Episode.77 終わりの始まり
あれから何も起こらないまま、また夏休みが来た。時々クラフトに顔を出しに行ったが、第五部隊の部屋は空っぽだったし、るい太にも会えなかった。タンバなら何か知っているかと思って訪ねてみたが、会いに行く度不在だと言われた。
去年の夏、僕は何をしていただろう。確か補習になって、ダンテに勉強を教えてもらって、高堂と一緒に学校へ行って――。もちろん楽しい事ばかりじゃなかったけれど、暗い部屋で閉じこもっていた自分を振り返れば、きっとここは自分の望んだ明るい未来だったはずなんだ。
怜也はぼんやりと農作業に勤しんでいる高堂の姿を、道端に座ってみていた。しばらくそこにいたが、しびれを切らした高堂が怒鳴り声を上げた。
「暇なら手伝えー!」
「――っ!」
物思いにふけっていた怜也も我に返り、慌てて立ち上がる。
……そうだ、じっとしているから考えてしまうんだ!動こう!
怜也は決して汚れても構わない服装はしていなかったが、無我夢中で田んぼの中を進んで行った。
真夏の日差しを受けぐんぐんと成長した強い稲の束を見ていると、なんだか急に未来が楽しみになって来た。考えすぎて今ある現状に目を向けられずにいたが、もう考えるのはやめよう。今ある現実が幸せならそれでいい。それに気が付けるほどに充分悩んだから――。
少し前向きになった怜也。その直後、この田舎にはそぐわないマフラー音が鳴り響いた。ふとそちらを振り返ると、田んぼの横に大きなバイクが一台止まっている。真っ赤な大型バイクだ。その上には真っ黒な長袖長ズボンで身を隠す一人の男が乗っている。顔が見えないので男かどうかは定かではないが、身長の高さからおそらく男なのだろうと推測した。
「知り合い?」
高堂を振り返りと聞いてみるが、彼も首を横に振った。バイクの男はエンジンを切るとその場に降り立つ。そしてフルフェイスのヘルメットを付けたまま突然こちらに向かって大きく手を振って来たのだ。怜也と高堂は改めて目を見合わせてあたりを見渡すが、やはり二人以外誰もいない。
「じいちゃんの友達かな」
「どんな友達だよ」
そんな話をしていると、男はやっとヘルメットを取った。
「暑いのに元気だな、お前ら! やっぱ若いっていいねえ!」
「ダ……、ダンテさん――っ⁉︎」
怜也は高堂から渡されたばかりの軍手を、そのまま土の上に落下させた。真夏の太陽にはまぶしすぎる彼に、怜也は思わず駆け寄る。
「ダンテさん! どうしてここに!」
「お、そのセリフは二度目だな。でも今回は散歩じゃねえぜ」
「知ってますよ!」
怜也はひとまず田んぼから出ようと足を持ち上げるが、慌てているのかうまく抜け出せない。もたもたしているその様子に気が付いた高堂は、自分が先に上がって怜也に手を差し伸べた。がっちりと手を繋いで助け合っている二人の様子を横目に見ながら、ダンテは顎に手を当てている。
「ジョニィさんは……!」
ダンテの元にたどり着いた怜也は、すぐさまその言葉を放っていた。
「ジョニィさんは、一緒じゃないんですか⁉︎」
怜也にとっては当たり前の質問だった。あれだけ一緒にいた二人が、どうして今離れ離れなんだろうか。いつだって電話の先では一緒だった。クラフトに来るのも、街に出かけるのも常に一緒。ジョニィが大学やイベントに行く時以外で、彼が傍を離れることはないはずだ。なのに――。
そう言いながら、怜也の頭の中では「同人誌買いに行ってるよ」と笑ってくれと願っていた。しかし不安とは的中するものである。
「いなくなった」
「え……」
ダンテのその一言に、頭の中が真っ白になった。一体どういうことだろう。いなくなった?
