Episode.71 呪印【認められたい男】
カードに釘が突き立つ前に、時が止まった。だからと言って何が出来るだろうか。地面に転がったヨーダ同様に、自分もまた地面に磔られている状態だ。どうやって起き上がろう。止まった時の中動けるのは自分だけのはずなのに、動かせるのは重たいまぶたとそれに伴って頬を伝う涙だけ。
ああ、駄目だ。僕には救えない――。
十二秒。たったそれだけの時が止まったからと言って何が出来るというんだ。こうして流れゆく雲の動きを遮ったところで、空は何も変わりはしない。
――そう、未来は変えられない。
「嫌だ。嫌だよ、ジョニィさん。――助けて」
諦めと同時に意識が遠のいていく万寿。瞼を完全に閉じようとした時、何者かがその顔を覗き込んだ。
「万寿」
その声は……ジョニィさん……?
「忘れるな。どうあがこうと未来は変えられない。だが、ダンテは殺させない。その代わりになる者が必要だ」
代わりになるもの……?
「多分アイツは望まないだろうがな。いいかい?運命を切り開くのはお前だよ、万寿」
「え……?」
「もう二度目はない。間違うなよ」
「ジョニィさん……? 一体何を――」
時が動き出す。カードを貫く釘。額から血が噴き出した。やはり未来は変わらなかった。万寿重たい首を何とか持ち上げる。ヨーダの手に、カードはなかった。
「あ、れ……?」
その代わりに握られていたのは、新聞の切れ端。
「ジョニィー!」
ダンテの悲痛の叫び。倒れたのは、ジョニィだ。
「な、んで……? そんな……」
「ハハハ! なんだ? よく分からねえがジョニィ殺っちまった! 本当お前らって馬鹿ばっかりだよな!」
万寿は朦朧とする意識の中で告げられた言葉を繰り返す。
代わりになる者……?それってつまり、自分の命と引き換えにダンテさんを……?
「そんなのって……」
「まあいいや! おい、そこに転がってるゴミからカード取って来い! どうせこいつら全員もう戦えやしねえよ!」
ヨーダの指示通り、巨体の死刑囚がゆっくりと近づいてくる。万寿は握られた自分の手を、無理やり持ち上げた。青い空を背景に写し出されたそれは、ダンテのサイン入りカード。ジョニィが託した命だ。
未来は変えられない。変えようとあがいても、どうにもならない。誰かが死ぬ未来は変えられない。変えられないなんて――。
「嫌だ」
駄々をこねる子供のようだと笑われてもいい。無理なものは無理なのだと馬鹿にされても後ろ指をさされても、それでもやっぱり嫌だ。
「嫌なものは、嫌だ!」
万寿は体をよじらせ、体中の釘を抜いていく。痛みと再生とを繰り返しながら、それでも万寿は立ち上がることを辞めなかった。血で染まったカッターシャツを脱ぎ捨てると、万寿はヨーダを睨みつける。
「な、なんだ? まだやるってのか?」
「確かに、僕は弱いです。助けるとか言って途中で諦めたり、理由もないのに未来に縋ったりして。結局最後は誰かに助けを求めてしまった。でも、この先の未来は誰も知らない」
「あ?」
「僕は――誰も殺さない。ジョニィさんを返してもらいます」
万寿はそう言うと、大切なカードをポケットの中へと押し込んだ。
「欲しければ力づくで奪ってください。僕を殺してでもね」
「良い度胸じゃん! やっちま――」
全てを言い終える前に、万寿のパンチがヨーダの顔面にクリーンヒットした。先程も殴られはしたが、明らかに威力がケタ違いだ。今度こそ本当のタコ殴り状態。
「ちょ、ま――! 話、まだ、途中――!」
「お前とはもう話すことはない! お前の苦しみはもう十分聞いた!」
「……⁉︎」
「お前の苦しみも悔しさも、その心細さも孤独も哀しみも! 全部全部、全部ひっくるめて僕が受け取った! だから! だからもう! 一人で足掻く必要はない!」
「……っ」
ヨーダにつかみかかっていた万寿に、もう一人のパラドックスからの攻撃が加わる。それを直に受ければ、間違いなくその身体は元には戻せない程に破壊されるだろう。しかしその重たい拳を、万寿は軽々と片手で受け止めた。
「――⁉︎」
「貴方の苦しみについてはまだ聞いていませんでしたね」
「なんだ、このガキ……」
「後でちゃんと聞いてあげるから――。邪魔しないでくださいませんか」
万寿の瞳がギラリと輝いた。手首を返して大男を一本背負い。遥か数メートル先へと吹っ飛ばした。それを唖然とした表情で見ているのはダンテだ。
「一体、どうなって……」
万寿はヨーダの胸倉を掴み無理やり起き上がらせると、地面に再びこれでもかというほどにたたきつけた。それによって背中の釘は次々と折れていく。ヨーダが悲鳴の代わりに大きな雄たけびを上げた。
「このガキがあああー!」
最期の力を振り絞るように、数万という釘を万寿へと飛ばす。しかしその釘は体に刺さることはなく、筋肉にはじかれ全て地面へ転がり落ちていった。
「そんな馬鹿な――。能力が、進化しているだとォ⁉︎」
「反省し足りないみたいですね」
「い、いや! そんなことは――!」
