Episode.72 これが未来
万寿 改め 怜也
怜也は結局学校に戻れる状況ではなかったので、一旦自分の部屋へと飛ばしてもらい着替えを済ませてから、母親に見つからないように家を出た。こういう時玄関が空きっぱなしになっている超田舎の家は実に都合のいいものだな、と考えながら田んぼの隣を歩いていると誰かに声をかけられた。
「お疲れさん」
「高堂!」
そこには歩道に立ちふさがるように高堂が立っていた。制服を脱ぎ捨て、作業着と長靴に身を包んでいる。中学まではバットをぶん回していたのに、今では鍬を肩に担いでいるところが何ともほほえましい。
「ごめん。ちょっと服汚しちゃって着替えに戻ってたんだ」
「だろうと思って俺もすぐ帰ったよ。家大丈夫だったか?」
「うん。多分バレてないと思う」
「そうか。仕事の方は?」
「まあ、色々あったけど……。なんとかね」
「良かったな」
高堂はそう言って田んぼへと入っていく。
怜也はほのぼのとした風景に溶け込むかつてのいじめっ子の背中を見て思った。かつても同じ感情を味わったことがある。――果たしてこれは、現実なのだろうかと。
だが今回はその思いがより強くなっていた。あまりにも都合がよすぎることばかりが起こっている。ダンテは救われた。ジョニィも生きている。誰も死なない世界。望んだままの世界。
これは本物か? 自分が作り出した幻の世界か? 本当の自分の能力は、そういうものだったのではないだろうか? ここは誰かの箱庭か?
怜也は農作業に勤しむ高堂へと呟くように問いかけた。
「ねえ、高堂」
風にかき消されそうなその声を、高堂はしっかりとキャッチする。
「んだよ」
「あのさ――。これって、現実?」
「はあ?」
「ごめん、何て言うか……。ううん。なんでもない」
「……」
怜也は自分から話題を振っておいて、慌てて話を終わらせた。そしてあえて気丈に振舞うように笑って見せる。
「今日は本当にありがとう! また明日ね!」
逃げるように駆け出す背中に、声がかけられる。
「――おい、まんじゅう」
「っ!」
怜也はその呼び名に驚いた顔をして振り返った。高堂は今まで通り平然とした態度で続ける。
「お前の教科書、とりあえず俺んちに置いてるから。後で取りに来いよ」
「あ。うん……」
高堂はそれだけを言うと、再び田んぼに向き合った。怜也はそのまま逃げ込むように家へと帰る。その後ろ姿を、高堂は静かに見つめていた。
◆
「ごめんください……」
夕食後に怜也は高堂の家を訪れた。なぜこんな時間になってしまったかというと、部屋であれこれ考えているうちに日が暮れてしまったからだ。考えたところで何も解決策など見いだせはしないのに、嫌なことを想像しては勝手に落ち込むのは悪い癖だ。
怜也が玄関の前に立っていると、灯りが付いて扉が開かれた。扉を開けてくれたのは高堂だった。
「あ、あの。教科書……」
「わーってるよ。まあ、あがれよ」
「え……」
「んだよ、嫌なのかよ」
「そんなことは! お、お邪魔します!」
怜也は部屋中に響く声で挨拶を済ませると、家の中へと歩を進めた。高堂の部屋は二階らしく、まっすぐ階段を進んで行く。
「あ、あの。家族の人に挨拶した方がいいかな」
「いいよ。爺ちゃんもう寝てるし」
「あ、そうなんだ。ごめん大きい声出して」
「気にすんな」
出来るだけ物音を立てないように、抜き足差し足で階段を上る怜也。着いた先の軋む扉を開くと、思ったよりも片付いた部屋にたどり着いた。
「片付けてるんだね」
「どういう意味だよ」
「ごめん、変な意味じゃないよ」
高堂は自分のベッドの上に座ると、深く息を吐いた。怜也もまた小さなローテーブルの近くに腰かける。しばらく黙っていたが、沈黙が続いているのに耐えかねた高堂が先に口火を切った。
「畳が傷むからベッドは絶対ダメだって言われたんだけど、ベッドじゃねえと寝られねえって言い切って持ってきたんだよ。畳へこませねえように対策はしてっけどな。お前んちはベッド?」
「あ……うん。僕の部屋はフローリングだから」
「いいな」
「うん」
核心に触れないようにあえて世間話からと気を使った高堂であったが、怜也が必要最低限の言葉しか発さないため結局ここで話は途切れてしまった。高堂は観念して頬杖をつくと、俯く怜也を見つめる。
「お前さ。昼間のあれ、何?」
「え?」
「これが現実かどうかって聞いて来ただろ」
「あ、えっと……!」
「なんか、あった?」
怜也は正直に話そうか悩んだが、クラフトやリミットではない高堂なら素直な感想を言ってくれそうな気がした。怜也はゆっくりと自分の考えをまとめながら話し始めた。