「常に傍を離れねえようにしてたんだけど、さすがに風呂場までは覗けねえからな。風呂入りに行ってから随分と戻って来ねえなと思ったら、もうそこにはいなくて」
「どこに……、行ったんですか」
「さあな。それが分かったらこんな焦ってねえよ」
怜也にはダンテが焦っているようには見えなかったが、ここに来たと言うことはそれなりに緊急事態だと思案した結果らしい。
「クラフトには……?」
「もう確認してる。どういう訳か位置情報がつかめねえ。確認が取れ次第、連絡が来る。るい太にも電話したんだが一向に繋がらねえし、お前にもと思ったんだが――。まあ、お前とは直接会って話しとくべきだと思ってな」
ダンテはいつもの笑顔を浮かべた後、これ見よがしに額の汗をぬぐった。
「しかし暑いねえ」
その様子を黙ってみていた高堂。さすがに無言を決め込んでおくことにいたたまれなくなったのか、ダンテに声をかけてみる。
「あの……、急いでなかったら中にどうぞ。行くところあるなら、いいんですけど」
「あ、そう? 悪いね」
絶対に悪いと思っていない顔を浮かべながら、ダンテはすぐさまバイクを道の端へと寄せていた。高堂は勝手にリミット同士の話に割り込んで良かったかなと不安げな顔を浮かべ視線を落とすと、突然ダンテに頭をぐしゃぐしゃと掻きまわされた。
「うわあっ⁉︎」
「――お前に合うのは二度目だな」
「二度目……?」
「良い顔になったじゃねえか。クソボウズ」
「……っ」
「よし! 助けられた好でちょっと付き合え! 安心しろ! 戦いには巻き込ませねえからよ!」
ダンテはそう言いながら、既に高堂の家の玄関を問答無用で開けていた。立ち尽くしている高堂に、怜也がこそっと声をかける。
「ああいう人だから」
だが返事はない。よく見ると彼の輝く瞳にうつるのは、銀髪男の大きな背中。
「なんか、かっけえー人」
怜也は不安や焦りを通り越して、少しだけ呆れたように肩を落とすのだった。
ああ、ダンテ信者がここに誕生……。
エアコンの効いた一室に入ったダンテは、すぐに上着を脱ぎ捨てた。中はメッシュ生地になっているものの、やはり真夏に長袖長ズボンはきついらしい。
「ちょっと失礼」
ダンテはテーブルの上にある団扇を手に取ると半裸の上半身を仰いでいる。その肉体美に麦茶を注いでいる高堂が魅せられて、怜也に止められるまでコップからお茶を垂れ流していた。
麦茶をたらふく流し込んだダンテは少し熱が冷めたのか、団扇を机の上に戻しその前へと座った。怜也と高堂もダンテと向き合う形で座る。ダンテは怜也の顔を見ると、さっそく話し始めた。
「刑務所で何が起こったのか、だいたいのことは理解してる。お前、未来から戻って来ただろ?」
「……はい」
その言葉に素直に答えると、高堂は驚いた顔をして怜也を見つめた。
「やっぱりな。ジョニィが攻撃された時、額に呪印が出ていたのを見た。あれはジョニィの中に隠された能力を封じ込めるための呪印なんだ。能力発動時でもないのにあれが出ているということはつまり、呪印の力が解かれ能力が解放されたってことだ。その能力こそ『時間を戻す』能力」
やっぱりそうだ。るい太の推測はあっていた。怜也は落ち着いた様子で頷いて見せる。
「だがその能力は本来アイツのものじゃねえ。アイツの中に『憑りついたリミット』のものと言った方が正しい」
憑りついた……? 呪いを封じていると言ってはいたが、一体どういうことだろうか。そこでやっと怜也はダンテに疑問を投げかける。
「憑りついたって、一体何がですか?」
「さあ。悪いがそこまでは俺も知らねえ」
ダンテのその言葉に、怜也は思わず前のめりになった。
「知らない……? ダンテさんが呪印を施したんじゃないんですか⁉︎」
「なんで俺が。俺にそんな能力ある訳ねーだろ。あったらとっくの昔に使ってるわ」
その言葉を聞いて、怜也はなぜだかものすごい安心感を得た。ジョニィに呪印を施し何かしら企んでいるのではというとんでもない想像は、単なる絵空事にすぎなかった。怜也は大きなため息をつくと元座っていた場所にへたり込む。
