Episode.73 何も知らない
怜也は学校の授業を受けながら、あることが気になって仕方なくなっていた。それはジョニィの額の傷だ。確かにあの時、ジョニィは攻撃を受けていた。額から血が噴き出すところもこの目で見た。けれど彼女は無事だった。きっと急所は避けていたんだ。そう思っていたけれど、なんだかすっきりはしなかった。
何か、僕は見落としている気がする……。
これを考え始めると授業の内容など全く頭に入って来ることはなく、こんなことを早十日間繰り返している。いい加減はっきりしておくべきだ。
今日の放課後にでもクラフトに行ってみよう。そんな意志を固めた放課後、そそくさ教室を後にする怜也を呼び止めたのは高堂だった。
「おい、まんじゅう」
その呼び方に慌てて振り返る怜也。周りのクラスメイトは「まんじゅうって何?」とコソコソ話をしているようだ。怜也は高堂に駆け寄ると小声で注意した。
「ね、ねえ。なんでその呼び方するの……。もうやめてよ」
「え? だってお前、気に入ってんだろ、このあだ名」
「ええ⁉︎」
怜也はなぜそんなことに、と数秒間頭を悩ませた結果あっけなく答えにたどり着いた。
……絶対コードネームからだ!
違うんだ、そうじゃない。と言いたかったが、ここではあまりにも人目が多すぎる。
「もう帰るなら、一緒に帰ろうよ」
怜也は高堂を誘うと、足早に廊下を進んで行くのだった。
◆
「じゃあ、仲間に勝手に決められたんだ」
「そう。だから別に、自分で好んでつけた訳じゃないんだよ」
虐められていた時のあだ名をわざわざ選ぶ物好きは少ないだろう。そのあだ名が気に入っていれば別の話だが、決して褒められている内容ではないし、むしろ自分を馬鹿にする内容だったので当時は吐き気を催すほどの嫌悪感を抱いていた。
「でもお前の変化後、ほぼ饅頭だぞ」
「それを言っちゃあ、おしまいだよ」
恥ずかしそうに顔を覆い隠す怜也を見ながら高堂は高らかに笑い声をあげた。
「じゃあ嫌い?」
「え?」
「そのコードネーム」
高堂にそう言われて、怜也はある言葉を思い出していた。
第五部隊は怜也のことを『まんじゅう』ではなく『万寿』と呼んだ。万寿とは万年の命、といった意味合いがあるらしい。
【名前の通り、長生きしろよ】
【長生きしろ?出来るだけ有意義にな】
――今になって思うけど、きっとダンテさんはちゃんと『まんじゅう』という名前を覚えていたのだと思う。ジョニィさんもダンテさんが嘘を伝えたことには気が付いていた。けれどあの二人だけは頑なに、僕のことを『まんじゅう』とは呼ばない。饅頭のようだと馬鹿にされることはあるけれど。でもきっとそれは、彼らの願いが込められているからだと――そんな気がした。
「その名前……。今は、少し気に入ってるよ」
怜也の答えに、高堂はなぜか少し恥ずかしそうに笑っているのだった。
◆
高堂と別れた後、万寿はクラフトに出向いていた。第五部隊の部屋に行ってみたけれど、やはり誰もいなかった。研究室にるい太の姿もないし、どうしたものかと悩んでいると突然背後から声をかけられた。
「おまんじゅう君」
振り返るとそこには、タンバが立っていた。
「タンバさん! どうなさったんですか、第五部隊にわざわざ来るなんて……」
「ええ、ただの伝言です。それ以外にここへ用事はありませんからね」
「そんな風に言わないでくださいよ」
タンバはひとつ咳き込むと言葉を続けた。
「真さんが呼んでいます」
「真さんが? なんだろう……」
「ちゃんと伝えましたからね」
タンバはそれだけを言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「あ、ちょっと待って! タンバさん!」
慌てて廊下を覗き込んだ時には、すでにタンバの姿はない。
「もう、皆せっかちなんだから」
そうぼやきつつ、第二部隊へと帰ってしまったエレベーターを呼び戻す万寿。だが、ここに来たことが無駄骨ではなくなったことに少しだけ胸をなでおろすのであった。
◆
「わざわざ悪いわね」
「いえ、大丈夫です。僕も丁度クラフトにいたので」
「呼び出しておいて悪いんだけど、ゆっくりしてて」
広報部へと行くと、真の仕事部屋は大量のファイルとレポート用紙が散らばっていた。さらには鳴りやまない電話対応で休む暇などなさそうだった。何かお手伝いをと思ったが、手を出すことで逆に仕事を増やしてしまいそうなので黙って座っておくことにした。
何の気なしに机の上に置かれているファイルをめくってみる。そこには何枚もの写真が収められていた。この前の刑務所で行われた戦闘時の写真も残っている。
「真さん来てたのか……」
安全を配慮した上で結界外から撮影を行っていたらしい。顔を見せてくれても良かったのにと思ったが、クラフトメンバーの仕事に支障をきたさない様に変装して紛れることを前提として行っているらしい。未だ戦闘直後は気持ちが高ぶっていることも多く、しかもこの前は悲惨な未来を一度経験した後でもあって、とてもじゃないが周囲の様子を注意深く観察なんて出来っこなかった。
おそらくクラフトマンチョコに付属する新しいカードの素材なのだろう。旅行に行った際ホテルで何枚か撮られたが「全然自然じゃない!」と怒られて、それはノーマルカードに使われていた。(饅頭少年を除いて……)
万寿がぺらぺらと写真をめくっていると、一枚の写真に目を留める。ジョニィの横顔が写った写真だ。彼女の手には新聞の切れ端が握られている。
「これ……。ダンテさんを助けに走った時の写真?」
いつも仮面で覆い隠されている素顔がバッチリと映っていた。きっとこれは激レアでプレミアがついたりもするのだろう。なんて思っていると、可笑しなところに気が付く。
「なんだ、これ」
写真を近づけて見てみる。ジョニィの額に、何か文字があるようにみえる。赤い印のような……。古代文字だろうか。これを隠すために仮面を付けていた? いや、だが最初に会った時も、未来から戻った直後も、近くで彼女の素顔を確認したことはあるがその時には確かになかった。じゃあ、これは一体……?