「あのさ。その……。時々思うんだ。リミットになって今はクラフトの一人として活動してる。一年前の僕には想像もつかない程に生活は変わった。信頼できる仲間もいるし、今まで知らなかった世界や光景も見て来た。怖い思いも痛い思いも沢山するけど、それでもやっぱりリミットになって良かったって思う」
「じゃあ何が不満?」
「不満って言うか……。幸せ過ぎて怖いんだ。もちろん、良いことばっかりじゃないよ。仲間が傷ついたり、僕も怪我をしたりすることだってある。両親が離婚したことも正直僕の望むことではなかった。でもさ。こうやって高堂と話が出来るようになったり、全く知らない土地で生活をしていたり、仕事が順調に進めば進むほど――。全部誰かの作り話じゃないかって疑ってしまうんだ。これは全部僕に都合よく作られた偽物の世界で、本当の僕はもう死んじゃっているんじゃないかとか、任務中に重症にあってずっと夢の中を彷徨っているんじゃないかとか、リミットの能力でこの世界を作り出しているんじゃないか、とか……」
「……ハハハハ!」
ひとしきり自分の思いのたけを伝えた万寿。それに対して高堂は真面目な顔をして話を聞いていたが、そこまで聞くと突然声をあげて笑い始めたのだ。思わず高堂へ目をやる。
「ねえ、僕真剣なんだけど!」
「悪い、悪い。つまりはお前、自分の幸せを認めてやれねえんだ」
高堂の言葉に、怜也は顔をしかめた。高堂は少し間を置いて彼なりの答えを返してくれた。
「じゃあさ、もし作り物だったとしたならさ――俺も作りものってことだよな」
「まあ、もしそうなら……」
「だとしたら、俺はそれでもいいよ」
「え……?」
その言葉に目を丸くする怜也。
「だって、俺。お前のおかげで変われたんだぜ。クラフトの人が俺の記憶操作をしたことがきっかけだったから、俺の方こそ今まで通りの俺じゃないような気もしてる。作り物の俺じゃないかって言われたら、確かにそうなのかもしれない。でも、俺はそれでもいいくらいに感謝してんだよ」
「高堂……」
「だからもし、この世界が誰かが作りだした偽物の世界だったとしても、誰かに囚われていたりしたとしても、俺はこのままでいいよ。じゃないと俺、本当に自分の弱さをかき消すためだけにお前を利用し続けていたかもしれない。こんな夢なら、続いていてもいいだろ?」
怜也はその言葉を聞くと、小さく頷いた。
「そうだよね。作り物であったとしても、誰かが幸せならそれでいいんだよね」
「……」
高堂はベッドから立ち上がると、怜也の目の前に移動した。
「なあ、まんじゅう」
「っ⁉︎」
「殴れよ」
「へ?」
突然の言葉に怜也はとぼけた返事をした。
「何マヌケな声出してんだよ」
「だって……高堂、今なんて?」
「ちょっと俺の顔殴ってくれ。死なねえ程度に」
「意味分からないんだけど。というか死ぬほど殴るつもりはないよ」
その後も「良いから殴れ」「殴らない」の問答が続き、高堂は少しうなった後、何かを決めたように頷いた。
「分かった。じゃあこうしよう」
「え――」
高堂はそう言うと、怜也の顔面をこれでもかと言うほど強い力で殴った。あまりの威力にローテーブルへ顔面から突撃し、机と一緒にひっくり返った。
「あ、やべ……。ごめん大丈夫?」
怜也はゆっくりと起き上がりながら鼻を抑えた。ぽたぽたと垂れている血は次第に止まり、痛みも遠のいていく。
「もう大丈夫だけど……。えっと、ナニコレ?」
高堂は血で濡れた怜也の手にティッシュを渡しながら、言葉を付け足した。
「痛かったろ?」
「え? 痛かったけど……」
「じゃあ夢じゃねえ」
「そんな原始的な確認方法……。というか痛いのはずっと味わってはいるんだよな」
怜也は己の血をふき取りながら昼間のことを思い出していた。
大量の血が地面を埋めていく光景。もう二度と目にしたくない現実。そしてその現実から今、違う世界に来てしまった。
本当の未来とは違う世界。でも、ここには確かな痛みもあるし、単なる夢なんかじゃない気がする。けれど、このぬぐい切れない不安はなんだろう。
仲間が死んだ未来など望まない。未来を変えなければ良かったとは思わない。けれど怜也は幸せであるはずのこの世界を、なぜか受け入れられずにいた。
【未来はもう決まってしまっている。未来を知ったところでその事実を捻じ曲げようとしても、決していいことにはならない。何事も、なるようにしかならないんだ】
「ジョニィさん……」
自分の選んだ道は正しかったと、誰かに肯定してもらいたかったのかもしれない。
怜也は殴って来た高堂にその日「ありがとう」と言った。
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