Episode.70 未来【認められたい男】
「ダンテさん――!」
一枚のカードに、釘が突き立てられた。リミットが唯一修復できない場所、脳みそを一突き。ドサ、とその場にダンテが倒れこむ。真っ赤な血がみるみる地面を染めていく。どれだけ叫ぼうと、もう彼が答えてくれることはない。
「ダンテさん……ダンテさん!」
万寿の悲痛な叫びが、中庭にこだました。
◆
その頃ジョニィ。万寿が苦戦しているのに気が付き助太刀しようと向かっている途中に、相手の強烈なパンチを喰らってしまい地面にたたき落とされていた。痛みに耐えながらなんとか首を持ち上げる。歪む視界の先に見えたのは、額から血を吹き上げるダンテの姿だった。
「ダンテ……?」
彼の体はゆっくりと地面に倒れて行った。能力が解け、輝く銀色の髪はみるみる赤色に染まっていく。
万寿が彼の名前を叫んでいる。それさえも届かない程に、ジョニィの世界は閉ざされていた。目の前の景色が理解できない。音も光も、今のジョニィには届かない。
かつての仲間。かつての友人。信じていた仲間。守りたかった友人。そんな彼に裏切られても――ダンテは最期、笑っていたから。
「……あの、馬鹿……」
たたきつけられた現実を飲み込むと、彼女は軋むほどに歯を食いしばった。かみしめた歯茎から血が滲み出してくる。
「返せよ……」
ジョニィは重たい体を何とか持ち上げる。
「返せ――!」
必死に懇願する声は、そこで途切れた。巨体が彼女を踏みつぶしたのだ。地面にめり込んだ身体から、黒い羽根が宙を舞う。
轟音が鳴り響く方を振り向く万寿。巨体の足元、割れた地面の間からは、またしても赤い液体が伝い出る。
「ジョ、ジョニィさん……?」
万寿は思わずその場にへたり込む。
「二人とも、死んじゃったみたいだね」
「そ、そんな……。そんなはずは――!」
死んだだって ?あの二人が? そんなはずはない。どうせいつものように、全部嘘だったって、全部作戦だったんだって、そう言って笑ってくれるに決まってる――。
万寿の耳元から電子音が響き渡る。ほら、きっと二人からの連絡だ。今のは偽物で、今頃二人はちゃんとどこかで生きている……。
震える手で通信を受けると、いつも温厚なイッチの怒声が響き渡る。
《退却命令!》
「え……?」
万寿はこの時、人生で初めて心の底から現実を拒絶した。目の前に迫りくる世界は、何ひとつ自分の脳みそに情報を与えない。聞こえているはずの声が理解できない。
《ダンテちゃんとジョニィちゃんの心拍停止!まんじゅうちゃんも早く――》
「な、何言って……」
《逃げて……早く……!》
「こんな奴らに、二人が殺される訳ないじゃん……」
《まんじゅうちゃん!》
「こんな、ふざけた奴らに――!」
「ハハハ! 死んだ死んだ! 三太もその彼女も、ぜーんぶ始末した! これで俺が一番だ!」
「こんな奴らに――!」
万寿は完全に頭に血が昇っていた。ものすごい剣幕で彼らを睨みつける。
「あ、ついでだから、こいつもやっちゃって。クッソ弱えーからさ」
《まんじゅうちゃん!》
「逃げません! 僕は絶対に――!」
巨体の男はジョニィの体を散々踏みにじった後、舞い上がる黒い羽根をはたき落としながら万寿の方へと歩いてくる。まるで邪魔な虫を薙ぎ払うかの如く。彼の横には優雅に天を仰ぐヨーダ。怒りに震えながらもその足は、未だ現実を飲み込めないのか動かない。
物陰から誰かが走ってくると、座り込んだままの万寿の肩を激しく揺さぶった。
「おまんじゅうさん! 早く! 早く退却を!」
駆けつけたヒスイが万寿の前に立ちはだかったのだ。
「おまんじゅうさん!」
振り上げられる拳。そこで万寿は顔を上げた。直後あたり一面が血の海に代わる。万寿を庇って立っていた彼の姿は、木っ端みじんになって消えていた。
「ヒスイ……さん?」
「おまんじゅうさんだけでも! 逃げてください!」
他の第四部隊も駆けつけ、万寿の腕を無理やり引っ張った。しかし万寿はその場に蹲り決して動こうとしない。
「嫌だ――嫌だ! 嫌だ! 僕は戦います! 二人は死んでなんかない! ヒスイさんも! まだ……! まだ――」
万寿の意志とは相反して、その瞳からは涙が零れ落ちていた。
――泣いては駄目だ。泣いてしまったら、二人の死を受け入れてしまったみたいじゃないか。
その涙を照らすように、赤い光が巨体の背中を照らした。
「万寿」
ジョニィの声が、した。
ハッと万寿が顔を上げると、目の前にはこちらに向かってくる巨体死刑囚とハリネズミ状態のヨーダ。隣にはジョニィがいて、背後には脇腹と右足を負傷したダンテが座り込んでいる。
「一人頼めるか」
「え……?」
万寿はぐるりと周囲を見渡した。なんだこれは。まるで戦う前の状況に戻ってしまったようだ。いや、その通りなのか。でも一体どうして……。
「巨体は僕が引き受ける。万寿はヨーダからダンテのサイン入りカードを奪い取れ。簡単だろ?」
「ちょ、ちょっと待ってください! 何が何だか!」
今にも飛び立ってしまいそうなジョニィを引き留める万寿。彼女の顔を見上げると、そこにはいつもの仮面がなかった。
「あれ……ジョニィさん? その顔――」
「万寿。残酷な現実を受け入れろ」
「え?」
「例え未来が見えていたとしても、それを変えることは出来ないよ」
「――っ! まさか、ジョニィさんも未来から戻って……!」
「分かったなら覚悟を決めて戦え」
「そ、そんな……!」
縋りよる万寿を振り払い飛んで行ってしまったジョニィ。結局何が起こったのか分からないまま、ひとまず向かってくるヨーダの前に立ちふさがる万寿。
「あれ、お前――確か、饅頭……だったっけ?」
やっぱりそうだ! どういう訳か分からないけど、時間がループしてる! ダンテさんは分からないけど、ジョニィさんと僕は確かに未来から戻って来た!