「気になるわよね」
「うえっ⁉︎」
突然耳元に声をかけられたものだから、万寿は思わずびっくりして椅子から転げ落ちた。
「あらやだ、そんな驚かないでよね。まるで人を化け物みたいに」
「真さん! 近いですよ、もう!」
万寿は起き上がりながら、持っていたファイルを今一度膝の上に乗せて椅子に座った。真も隣のソファに腰かけて写真を覗き込む。
「これ、アタシも最初は気が付かなかったんだけど、確かに変なマークがあるのよ。でも、戦闘後の彼女の額には何もなかった。これがその写真よ」
ページをめくると、戦闘後の彼女の姿が写っている写真が数枚出てきた。そこには淡麗な顔が見て取れるだけで、額のマークも、傷跡も、何ひとつ見られなかった。
「おまんじゅう君、この印について何か知ってる?」
「あ、いえ……。僕も初めて見ました」
「そう。ダンテ君なら何か知ってるかしら」
「そうですね……」
万寿はその時、ダンテはこの印の意味を知っているのだと確信した。へらへら笑う彼の顔は今でも覚えている。心配させまいと、平然を装っている顔だ。
この印が理由で、ジョニィは無事だったのだろうか。ならばこの印は一体なんなのか。なぜ出たり消えたりするのか。ジョニィとダンテは何を自分に隠しているのだろうか。授業を真面目に受けられない程に気になっていたはずなのに、怜也はダンテに聞いてみればいいと安易に提案することが出来ずにいた。
決して開けてはいけない扉に手をかけてしまっているような、そんな恐怖さえも感じられたからだ。
「あの、用事ってこのことですか?」
「ああ、違うのよ」
万寿は一度話を逸らそうと真に聞くと、彼女は優しい微笑みを浮かべた。この話題から一度気をそらせられるならそれでいいと思っていると、さらに頭を抱えるような話題を吹きかけられた。
「リーダーって何者なの?」
「……ええ⁉︎」
そんなことこっちが知りたいよ! と思いつつも、あえて冷静に返事をする。
「えっと、クラフトのリーダーです」
「そうじゃなくて」
「分ってますけど……。僕もよく知らないんですよ。普段話すことはないし」
「やっぱそうよね」
「ジョニィさんとかは結構慕ってますけど」
「そこも気になるのよね」
「恋愛事情ですか?」
「アナタにはあれが恋愛に見える訳?」
真はそう言うと、ぽんと手を打った。
「そうだ! こうしましょう!」
またとんでもないことを言いだすぞと心構えをした直後、やはりその通りになった。
「お花見に行きましょう! リーダーも誘って! 前回の旅行はドタキャンされちゃったからね」
「お花見もドタキャンされるのでは……」
「そこは粘り強く何度だって誘うわよ! そういう訳でおまんじゅう君。場所確保お願いね」
「え⁉︎ 僕がですか⁉︎」
「この話をした好じゃない。アナタだって、リーダーのこと気になるでしょ」
「まあ、気にならないと言えば嘘になりますが……!」
「だからね、頼んだわよ!」
「あ、ちょっと!」
万寿の言葉を遮るようにして電話がけたたましくなった。真はウインクをしながら電話対応へと戻って行く。
今後もしばらく、授業の内容は頭に入って来そうにない。
ブックマーク、評価、感想等お待ちしております!
誤字等もありましたらご報告お願いいたします。
どうぞ御贔屓に……!




