Episode.76 終わらない疑念
怜也は意を決して口を開いた。
「刑務所であったこと、覚えてますか?ジョニィさんが頭を攻撃された時のこと」
「うん、もちろん」
「死んでしまったと思ったんです。でも無事でした。なんでか理由は分からないけど、ジョニィさんの額に出てた変なマークが守ってくれたのかなって……」
そう考える以外に彼女が無事であったことを、証明できるものがなかった。怜也は恐る恐る言葉を続ける。
「あと、信じて貰えないかもしれないけど――。僕、未来から戻って来たんです。ジョニィさんと僕だけその時の記憶があって、時間が戻る前は――。ダンテさんが……、その……。ダンテさんが、こ、ころ……」
続きの言葉が出ない。あの情景を思い出しただけでも寒気がした。それ以上語ることは出来なかったが、るい太は何が起こったのかをある程度理解したようで、代って言葉にしてくれた。
「ダンテさんが殺された。そしてジョニィさんが時を戻し、ダンテさんの代わりになった。けれど死んだはずの彼女は生きていた。でも、どこかおかしい。ダンテさんの行動も、ジョニィさんの体調も。そういうことだよね」
それに怜也は強く頷いた。あふれ出す情報に混乱と戸惑いが隠せず、目にうっすら涙を浮かべて怜也は顔を上げた。
「ねえ、るい太さん。あのマーク何なんですか? 一体何が起こってるんですか? ジョニィさんが眠れないのはあの印のせい? 元に戻るんですか? このまま死んじゃったりなんかしないですよね⁉︎」
一度話せば次々にあふれ出してくる不安。るい太は少しずつひも解くようにゆっくりと話し出す。
「おまんじゅう君。落ち着いて聞いて。あのマークは、呪印だよ」
「呪印……? 呪いってことですか?」
以前蜘蛛頭と対峙した時にもあった。相手の攻撃によって何かを施されたということだろうか?
「呪いを受けているというよりも、呪いを抑え込んでいるって言った方が近い。その呪いの持つ力が『時を戻す』というものだった。あそこまでして封印していたということは、目覚めてはいけない能力だった。実際ジョニィさんに起こるはずだった”死”という概念を捻じ曲げるほどの強力なもので、彼女自身にも異常をきたしているしね」
「じゃあその呪印を与えた人物は、こうなることを予知していて、彼女を守るために……?」
「……」
「それって一体……、誰なんですか?」
それにるい太は静かに首を横に振る。
「僕も知らない。でも彼女に呪印を与え、隠すように指示した人物を――ダンテさんは知っている。だから黙っている。ジョニィさんの体の中で起こっていることも、理由が露呈すればクラフトが今のままでいられなくなるってことも、全部分かってしまっているから」
「それって……」
怜也は震える声で続ける。
「ダンテさんは――、ジョニィさんを、どうしたいのでしょうか」
その言葉に、るい太は返事をしてはくれなかった。
想像もしたくないことが、怜也の頭の中いっぱいに広がっていた。
常に彼女の傍にいたのは誰だっただろうか。彼女の身の回りのことを把握していたのは? 彼女の核心に迫ろうとした時、いつも遮ってくるのは誰? 知らないふりをして笑ってごまかすのが上手で、いつも素直で真っ直ぐで、太陽のようにまぶしい彼が……。
彼女を利用している?それとも彼女を護るために、すべてを壊そうとしているのだろうか。
「ごちそうさまでした」
収まりきらない不安と考えたくもない恐怖に犯されていると、るい太は淡白な言葉とさわやかな笑顔を浮かべて立ち上がった。思わず現実に引き戻される怜也。
「え、ちょっとるい太さん! 帰っちゃうんですか⁉︎」
「聞きたかったことは聞けたし」
「いや、僕のもやもやは何も解決していませんけども⁉︎」
