Episode.78 万寿の夢想
怜也は何度か深呼吸をすると、声を震わせながらも話を続ける。
「ごめん、なさい……。そんな、大事なこと……僕だけ、知らずに……」
「仲間外れみたいにして悪かった。お前には言わないでくれって言われたんだ」
「るい太さんから、ですよね……? 知らないふりをしてろって、言われて……」
「いや、ジョニィからだよ」
「え……?」
その一言に、怜也の涙は引っ込んだ。
「お前は素直で優しいから、きっと今の自分を見たら己を犠牲にしてでも未来を変えようとするから。でも、それは決して良いことにはならねえ。ジョニィに言われたんだろ? ――運命を切り開くのはお前なんだ、万寿」
「そんな……、なんで……! 僕にそんな能力ないですよ。僕なんか、何もできなくて……。で、でも、出来ることなら何か……、僕がするべきことは……」
右と左に激しく揺さぶられる怜也を、ダンテは静かに見つめていた。受け入れたくない、それでも戦わなくては。自信はない、でも何かをしなければ。そんな彼に、ダンテははっきりとした声で告げる。
「忘れんなよ。お前はジョニィが守った命だ。何もできねえ訳ねえだろ。ジョニィはお前の未来を、信じてたんだからな」
その言葉に、止まっていた大粒の涙が零れ落ちる。
「僕は――」
ピピピピ
その空気を切り裂くように、両者の片耳から電子音が鳴り響いた。もちろん高堂には聞こえてはいない訳で、二人が突然顔色を変えたのを不思議そうに見ていた。
「ダンテさん……! これって……」
「いい、俺が取る」
ダンテは耳の機械を二度タップした。そして、何も、言わない。
「ダンテさん……? 一体何が……。ジョニィさん、見つかったんですか?」
「――マジかよ」
「ダンテさん……!」
ダンテはちらっと怜也に目配せする。怜也は不安に駆られながらも、自らの機械をタップした。するとそこからはいつもの第三部隊からの伝達の声は聞こえなかった。ただ人工的な機械音が繰り返し鳴っている。
《緊急事態発生》
《緊急事態発生》
「なんですか、これ……! ダンテさんっ!」
「……ジョニィか」
「え?」
直後電子音はぷつりと切れた。何度か機械をタップしてみるも、もう何の反応もしなくなっている。ダンテはその場に立ち上がった。怜也は思わず縋りつくように、ダンテの腕を握りしめる。
「ジョニィさんが……、どうしたんです?クラフトは……!」
「落ち着いて聞け、万寿。――クラフトが襲われた」
「え⁉︎」
それには怜也よりも高堂の方が、大きな声で反応した。
「クラフトが襲われたって、いったい誰に⁉︎」
「言っただろ。ジョニィだよ」
「ジョニィさん……⁉︎ でもなんで――!」
「説明は後だ。移動するぞ」
「え⁉︎ どこへですか⁉︎ クラフトにワープするってことですか⁉︎ そこにジョニィさんが――」
混乱を隠せずにいる怜也。ダンテは怜也の手を振り切るようにして廊下に駆け出したが、ふとその足を止めた。そして這いつくばるようにして追いかけて来る怜也を振り返る。ダンテの真っ直ぐな瞳が、座り込む怜也へと容赦なく降り注いだ。
「いいか、万寿。これから俺たちは、ジョニィの顔をした別人と戦うことになる」
「……っ」
「戦えるか」
「それは――」
怜也は答える代わりに、視線を地面へと落した。
戦えるだろうか。彼女と。そこにいるジョニィには、共に戦った記憶も、笑いあった感情も、その片鱗すら残っていなくて。だが確かに『彼女がいた』という事実だけ突き付けられる。止められるか。自分に。
怜也が答えを出せずにいると、突然ダンテは吹っ切れたように大声を張り上げた。
「あーもう分かった! お前は一回――万寿になれ!」
「……へ⁉︎」
「止まった時間の中で冷静に考えろって言ってんだよ! テメーの脳みそ餡子詰まってんのか!」
「詰まってませんよ!」
だがそのやり取りで怜也は少しだけ我を取り戻した。そうだ、こんな時こそ落ち着かなければ。自分はもう部屋に引きこもっていただけの坂下怜也ではない。第五部隊の一人、万寿なのだ!