万寿は頭の整理がつかないまま、今できる精一杯をすると決めた。
「万寿です。ここから先は一歩たりとも進ませませんよ」
「別に進まなくてもいいよ。ここからでも攻撃できるし」
ヨーダはそう言うとカードを取り出した。この光景は二度目だ。過去を振り返れ。きっと何か見落としているところがあるはずだ。
じりじりと距離を詰めていると、ヨーダは先ほど同様に背中の釘を飛ばして来た。
「どうしたの?時間止めて逃げないの?あ、もしかして止められないんだ」
ダメだ!これじゃあさっきと全く同じ状況になってしまう……!
逃げながら作戦を模索する万寿。しかしその間にもダンテへの攻撃は続いている。
「このまま呪い殺そうかと思ってたけど、どうせなら直接手を下すのもいいかも」
ここだ!今なら相手は油断している!さっきは無我夢中で飛び込んだけど、今度は冷静に――。
動けないダンテに対し不用心に近づくヨーダ。万寿はその間合いに入り込み拳を振り上げた。決まったかと思ったそれは、難なく避けられる。
「まあ、そう来ると思ったけどね」
ヨーダはそう言うと、ケラケラ笑いながら万寿との距離を空けた。
「いいよ、別に。殺し方に拘ってないし」
彼は再び釘を高く掲げる。このままでは過去と全く同じ未来が待っている。やっぱりダメだ!無理やりでも奪わないと……!
近づけば容赦なく襲い掛かってくる無数の釘。だが次は必ず届く。そう信じて手を伸ばし続けたが、指先が触れることすらなかった。結局はくし刺しになりながら、地面に倒れこむ同じ状況。頭を踏みつけられて、この後の未来が頭をよぎる。
「このまま踏みつぶしてしまってもいいのかなあ」
「万寿!」
ダンテの声が聞こえる。まだ生きている。ジョニィもまだ戦っている。何か方法があるはずだ。能力が使えるまでまだあと三分。どうする?どうすれば――。
頭を踏みつけて来る力が強くなり、頭蓋骨の軋むような音がした。
「何やってんだ万寿! 逃げろ!」
ダメだ。逃げたら。逃げてしまったなら……。未来を変えることは――。
万寿の脳裏に、ジョニィの言葉が響いた。
【未来はもう決まってしまっている。未来を知ったところでその事実を捻じ曲げようとしても、決していいことにはならない。何事も、なるようにしかならないんだ】
「――違う!」
万寿はヨーダの足首を掴むと、先ほど同様に地面に転がした。
「な、何だよコレえー!」
「未来は変えられる! 絶対に、僕が助ける! 僕が……!」
万寿はすぐさま立ち上がると、容赦なくヨーダへ馬乗りになる。そのままカードを無理やり奪い取ろうとするが、相手もうまくかわしていく。
「返せ! ダンテさんはこんなことをさせるために、そのカードを渡したんじゃない!」
「でも現実問題そうなってる」
「違う! ダンテさんはきっと気づいてた! でも止めなかった! お前なら自分で気づき、止まってくれると信じてたからだ!」
「さあて、どうだかな。俺バカだからよく分かんない」
おちゃらけた返事をし続けるヨーダに、万寿は思わず彼の顔目掛け拳を振り下ろした。その手は彼の頬を掠め、地面にヒビを入れている。それと同時に万寿の手からも血飛沫があがった。
「分かってるだろ! ダンテさんの事かっこいいって思っていたなら! ダンテさんみたいになりたかったなら! ダンテさんにあって自分にないものに気が付いて、本当はそうなりたかったから! だからもがいて苦しんで、必死に追いかけようとしてるんだろ! 気づけよ! そんなことして、ダンテさんになれるかどうか、ちゃんと考えたのかよ!」
万寿の瞳からは涙もこぼれ落ちていた。ヨーダはそんな万寿を見上げながら、儚げに笑う。
「ああ、真面目に考えたさ。その結果だ」
「じゃあ僕が声を大にして言ってやる! お前は――間違ってる!」
「間違ってるかどうかは、俺に勝ってから言えよ」
万寿はそのまましばらくヨーダの上で小競り合いを続けた。殴り殴られの攻防を繰り返しながら、ヨーダの手に握られているカードを奪い返そうする。その時、突然身体が動かなくなった。何故だか分からずに地面へと倒れ込む。ひょっとこの面が顔の隣に転がった。倒れてみて分かった。全身に釘を打たれたのだと。
――まるで十字に磔られたかのように、彼は空を見上げる。
「万寿!」
ダンテの声が聞こえる。ダメだ。指一本たりとも動かせない。もう動けない。
未来は、変えられないのか……?
【未来を知ったところでその事実を捻じ曲げようとしても、決していいことにはならない】
【なるようにしかならないんだ】
「じゃあこれで、三太もおしまいだね」
万寿は天を仰ぎながら思った。時間だ。
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