Episode.74 桜の木の下には
「ねえ高堂、サクラの名所って知ってる?」
「はあ?」
「なんで僕がこんなことを……」
昼休憩中、学食でラーメンをがっついている高堂にそんな言葉を漏らした。怜也はスティックパンをかじりながら、ぶつぶつと呟いている。
「何、お花見でもすんの」
「まあ、そんなとこ」
「場所取りか」
「うん」
「誰かにパシられてんの?」
「んな馬鹿な」
善意ある提案だと思ってはいたが、高堂の今の一言でやはり面倒ごとを押し付けられただけなのではと疑念を抱いた。素直に何でもハイハイと聞くもんじゃないなと思いつつ、受けてしまったからと性懲りもなくやってしまうのだから相手の思うつぼである。
「まあ、お前がやりてえならやればいいけど」
「お花見自体は楽しそうだからいいんだけどさ。せっかく皆を呼ぶなら有名なところとかがいいかなって」
「皆って?」
「クラフトのメンバー」
「何それ、おもろ。俺も行っていい?」
「良いわけないだろ」
あっさりとした返事に「なんだ、ちゃんと断れんじゃん」と高堂はケラケラと笑っていた。
熱々のスープを胃袋に収めた高堂は、律義に両手を合わせた後に答えてくれた。
「市内の方に有名なところがあるってこの前親父が言ってたぜ。花見でもするかって言われたから、女もいねえのにつまんねえって断った」
「嘘つき。爺ちゃんの畑が心配だからって素直に言いなよ」
「うるせーな! 今の話無かったことにすんぞ」
「ごめんなさい、教えてください」
高堂の話によると、怜也が住んでいる地方から市内まで出ると全国でも有名なサクラの名所があるという。場所取りに出向くとしても、近場だと第三部隊に何度もお世話にならなくて済む。
「朝親父に乗せて行って貰えば?職場の近くらしいから。俺言っとくよ」
「ありがとう高堂! 本当に!」
「お礼はクラフトマンチョコ半年分でいいから」
「広報部に掛け合っとくよ!」
「マジにすんなよ」
こうして怜也は無事お花見の場所を確保したのであった。
◆
怜也は高堂の父の車に揺られ、目的のサクラの名所と言われている公園前へと向かっていた。目的地に到着し帰宅時間を確認すると、離れ行く軽自動車に深くお辞儀をする。振り返り確認したその公園内では、すでに五部咲きのサクラの下で数名が花見を始めていた。あまり人目に付きやすい場所よりは、隅の方でひっそりとする方が無難かなと公園を奥の方へ向かっている最中、向かいから歩いてくる二人組に視線を奪われる。
あの銀髪はまさか――。
そのまさかである。二メートルほどある長身と銀髪。隣に黒髪の少女を連れて歩く男を、怜也は彼以外に見たことがなかった。怜也が声をかける前に、案の定向こうから気が付いて手を振って来た。
「よお、奇遇だな」
夢か幻か。紛れもなくそれは、ダンテとジョニィ。
「ダンテさん……! どうしてこんなところ歩いてるんですか!?」
「別にただ散歩してただけだろ。お前こそ何してんだよ」
特に驚くでもなく彼は飄々と返事をした。あの事件以来こうしてちゃんと顔を合わすのは久しぶりだ。なんだか少し気まずいなと思っていると、ダンテがニヤニヤしながら肘で小突いて来た。
「何。真姐さんのパシリ?」
「パシリって言わないでください! お手伝いです!」
「まあ、ここのサクラは綺麗だからな。皆喜ぶだろ。酒もすすむって奴だよな」
「お花見の件ご存じなんですね」
「そりゃ毎晩しつこく絶対参加! って連絡来るからな」
会話の途中、怜也はちらっとジョニィの方に視線を移した。彼女は何を言うでもなく、口元までチャックを閉めたジャージに顔を落とし込んでいた。なんだか目が少し虚ろで、いつもの覇気は見られない。
「ジョニィさん……?」
「んじゃ、俺らはこれで」
ダンテは早々に話を切り上げると、ジョニィを連れて公園から出ていく。
「え⁉︎ ちょっとダンテさん! 結局一体何しにここまで……」
「あ? だから散歩だって」
「散歩って、ここウチの近くですよ」
「俺だってウチの近くだっての」
「え?」
「何とぼけたこと言ってんだよ。お前ん家は大都会のど真ん中だろうが」
「それって、つまり――」
そう、怜也は引っ越したことにより、ダンテ達と同じ地域に住んでいたのだった!
