Episode.66 新生活
あれからさらに三ヶ月の月日が経った。パラドックスの出現はちらほらあったものの、そんなに大きな事件もなく案外平和な日々を送っていた。以前爆発魔が言っていた『王』については、リーダーとタンバが捜索を続けているらしいが未だ謎のままである。
そしてこの日、万寿は短いようで長かった中学三年間を終える。
「坂下」
「高堂」
クラスで最後のHRを終えた怜也。みんなそれぞれ卒業アルバムを持ち合わせて寄せ書きをかき集める作業に没頭していたり、部活の追い出し会へと散って行ったり、最後の時間を楽しんでいる最中。怜也には何ひとつ用事はなかった。なのでさっさと帰宅してしまおうと廊下を突き進んでいるところ、突然高堂に呼び止められたのだ。
「どうしたの? 高堂も帰り?」
「いや。俺はこの後ダチと飯食いに行くんだけど」
「僕は行かないよ」
「そう言うと思った」
なんだ、誘ってくれようと思ったんだ。怜也が一人で勝手に納得していると、高堂はさらに話を続けた。
「俺さ、高校から違うとこに引っ越すんだよね。だから、もうお前にも会うことないと思って」
「え、そうなんだ。実は僕も……」
「マジ?」
そう言うとなぜだか笑みがこぼれ出してきた。何もおかしいことなどないのに、なんだか心を許した友達を最後の最後に得た達成感のような変な気持ちが湧き出てきたのだ。
「じゃあお互い四月からは新生活が始まるって訳か」
「そうだね。高校ではイジメしちゃだめだよ」
「当たり前だろ! もうしねえって!」
「絶対だよ」
「しつけーな! そういうお前も、あんま仕事無理すんなよ」
「うん、ありがとう」
そう言って高堂とは別れた。あんなに疎ましかった存在。なのに、卒業する今になって彼が一番の理解者に代わった。許される過去ではないのかもしれない。けれど、僕が許したんだ。
だから、もうそれでいい。
◆
四月。新たな環境で新たな学校。結局怜也は母の実家へ一緒に戻り、そこから通える高校を受験した。祖母の家は昔ながらの日本家屋で、なんだか田舎に来たなーと思わせる匂いがした。
「ちょっと家の周り散歩してくるね」
自分にとっては何もかもが初めての場所だった。幼い頃に何度か来ていたと言われたが、記憶には乏しい。今まで住んでいたところとは違って車通りは少なく、人も少ない。こういう場所の空気は美味しいというが、本当にそうかもしれない。思わず深呼吸をしたくなるようなのびのびとした環境だ。心も洗われる。
「はあ、気持ちいいー!」
「はあ?」
怜也が田舎の風景を楽しんでいると突然近くの田んぼから返事があった。独り言が大きすぎたかなと反省しながら「すみません」と振り返れば、見慣れた顔がそこにはある。
「え……?」
「何してんのお前!」
「そっちこそ!」
そこにはなんと――先月別れたばかりの高堂の姿があったのだった。
◆
「じゃあお父さんの転職でこっちに?」
「そう。父方の実家がこっちにあるから、俺はじいちゃんと二人暮らし。親父は少し出た市内でアパート借りて週末にだけ顔出すって」
「大変そうだね」
「でもまあ、やりたい仕事が見つかったからって活き活きはしてたよ。うまくいかなかったら爺ちゃんの畑手伝うってさ」
「それで高堂もお手伝いしてたんだ」
「もうすぐで田植えだからやることいっぱいあって来てくれて丁度いいってさ。別に俺田植えするために引っ越して来たんじゃねえんだけど」
「でも似合ってるよ」
「うるせー」
長めの前髪をピンでとめていた高堂は、なんとすっきり短髪になっていた。元々顔はいいので、これは女子にモテて仕方なさそうだ。
「にしても、なんでお前ん家隣な訳」
「僕だってこんな偶然聞いてないよ」
なんと高堂の家はまさかのお隣さん。そしてもちろん高校も一緒。何もないゼロからのスタートかと思いきや、思ったよりもはじめの一歩は大きそうだった。
「あ、あのさ……」
怜也はあたりに誰もいないことを確認すると話し出した。
「俺がリミットだってこと、家族にも言ってないんだ。だから引き続き内緒にしてほしいんだけど」
「別に俺は構わねえけど……。なんで言わねえの?今になってみれば大スターじゃん」
「だからだよ。僕の母さん心配性だからすぐにそんな危険なことやめなさいって言ってくるよ」
「まあ、最前線で息子が戦ってたらそりゃ心配か」
「だからさ、そのー……。コホン」
怜也はひとつせき込むと続けた。
「もし学校とか家とかでさ、任務で呼ばれたりしたら、その時は……頼むよ」
「あー。まあ、いいけど」
「本当⁉︎」
「ただし、交換条件」
「え」
まさかお金でもせびられるのでは――と怜也は眉を顰めた。しかしその口から出てきた言葉に、張り詰めた緊張がいっきに解ける。
「田植え手伝って」
少し恥ずかしそうにそう告げる高堂に、怜也は面白そうに笑った。すると片肘で軽く小突かれる。
「笑うなよ!」
「暴力反対!」
彼とは作りものではない、自然な笑顔で笑いあった。
新生活のスタート。好調な滑り出し。……のはずだったのだが。入学式当日。なんとこの式中に、けたたましいアラームが鳴り響いたのだ。怜也の耳元でだけ。
ちょっと今はまずいんですけど……!