万寿はひとつ深呼吸をすると、十二秒間を自分の為だけに使った。
☆ ☆ ☆
僕は一年前、なぜ第五部隊に入ったのだろう。
全く自分に関わりのない人であったとしても、自分へ不都合になることがあったとしても、迷わず僕を救ってくれたジョニィさんのようになりたかった。能力があることで人を見下したり見くびったりすることはなく、命に対して誠意を尽くすダンテさんのようになりたかった。
二人は強くてかっこよくて輝いていた。常に真っすぐで心の強い人たちなのだろうと思っていた。自分とは違う存在。だから憧れた。でも彼らは人を救いながら、本当の自分を殺していたんだと思う。
もっとも人目に触れられ、人から頼られ、あこがれ続けなければいけない存在だからこそ、強い自分を偽り続けなければ。
【ならねえ方がいいよ、俺みてーなやつ】
【ならない方がいいさ。僕みたいな奴】
二人とも、本当は自分を信じられなくなるくらい弱い存在であることも知っている。本当は怖くて暗闇で膝を抱え込んでいたい時だってあるのに、ひとつもそんなそぶりは見せないで平気なふりして戦って。
自分ではなく、誰かのために戦って。
だから、かっこよかった。だから、幸せになって貰いたかった。僕は彼らのために何が出来るだろうか。二人みたいにかっこよくはなれないかもしれないけれど、僕にも出来ることがあるはずだ。
最近やたら声が聞こえて来ていた。まるで自分じゃない誰かが自分の中に入り込んでしまったかのようだった。その声は正義と悪の真意を問いかけて来ていて、苦しみながらも生きることに全力で立ち向かっているような、痛くて悲しい歌声だった。
――あれはきっと、ジョニィさんだ。
リミットだから傷つけられた。リミットは人を傷つけるから、人間を守るために傷つけた。ならばリミットにとって、傷つけて来る人間ははたして正義なのか。
虐めていたから悪なのか。虐められていたなら正義なのか。ならば虐められていたことを理由に自らを傷つけ、蔑み悲しむことも正しいことなのか。学校に行くことが正義なのか。部屋に閉じこもることは悪なのか。悪にならざるを得ない過去を奪った時、暗闇に覆われていた心には愛があることも知った。愛して欲しいから、気づいてほしいから、だから悪にならざるを得なかった。じゃあそれは本当の悪なのか。
そうだ、僕はそこに正義とか悪とか、正しいとか間違っているとか。自分の価値観だけで真実を落とし込むことが、おかしいことだと気が付いていたんだ。善悪を理由に他人の命を奪うことなど、あってはならないこと。
きっと分かり合えるよ。同じ人間だから。人間とリミットは幾度となく争いを続けるけれど、ちゃんと愛する心も持っているから。
だからこそ僕は届けたい。誰かの命を奪ってしまう前に、自らを傷つけてしまう前に、酷く傷ついたその心に。
もう大丈夫だよって。一人じゃないよ。僕が赦してあげるから。もしも誰かを傷つけてしまったのなら、僕が全力で叱ってあげるから。あなたの命を諦めたりはしないから。
どうかその命が生きることを赦してあげてほしい。そしていつかはきっと、笑ってください。
【いいかい?運命を切り開くのはお前だよ、万寿】
僕は望んでいる。命を奪う方法ではなく正しい争いのやり方で、お互いを認め合い尊重し、人種を越えて。いつかきっと、皆が笑っていられる世界がくることを。
僕は信じている。
☆ ☆ ☆
万寿はゆっくりと目を開いた。まっすぐな瞳で、ダンテを見上げる。
「行きましょう。ジョニィさんの所へ」
万寿の声を聞くと、ダンテは白い歯を見せて笑いながら大きな手を差し出した、万寿も自らの手を差し出す。振りかぶり強く交わされたハイタッチの音は、狭い廊下に長く響き渡っていた。
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