「良かった……。僕てっきり、ダンテさんがジョニィさんを操って、クラフトを裏切ろうとしているのかと……」
「あ? なんでそうなんだよ」
「だってジョニィさんのことになると、すぐ邪魔したり核心に迫らせないようにしていたというか」
「そんなことしてたか?まあ、ジョニィが嫌そうにしてたら止めてたけど」
……嫌そうだったんだ。
ともかくダンテが黒幕でないことは明らかになった。とすると、ジョニィの体に何が起こっているのか。事の真相に迫るため、話しの続きを促した。
「それで、その憑りついた能力がどうして勝手に?」
ダンテは少しだけ眉間にしわを寄せた。
「万寿。ジョニィは死んでる。それは事実だ」
「え……? でも、ジョニィさんは確かにまだ生きて……」
「そう見えているんだよ。これは俺の推測にしか過ぎないが、『何かしらのきっかけ』でもうひとつの人格が動き出し、時を戻したんだ。おそらく『ジョニィの死』がトリガーになっていたんだと思うが――。その事実を消すために、今のジョニィを無理やり生かしている状態にしているんだよ。それがどういう原理で成り立ってるのかは分からねえが、結局のところ死滅した脳細胞を完全に修復することは出来ずにいる。ジョニィの肉体に不調が現れ始めたのが、その結果だ」
ダンテの言葉に万寿は頷く。確かにその推測に間違いはなさそうだ。実際ダンテが死んだ世界線でも、ジョニィは直後命を落としているのだから。
「最初に出た不調は、眠れないってことだ」
「眠れない……?」
「脳を破壊されたことが原因かもしれねえ。だが壊れていてもジョニィの人格は残っているし、幾多の情報がその脳みそには送り込まれるだろ。頭の整理が出来ないことで、ジョニィの人格はいとも簡単に破壊されていった」
「それで、るい太さんのところから睡眠薬を……」
「最初はな。それで少しは落ち着いてくれてたんだが、さすがに量も増えて来たしさすがにまずいとは思ってた。そしたらるい太が直接来てジョニィに合った睡眠薬を調合してくれたよ」
それはおそらく、怜也の家にるい太が訪ねて来た後の出来事だろう。
「じゃあ、ジョニィさんの状態をるい太さんは知ってるんですね」
「まあな」
怜也はそれを聞くと、少しだけ寂しそうな顔をした。
結局知らなかったのは、知らないふりをしていたのは、僕だけだったんだ……。
「その後はなんとかジョニィの人格は保たれていたが、次第に俺の知らない話をするようになった」
「それって、つまり……」
「いよいよ自分の記憶なのか、憑りついた奴の記憶なのかが分からなくなってきたんだ。そしてだんだんとジョニィの身体を操る主体が入れ替わり――、ジョニィという人格は完全に消える」
怜也は聞きたくもないがちゃんと確認しておくべきだと、改めて聞き直す。
「いなくなったということは……ジョニィさんの人格はもう、なくなったということですか?」
ダンテは少し間を置いて、落ち着いた口調で答えた。
「……少し前からおかしいとは思ってたんだ。やけに笑ったり饒舌に話し出したり。大好きだった同人誌も読まずに、分厚い本ばっか読んでてな。でも、信じたくねえだろ?もうそこにジョニィはいないんだって。目の前で生きてんのはジョニィなのに。でも――ジョニィはもう、いないんだよ」
彼は最後の一言をかみしめるように言った。怜也にはもう、耐えられなかった。込み上げる感情とあふれ出す涙が、ひどく心を揺るがせた。泣いている場合ではない、しかし泣かずにはいられない。その狭間で揺さぶられながら、怜也は声をしゃくりあげる。
けれど不思議と、心の隅には冷静な自分がいた。ならば今後どうすべきか、しっかりと話し合うべきだと前向きな自分が。
どこかで「立ち止まってはいけない」と誰かに背を押されているようだった。
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