さすがにこの状況の中で抜け出すことは至難の業だ。しかも一度任務に出たならしばらくは戻って来られない。式の後はそれぞれの教室で簡単なHRが行われて、その後は部活動の紹介……。とこれは自由参加なので省いたとしても、あと一時間程度は対応出来ないだろう。
式の間ソワソワしだして、何度も時計を確認する挙動不審な怜也。その様子に周囲はトイレを我慢しているのかなと横目に見ていたが、少し離れた席にいた高堂はしっかりとこの状況に気が付いていた。
……タイミング最悪だろ。
式が終わると怜也は一直線にトイレへと駆け込んだ。まさに漏れる寸前!と言ったところ。だがそうではない。一番乗り誰もいない室内で、すぐに機械をタップして応答した。
「はい、万寿です」
《おまんじゅうさんですね。出動要請が出ています》
「そ、それなんですが、すぐに行けそうになくて……!」
《分かりました。どれくらいかかりそうですか?》
「えっと……。多分、一時間くらい……?」
《そうですか。了解です。ダンテさんとジョニィさんはすでに現場に向かわれましたので、ひとまずは彼らに任せます。何かあれば再度連絡しますね》
「すみません……」
相手もいないのにへこへこ頭を下げていると、突然トイレの扉が開いた。びっくりしてひっくり返りそうになりながら振り返ると、そこには高堂の姿。
「やっぱりトイレかよ」
「高堂!」
「いいのか、任務」
「だって、今日のHR親もいるじゃん。さすがに抜け出せないよ」
「まあ、初っ端から一時間もトイレに引きこもってたら親としてはかなり心配するだろうな」
「HR終わったらなんだけど……」
「わーってるよ。お前の母ちゃんに適当に嘘ついときゃいんだろ?」
「ありがとう。恩に着ます」
それからの一時間。怜也は気が気ではなかった。まずは担任の自己紹介から始まり、高校の簡単な説明と入学物品の説明、教科書の配布、部活動について、などの話があったが何ひとつ覚えられなかった。
現場にはダンテとジョニィが向かっていると言っていたから、何ら問題なく終わるだろう。何も連絡がないということは、もう解決しているのかもしれない。もうこうなったらここで再び招集をかけられて、無理やり教室から出て行った方が気持ちも楽になるような気がした。
「では。明日からも元気に登校してくださいね」
解散の合図がかかった瞬間、よし来たと言わんばかりに怜也は一番に立ち上がった。まだ周りの状況を伺っているクラスメイト達は一斉に彼へと注目する。
「あ……。えっと……」
見られていると思えば思うほど、動きはぎこちなくなる。中学時代は「またやってるよ」と鼻で笑われてたりしていたが、興味を持たれていない方が動きやすいんだなと勝手に納得した。
怜也が戸惑いを隠せずにいると、後ろ側の席から誰かが立ち上がったのか椅子の揺れる音が聞こえてきた。
「おー、坂下。行こうぜ」
「う、うん」
高堂は意気揚々と怜也に呼びかけ、二人で我先にと教室を出ていく。高堂は教室を出る直前に教室内を振り返ると、怜也の母親へと声をかけた。
「あ、そうだ。坂下の母ちゃん! 俺中学の同級だった高堂です。この後一緒に学校内まわる約束してて。一緒に帰るんで借りてっていいっすか?」
あえて嘘の下手くそな怜也が干渉しない様に、彼の姿が見えなくなってから声をかけたのだ。それに対して母親は何の疑いもなく同意の返事をする。
「あら、高堂くん。うん。よろしくね」
「ちーす」
高堂はあいさつ代わりに軽く手をあげて、スムーズに教室を後にするのだった。さすが嘘のお上手なこと。今はそれで助かっているのに、なぜか複雑な怜也。
「なーにぼさっとしてんだ。早く行くぞ」
高堂に小声でささやかれ我に返った怜也は、大急ぎで駆け出した。
それから逃げ込むように再びあのトイレに舞い戻って来た二人。高堂は誰も入って来られないようトイレの扉を抑えながら、未だ挙動不審な怜也を振り返る。
「お前な! 急いでんのは分かるけど、もう少し平然を保ってられねえ訳⁉︎ 怪しまれまくりだろうが!」
「ごめん……」
「とにかく、人が来る前に」
「うん! ありがとう!」
怜也は高堂にお礼を言いながら、その左手は既に耳の機械を叩いていた。
「こちら万寿です! 任務ってどうなりましたか⁉︎」
《おまんじゅうさん! 現在ダンテさんとジョニィさん、その他六名の一般人が戦闘中です。パラドックス出現場所は刑務所。パラドックスは仲間を集め乱闘を繰り返し、負傷者も出ています。データ収集に追われ連絡が遅れてしまい申し訳ありませんでした》
刑務所……? 能力のない人たちまで戦ってるってどういうことだろう……。
「分りました! 僕もすぐに向かいます! ……高堂、本当にありがとう!」
怜也は高堂にもう一度お礼を言うと、すぐさま個室の中へと飛び込んで行った。数秒後、個室から人の気配が消える。高堂は一人トイレに取り残されながら、あることを考えていた。
「やっぱアイツ――。『まんじゅう』ってあだ名、気に入ってたんだ……」
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