Episode.81 もう一人の戦闘組織
「見えた! 駆け込め!」
走り続ける三人の目の前に、重厚な扉は近づいていた。しかし後ろからは追っ手の魔物が迫っている。あと数十メートルなのに、このままでは全員掴まりかねない。
「先に行け!」
「ダンテさん……!」
ダンテはその場に立ち止まると、万寿とるい太を先に行かせた。万寿は一瞬足を止めかけたが、無理やりるい太によって腕を引っ張られる。
「止まったら駄目だ! 振り返るな!」
「でも……!」
万寿はここで立ち止まるということがどういうことかを、即座に理解する。そして血が滲むほどに歯を食いしばり、声を張り上げた。
「すぐに行きますから!」
「おう!」
背中越しに言葉を交わし、るい太と共に手術室へと飛び込んだ。パラドックスが入った痕跡はなく、部屋の中はきれいに保たれていた。
「時間がない……! すぐに能力インプットを図るよ!」
るい太はそう言いながら、忙しなくパソコンをたたく。万寿はその後姿を見つめながら、あることを提案した。
「あの。どうしても入れて欲しい能力があるんです」
「え?」
「二つ同時に能力を入れ込むことは可能ですか?」
万寿はジョニィの能力に加えて、もうひとつの能力を提示する。その言葉に、るい太は目を丸くした。
「なぜその能力を……」
「お願いします」
しばしの沈黙の後、るい太は頷く。
「同時に二つの能力をぶち込むとなると、かなり体にひずみが出るよ。頑張れる?」
「もちろん!」
万寿の答えが先かるい太の行動が先か、彼はすぐさま万寿の頭にコードのついた複数枚のシールを張り付けた。
「じゃあ行くよ」
「はい!」
るい太がゆっくりと後ずさりをした後、一つのボタンを押す。直後とてつもない衝撃が万寿の体中を走り抜けた。
「うああああああ!」
以前能力を埋め込んだ時とは、全く比にならない。まるで落雷にあったかのような電撃と痛みが果てしなく続いていく。数十秒後、耳を塞ぎたくなるような万寿の叫び声は収まった。すぐさまるい太が駆け寄る。
「大丈夫?」
万寿は顔をあげて答えようとしたのだが、それよりも先に酷いめまいと吐き気に襲われ思わずその場へと倒れこむ。身体が痙攣し、息もうまく吸えない。それでも必死に万寿は言葉を紡いでいた。
「だい、じょうぶ――このくらい……!ジョニィさんの痛みに、比べれば……!」
「おまんじゅうくん……」
るい太は万寿の顔からひょっとこの面を引きはがすと、自らのポケットから取り出した小瓶の中身を彼の口の中へと注ぎ込んだ。薬の効果なのか、次第に痙攣もおさまり、意識が鮮明になるのだが……。
「おええええっ! まっず! これまっず!」
違う吐き気が万寿を襲うのであった。
しばらくはとてつもない量の唾液が止まらない万寿だったが、めまいは軽快したのでその場に立ち上がる。全身を見渡してみるが、一見何も変わっていないように見えた。
「あの、どうでしょう? ちゃんと能力は入ってますかね?」
「試してみよう」
るい太は一つの戸棚を開けると、その中からひとつのハンドガンを取り出した。その他にも沢山の武器が収容されている。
「うわあ、すげえ」
その数に驚く万寿。普段使っている武器はここから持ち出しているのか。そう思ったが、真実は違った。
「ジョニィが使っている銃は、体の中のものを使って作り上げているんだ」
からだの、中……?
「えっと、それってつまり……?」
「まずは銃の骨格として骨を、表面を覆うのは鉄分含む血球、タンパク質、脂質、体液、筋肉組織……。とまあ、いろいろ混ざってはいるんだけど。とにかく一度骨の一部を引っこ抜いて利用し、そこは自然治癒能力でカバーするってこと」
それを聞くと、素直に差し出された銃を受け取りにくくなった。なんともグロテスクな銃だ。ではこれもまさか――。
「これは君が最初の任務の時に、ジョニィが使っていた銃」
「だとすると、これは……?」
「ジョニィの前腕骨」
そう言われると見方が変わる。おそるおそる手に取ってみた。銃など触ったことはないが、本物は随分と重たいと聞いた事がある。それにしては玩具のような軽さがあるように感じられた。骨で形成されているからか。それにしても、なぜわざわざそんなことを……?
「『武器生成』の能力は、ジョニィ自らが生み出した能力なんだ。基本武器の配給は、第三部隊に一任されている。けれど、過去に一度だけ配給が遅れたことがあったんだ。第三部隊のワープ作業には、誰にも見られていないことが最重要ポイントになる。けれどその当時彼女が戦っていた場所が、大人数の子どもがいる場所でね。逃げ遅れた子どもが多く残っていた。視線が集まる中、なかなか思うように戦えずにいたんだ。『銃を扱う』能力があっても武器がなければ戦えない。そして――救えなかった」
「え……」
「数人の子どもたちが死んだ。彼女は救えなった自分を悔やみ、ひどく恨んだ。そこからリーダーと協力し、この能力を生み出したと聞いてる」
彼女らしい理由だと思った。自分の体を犠牲にしてでも誰かを救いたいと願う、強い思い。突然、手に握られた銃が重たくなったように感じた。
「痛いですか?」
「……?」
「この武器を生み出すのは」
「……多分ね。顔色ひとつ変えない人だけど、骨を引っこ抜く訳だから」
万寿は今までの彼女の戦い方を思い出す。かつてのライフル銃何てものを作り出していたジョニィは、一体どんな気分を味わっていたのだろうか。
「よし。あとは、もうひとつの能力だけど――」
ドカン!