「いいですよ、付き合いますよ。僕、我慢強い方なんで」
思わず逃げ出そうとするヨーダ。だが万寿はそれを許さず、再び向かってくる巨体に向かってヨーダを放り投げる。二人がまとまったところで、上空から叩き落すように硬いコンクリートの地面へと突き飛ばした。地面は大いに割れているが、頑丈な二人の頭はちゃんと原型を残している。……意識はなくなっているが。
そこで万寿は目が覚めたかのように顔をあげると、きょろきょろとあたりを見渡す。
「えっと? あれ……何がどうなって……。って、なんですかコレ! 二人とも眠っちゃってる⁉︎ え、生きてますよね? 完全に伸びちゃってますけど! 誰が一体こんなことを! もしもーし、返事してくださーい! もしもーし!」
万寿はそう言いながら、二人の頬を強めに叩いている。ここまでの出来事を傍らで見ていた側からすれば、まだまだ攻撃したりない様子の万寿が実に恐ろしい。
「ああ、怖い。まんじゅう怖い……」
そんな感想が飛び交う中、ダンテは倒れているジョニィの元へと這いつくばりながら近づいていた。
「ジョニィ!」
精一杯腕を伸ばし、力なく垂れた彼女の手を握る。そのまま引き寄せてジョニィを腕の中に収めた。前髪をかき上げるとそこには痛ましい傷はなく、その代わりに真っ赤な光を放つ不思議な文字が浮かび上がっている。
「これは――」
その光はすぐに力を弱めると、身体に吸収されるように消えていった。直後、彼女が身をよじらせる。
「んん……」
「ジョニィ? 生きてんのか⁉」
「ん……? なに……?」
ジョニィはハッと目を開くと、身体を起き上がらせた。そして次には女性(見た目は男性)の腰に手を当てて寝そべっているダンテに、思わず強烈なビンタを浴びせていた。
「痛てえ――っ⁉︎」
「どこ触ってんだバカ!」
「どこって……」
「こんなところでBLおっぱじめんな!」
「始めてねえよ!」
これきっかけに、二人のお得意な罵り合いが始まった。
「いくら僕が美男子だからって、やって良いことと悪いことがあるだろ!」
「言いがかりはよせ! 何もしてねえだろうが!」
「寝込み襲いやがって!」
「襲ってねえよ! だとしたらこんなところで寝てるテメーがどうかしてんだろ!」
「好きで寝てんじゃねえよ!」
「俺だって好きで男抱いてんじゃねえ!」
「抱いてんじゃねえか!」
「まあまあ……。お二人とも落ち着いて」
二人の喧嘩の仲裁に入るのは、先ほど駆けつけたばかりのるい太。来て早々最初の仕事がコレだ。二人は牙をむき出しにして睨み合っていたが、るい太の言葉にしぶしぶ喧嘩を辞める。ジョニィはダンテの上から飛び降りると足早に歩き出した。ダンテは舌打ちをしながら、再び地面に転がる。
「んだよ……。心配して損した!」
そう言いながら能力を解き、銀髪の青年に戻る。ジョニィは太陽を照り返す銀髪をくるりと振り返った。
「……おかえり」
「……?」
ダンテはその言葉の意味が理解できず不思議そうに彼女を見ていたが、ジョニィはそれ以上何も言うことなく万寿の方へと歩いて行ってしまった。
一方万寿。未だ尋問という拷問が続いている。
「もう! 起きてってばー!」
「もういいよ、万寿。充分だ」
「え……。ジョ、ジョニィさん……⁉︎」
声をかけられた方へ振り向く。そこに彼女を見つけると、万寿は大慌てで駆け寄って行った。そして迷うことなくジョニィへと抱きつく。
「良かった! 無事だったんですね! 絶対にそうだと思ってました! 本当に良かった! 本当に!」
「……ああ、心配かけたな」
ジョニィも優しく万寿の背中へ手をまわし、その抱擁を受け入れる。――ジョニィは無事だ。ダンテも生きている。
何も変えられないなんてやっぱり嘘だ。願えば変わる。未来は変えられる……!
ジョニィはその後、記憶操作から逃亡するダンテの仲間たちを包囲するのに手を焼いていた。治療を終えたダンテはそれを横目に見ながら、万寿の元へと歩いてくる。万寿はすっかり元に戻った彼の両足を見て、嬉しそうに飛び跳ねた。
「ダンテさんもすっかり元気ですね! 良かった!」
「ああ、ありがとな」
「いえ!」
「てか何あれ。マジで怖い饅頭になってるよお前。スーパーレア演出? 必殺コマンド使った?」
「僕にもよく分からないんですけど、気が付いたらやってました」
「怖え言葉」
ダンテはそう言いながら笑みを浮かべているが、その顔はどことなく暗い。
「どうか、しましたか……?」
万寿の言葉に、ダンテはちらりとジョニィの方へ視線を投げる。
「いや……。変えてはいけなかったものを、変えちまったんじゃねえかなって……」
「え? 何ですか?」
「いや――。なんでもねえよ」
ダンテはそう言ってへらっと笑って見せた。だが、さすがの万寿でも気が付いていた。
……彼も彼女も、自分に何か隠し事をしている、と。
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