「嘘でしょ! ダンテさんここらへんに住んでるんですか!」
「何お前引っ越したの。いいじゃん、都会より落ち着くだろ。今度俺んち来てピザパーティしようぜ」
「いや、また大食いパーティになりそうなので遠慮しときます」
「つれねーな。まあいい。じゃあまた花見でな」
ダンテは軽く手を振りながら、その場を去って行く。結局ジョニィは一言も言葉を発することもなく、静かにダンテの隣を歩いて行った。
「どうしたんだろ、ジョニィさん。寝不足かな……」
きっと同人誌の読みすぎだ。そうだ、そうに決まっている。そうであって欲しい。怜也は必死にそう言い聞かせた。額の印が彼女に悪影響を与えているのではないかという不安に駆られたが、怜也は気を紛らわすために当日の準備を万全に整えることに集中した。
◆
当日。真の声かけにより、幹部に加えて数名のメンバーが集まった。ダンテはクーラーボックス一杯に缶ビールを持ってきており、到着するや否や乾杯の挨拶の前に、数本空にしている。そんなダンテの隣で缶コーヒーをすするジョニィ。いつものダンテのウザ絡みにも丁寧に対応し、以前会った時の元気のない彼女の顔はどこにもなかった。
やっぱあの日は疲れてただけだったのかな……。
いつものジョニィの様子に安心していると、近くから胸高鳴る声が聞こえてきた。
「おまたせ」
「リーダー!」
いつもとは違うラフなTシャツを身に着けたリーダーがそこにはいた。ジョニィはすぐに立ち上がると、彼の元へと駆け寄っていく。
「今回はドタキャンしなかったわね」
真がまたしても耳元でと囁いて来たので、再びひっくり返りそうになった万寿であった。リーダーはジョニィからコーヒー缶を受け取ると、高々と掲げる。
「さあ、乾杯しようか」
「もう始まってまーす!」
「アンタが勝手に飲み始めたんでしょ」
「ハハハ! いいね! 酒のつまみも買って来たよ」
「さすがリーダー! 気が利くじゃん!」
すっかりほろ酔い気分のダンテ。リーダーが買ってきた高級つまみを見つけて感激していた。
「こんな高けえの初めて食う!」
「リーダーのものに軽々しく手を出すな!」
その隣では、ダンテの持っている炙りチーズを横取りするジョニィがいるのだった。
「皆さん、サクラより食べ物に夢中ですね……」
まあそれが花見の醍醐味だとも言えるのだが。
ふと万寿は上空を見上げた。人気の少ない場所を選んだつもりだったが、花を愛でるには充分すぎるほどのサクラが咲き乱れていた。そう言えば最近はゆっくりと花を見上げていることもなかったなと、万寿は一人感傷に浸っていた。
そんな彼の前に小さなカップが置かれる。ふとそちらを振り返ると、目の前にはリーダーが座っていた。万寿は本日二度目ひっくり返りそうになりながら、慌てて姿勢を正す。
「え! あ! その!」
あまりの美しさに言葉絶え絶えになっていると、リーダーは小さく笑ってカップに透明の液体を注いでくれた。
「まあ飲みなよ」
「あ、ありがとうございます! で、でも僕! まだ未成年でして!」
「覚えてるよ。今年十六の年でしょ」
リーダーはそう言いながら手に持っていたノンアルコールのシャンパンを見せた。所謂ただの炭酸ジュースだ。数千人といる組織の中の、普段あまり会話もしない自分の歳まで把握してくれている。最初出会った時もそうだったが、本当に一人一人を大切にしている人なんだと実感した。
「向こうは既に出来上がっているけどね。改めまして、乾杯」
「ありがとうございます」
リーダーはダンテが用意した安い缶コーヒーを片手に、軽く万寿へと掲げて見せた。なんだか顔が熱い。なぜだろう。アルコールは入っていないはずなのに。リーダーと目が合うだけでドキドキする。変な感じ……!