そこまで話しておいてそれはないよ!と突っ込みたくなる怜也であったが、るい太はそそくさ玄関へと向かって行く。怜也は長時間正座をしていたものだから畳に二度三度すっ転びながら、大急ぎでその後を追った。
「るい太さん!」
「大丈夫だよ、すぐにどうこうなる話じゃないし」
「でも! なにか出来ることがあるなら僕もしたいです!」
「そうだな。じゃあ何も知らなかったことにして」
「そんなあ!」
るい太はくすりと笑うと、怜也を振り返る。
「ねえ、今の君は本物の君だと証明できる?」
「え!」
あいも変わらず人の心の中にずかずかと入ってくる人だ。未来を捻じ曲げ塗り替えられた世界にいる自分が、全く別の存在なのではないかと高堂に相談したばかりだというのに。
怜也はるい太からそう言われて、自信を持って答えることが出来なかった。
「それは、その……っ」
「おまんじゅう君。未来はね、変わらないよ」
「え……」
再びジョニィの言葉がこだまする。
【未来はもう決まってしまっている。何事も、なるようにしかならないんだ】
「君の前にいた世界で一体どれだけの人が死んだのか分からないけれど、この世界でも同じだけの命は消えて時は流れていくんだ。君の大切な人が死んでいなかったとしても、死んでしまった命を悲しむ人が他に移っただけで事象自体は変わっていない。辛い事を他人に押し付けて、見ないふりをしているのと一緒だよ」
その言葉に、怜也は目を伏せた。
もしるい太の言っていることが本当だったとしたなら、ダンテの代わりは誰だったのだろう。ジョニィは代わりになると言ったが、その死が捻じ曲げられてしまっていたのなら?
――代償となる命は一体、誰のものなのだろうか。
るい太は玄関を開けた。目の前は地面を激しく打ち付ける雨が降り続いている。
「ねえ、おまんじゅう君」
るい太は消え入るような大きさで声をかけた。轟音の中、怜也は確かにその言葉を聞く。
「君がもし過去に戻れたとしたら、君はまたクラフトに入る?」
一瞬、雨の音が止んだ気がした。
「じゃあ、またね」
「あ、るい太さん……! 傘……!」
咄嗟にるい太を追いかけたが、彼は雨の中既に姿を消していた。
怜也は玄関の扉を閉めると、その場に座り込む。
大切なものが、今まさに壊れている音が聞こえる。けれど、自分は見て見ぬふりをして、知らないふりだけをしていろと言われた。本当にそれでいいのだろうか。仲間を疑ったまま、終わりがくるのをただ待ち続けているだなんて。
過去に戻れたとしたら――。僕は、またこの世界を選ぶのだろうか。
怜也は祖母が家に帰ってくるその時まで、ずっと玄関に座り込んでいた。
◆
結局あれから特に変わったことは起きていない。相変わらず、パラドックスの出現はない。逆にそれがジョニィの容態を悪化させている原因である気さえしてきて、平和であることはこんなにももどかしいものなのかと一人焦燥感に襲われていた。
学校ではまだまだクラフト人気が治まることはなく、今日もまたクラフトマンチョコ開封の儀が行われている。そんな中、クラスメイトが自慢げにひとつの箱を取り出した。
「なあこれ知ってる? クラフトマンカード使ってバトルできる新しいカードゲーム!」
「なにそれ、おもろそう」
その声にあっという間にクラスメイトは彼を取り囲んだ。
「リミット同士戦わせんの?」
「それも可能だけど、基本的にはクラフト対パラドックスって形。それぞれ連携プレーとかも出来るから同じチームでデッキ組んだ方が有利だし」
複数人のクラスメイトの声が聞こえた。怜也は最初、なんだまた真さんが新しく開発したのか、くらいにしか思っていなかったが、ある一言で現実に引き戻された。
「じゃあ正義対悪ってことね」
正義と、悪……?