るい太が何かを言いかけた時、何かが扉をぶち破って飛び込んできたのが分かった。魔物が乗り込んできたかと目を凝らすと、そこには敵に吹き飛ばされたダンテの姿。壁に激突し、その衝撃で医療器具が飛散している。
「ダンテさん……!」
万寿はすぐさまダンテへと駆け寄った。息は荒いが傷の程度は軽いようだ。
「るい太からの薬、飲んでて助かったぜ」
突き破った扉の方を見ると、魔物たちがすぐそこまで押し迫っていた。ひとつ瞬きをした時には、勢いよくこちらへと飛び掛かってくる様子が見て取れた。思わず銃を構え引き金を引く万寿。しかしその手ごたえは随分と軽い。
弾、入ってない……!
咄嗟に時間を止めようとした次の瞬間、魔物は全て塵になり消えていった。
「あれ……?」
後から続いて向かってくる魔物も、この部屋の扉を越えた瞬間に姿を消していく。その理由をるい太が淡々と説明した。
「この部屋はパラドックスの能力を抑え込むことが、出来る唯一の部屋。もちろんのこと、魔物が入ることは出来ないよ」
「すごい……!」
「この部屋の中なら安全だろう。生きているクラフトメンバーがいたら、ここに避難をするように促しながら先へ向かおう。素直に従えばの話だけど」
万寿とるい太が話をしていると、ダンテが軽い足取りで立ち上がった。どうやら傷は癒えたらしい。彼は銃を握りしめる万寿を見下ろすと、小さく頷いた。
「よし、無事に能力は埋め込んだみたいだな」
「はい! おかげさまで!」
「じゃあここにもう用事はねえな」
ダンテはすぐにでも部屋から飛び出して行きそうな勢いだ。万寿は不安そうに右手に握られているハンドガンを持ち上げた。
自分が戦闘組織の代わりになる。そう決心した万寿であったが、何ひとつ迷いがないわけではなかった。今までさんざん助けてもらった、ジョニィはいない。彼女のように的確な判断の元行動できないかもしれないし、確実な攻撃を与えることも難しいだろう。戦闘組織における彼女の存在を、自分が補うことなど到底出来る話ではない。
それでも決めた。自分がやらなければ。ジョニィが託してくれた命だから。
万寿が一人銃と対話していると、るい太が横から数本のマガジンを万寿に差し出して来た。万寿はハッと我に返り、すぐにそれを受け取る。
「これは……」
「ジョニィさんの睡眠薬を弾状に変えたもの。万が一相手の頭に当たったとしても、脳細胞を破壊するほどの威力はないから安心して」
「はい……」
「実質、彼女からの贈り物ということで」
るい太の最後の言葉に、万寿は今一度覚悟を決めた。マガジンをありとあらゆるポケットへとねじ込む。
自分の背中を押してくれているのは、間違いなくジョニィだ。そう思った。
そうしていると、一人のパラドックスが鬼の形相でこちらへ向かってくるのが見えた。魔物が使い物にならなくなったので、直接殴り込みに来たのだろう。ダンテは真っ赤な目を見開いて突撃してくるバケモノを指さす。
「丁度いい。実戦練習だ。まずは初手、操作方法の説明! 相手がこの部屋へ入った瞬間に打って。相手は攻撃できねえから慌てなくていいぞ!」
「説明がゲーム脳過ぎますが、やってみます」
万寿は言われた通り銃を構える。パラドックスは両手に重たそうな鈍器を持ち、無我夢中で部屋の中に飛び込んできた。部屋に一歩踏み込んだ瞬間、能力が解けて一人の女性が姿を現す。
その女性には、見覚えがあった。そう、彼女は自分とは反対の道へと進んで行った、かつての幼馴染だったのだ。思わず引き金に添えた指の力が弱まる。自分の奥底にある恐怖で手が震えた。
……聞きたいことは山ほどある。なぜリミットに? なぜパラドックスに? だって君は信じないと言ったじゃないか。そんな話はくだらないと、もう聞きたくもないと。あの時確かにバラバラの方向を進んで行ったはず。なのに。なのにどうしてこんなところで――。
彼女の唇が何かを口ずさむと同時に、万寿は思い切りその指に力を込めた。
「ごめんね」
腕に伝わる衝撃と同時に、耳をつんざく銃声が響き渡る。まさに戦いの火蓋が切って落とされた瞬間だ。
弾は相手の右肩をかすめただけだったが能力が抑えられた肉体にはかなり強力だったのか、彼女はその場に倒れこんだ。息をしている。本当に眠っているだけだ。
「腕はそこそこだな」
「能力があれば確実に当たるって訳でもないようですね」
激しい胸の鼓動を必死に抑えている万寿を尻目に、冷静に分析をしている二人。
万寿は息を整えると、しっかりとした足取りで一歩を踏み出す。
振り返ってはいけない。例え彼女が幼馴染だったとしても。僕の名前を呼んでいたとしても。この悪夢を終わらせるためには、進むしかないんだ。
「行きますよ、ジョニィさん」
彼らは再び走り出す。もう一人の戦闘組織、ジョニィの元へ――。
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