万寿は顔の赤さを隠すように、慌ててカップのジュースを一気に飲み干した。するとすかさずリーダーは二杯目を注いでくれる。
「あ、すみません……」
「構わないよ。今日のために色々動いてくれたらしいね。ご苦労様」
「いえ……」
思わずリーダーの笑顔に見とれる万寿。ジョニィがリーダーを慕っている気持ちがなんとなく分かったような気がした。美しい容姿だけでなく、人を引き付けるオーラ、脳を溶かすような優しい声、すべてを見抜かれているような恐ろしくも美しい瞳。その眼を見てしまったが最後、催眠にかけられたようにリーダーから目を逸らすことは出来ない。
確かに真の言う通り、恋だなんて簡単な言葉で収められるものじゃないと思った。もっとこれは親密で、妖艶で、尊いものを感じた。そう、まるで――神様に出会ったような。
リーダーは飲み終えたコーヒー缶を足元に置くと、先ほどの万寿と同じように上空を仰ぎ見た。風に枝がしなり、数枚の花弁が宙を舞った。リーダーはしばらくその花を愛でた後、ゆっくりと視線を万寿へと戻す。
「いいね、この花は好きだよ」
「……綺麗、ですよね」
「そうだね。でも、色や容姿だけじゃない。この花の命は長くない。数日も経てば雨に降られあっけなく散っていく運命にある。そうすれば誰も見向きはしないのに、再び花を咲かせ多くの人を笑顔にするんだ。本当に健気だよ。打ちのめされても何度でも立ち上がり、そして人々に希望を与える。まるで君たちのようだね」
「え……」
「だから僕はこの花が好きだ」
リーダーはそう言って笑うものだから、万寿は頬をほてらせながら慌てて目を合わせないように顔を逸らした。このまま見つめていると、リーダーに酔ってしまいそうだったからだ。
少し間を置くと、万寿は呟くように問いかける。
「リーダーはどうして、クラフトを作ったんですか?」
風にかき消されそうなその声をリーダーは確実に拾い上げ、すぐに答えてくれた。
「単純なことだよ。救いたかったからだ。暗闇にいるリミット達を。人権を奪われ人として扱って貰えない存在であっても、僕たちは生きることをそう簡単に諦められない身体だ。ならば僕たちはなんのために生まれてきたのか。苦しむだけが僕らに与えられた道ではないはずだ。ずっと、そう考えていたんだよ」
そう、かつてのリミットには生きる場所を与えられなかった。だからリーダーは、リミットが生きることを許される場所を作り上げた。ただ生きるだけじゃない。個人が認められ、選択を許され、尊厳が保たれる場所。リミットが一人の人間として扱われる場所。
それがTEAM craft.リミットが作り出した、ひとつの国だ。
空の見えない暗闇の中、誰からの賞賛も受けず、それでも彼らはずっと戦っていた。今もなお、その先にあるはずの光を求めて。
万寿は視線を落としたままでいると、足元を歩く小さな蟻に気が付いた。小さく儚い命。人間にとってリミットとは、取るに足らない存在なのかもしれない。気が付かずに踏みつぶしても悲しみに暮れることもない。けれど、そのすべてを愛してくれる人。
「僕たちがこの木であるならば、リーダーはこの星そのものだと思います」
万寿の言葉に、リーダーは少しだけ驚いた顔をした。
「広大な大地に僕たちが咲き誇れる場所を見つけ、木を植え光を注ぎ愛情を与え、リミットだけでなく、この世に存在するすべての命を愛している。僕、この星に生まれてきて良かったです」
万寿がそう言うと、リーダーは小さく微笑み呟く。
「ありがとう」
サクラの花は、風に煽られ静かに散っていた。
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