思わず椅子から立ち上がる。その音に数名のクラスメイトが振り返ったが、高堂が間に入って彼らの視線を遮った。なぜならば、とてもじゃないがカードで盛り上がるクラスメイトの輪に入りたそうに見ていたのだとごまかせない程の、人を睨みつける実に恐ろしい顔を怜也がしていたからだ。
「なあ、売店行こうぜ」
ほぼ無理やり怜也の腕を引き高堂が教室を出ていく。それを確認したクラスメイトは、すぐにカードゲームの話に引き戻されて行った。
「ごめん」
廊下へでた高堂に、怜也は素直に謝った。その顔は虚ろで、頭の中で色んな情報がぐるぐると回っているようだ。高堂はそのまま人気の少ない裏庭に向かった。休憩時間ももうすぐで終わる。教室へと戻る学生と反対方向へ迷いなく進む高堂に、怜也は黙ってついて行った。
「俺が聞いていいことなのか、分かんねえけどさ。なんかあった?」
高堂の言葉に、怜也は何から言っていいのか分からなかった。今内輪で起きていることが真実かどうかも分からないのに、大事にするのはまずい。だからもうひとつの問題について言葉を続ける。
「高堂たち人間にとって、パラドックスはやっぱり悪なの?」
「あ? あー……。まあ、人襲ってるし、悪なんじゃねえ?」
それに怜也は何度か頷く。
「そうだよね。まあ、僕もパラドックスがしていることは止めなければいけないことだと思っているし、クラフトと対立しているということで敵だということは認識してる。でもね、高堂。パラドックスは何も、人を殺したくて殺してる訳じゃないんだよ」
「……」
「殺さざるを得なかった。それほどに彼らを追い詰めたのが原因なんだ。じゃあ、それをしたのは誰なんだろう」
「まんじゅう、お前……」
「最近、頭の中で色んな事がグルグル回ってるんだ。もちろん多くの人に手をかけたパラドックスを見過ごすわけにはいかない。僕は彼らを止めたいと思ってる。でも、誰しもがパラドックスになる可能性はあるんだ。それは彼らが導き出した答えなんだ。簡単に悪だなんて決めつけないで欲しい。だって彼らは生きるのに一生懸命なだけで、最初から人を殺したかったリミットなんて一人も――」
「まんじゅう!」
高堂の声で、怜也は我に返った。
「あ、あれ? 今僕何を――。なんで裏庭に? もう授業始まっちゃうよ?」
怜也は周囲を見渡しながら、何度も瞬きを繰り返す。高堂はそんな怜也の様子を見て、そっと怜也の肩に手を置いた。
「ちょっと、休めよ」
「え? あ、ちょっと!」
「今は一人で、考えた方がいいと思う。俺は人間だからきっと――お前の求める答えは出せねえよ」
高堂はそう言うと、怜也を一人そこに残したまま歩いて行ってしまった。怜也は追いかけることも出来ず、ただその背中を見送る。
やはりリミットと人間は、一生分かり合えないのだろうか。
怜也は近くにあったベンチへ腰を下ろすと、すっかり緑に覆われたサクラの木を見上げた。
もしもダンテがジョニィを利用して、何かを企んでいるのだとしたら。もしそれがクラフトに対する反逆行為なのだとしたら。
――僕は彼らと戦うことが出来るのだろうか。仲間として止めてあげることが、僕に出来ることだと思っていた。けれど、その前にちゃんと話がしたい。理由を聞けば、僕はダンテさんのことを許せるのだろうか。もしダンテさん側についたとしたなら、それはクラフトの敵になるということ。だったら僕は、悪なのか?信じてきた仲間も悪?それとも元々、クラフト自体が悪だったのか。だとしたら、人間を襲うパラドックスが正義?
悪なんて――。いとも簡単に作り上げられるものだ。もしもパラドックスが正しい組織であって、全て偽物の世界を悪にでっち上げられているのだとしたら。僕たち全員騙されているだけなのだとしたら。
「それでもやっぱり……、僕はクラフトに入りますよ、るい太さん……」
怜也はその日、その後の授業を全てサボった。
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