 未来に思いをはせて、今苦しい思いをしている彼らを放っておけって言うんですか……! 希望ばかりに気を取られていたから、苦しんでいる彼らを救い上げることも忘れ置き去りにした……! 辛いのは今なんです! 今の苦しみを取り除かずして、明るい未来はあるんですか! 辛いんだ、苦しいんだと叫ぶ彼らを! その言葉を聞かずして、望むべき未来はあるのでしょうか!」
タンバの強い訴えに対し、リーダーは小さい笑みを浮かべた。そして力強く頷く。
「そう言うと思っていましたよ。大丈夫。やってごらんなさい」
「え……?」
「すべてをひっくり返すことは、すぐには出来ません。まずは『パラドックス』達だけが集う『パラドックス』の世界を作ることから始めましょうか。しかし彼らは人間に対しても、それを擁護するクラフトに対しても強い復讐心を抱いています。そのほとぼりが冷めたところで、辛い歴史を語り継がれた人間たちは少なからず『パラドックス』に偏見を抱くでしょう。そう簡単に交われるものではない。罪のないパラドックスの子孫であっても『悪』と呼ばれる世界。だから決して交わってはいけない。それでもかまわないのなら、この世界で苦しむ彼らを救ってあげてください。けれどもしうまくいかなかったその時は――僕が責任を取りますよ。君は僕の子どもですからね」
リーダーはそう言って、優しく微笑んだ。その顔はまるで愛する我が子を見つめる、母親のようだった。
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