Episode.65 おかえり【爆発が快楽の男】
「ジョニィさん……! そんな……!」
爆発で吹き飛んだ二人の体は反対方向へとそれぞれはじき飛んで行った。万寿は迷うことなくジョニィの元へと向かって走り出す。
自分の体を犠牲にするなんて……! ジョニィさん……! ジョニィさん……!
右足だけでなく右腕まで失ってしまった彼女を見ることに躊躇いがなかったわけではない。もしかしたら自分が想像しているよりも、もっと悲惨で悚然たる現実が待ち受けているかもしれない。
それでも行かないと。ダンテさんもるい太さんもがいない今、僕が助けないと――。
万寿は覚悟を決めて瓦礫から顔をのぞかせた。そこには――。
「るい太さん」
全身血に染まった服を身にまとうジョニィを支えるようにして、るい太がそこにはいた。失ったはずの右手も右足も、元に戻っている。
「どうしたんです、右半身ばっかり。右側いらなくなったんですか?」
「丁度持て余したところだよ」
「そうだったんですか。全部元に戻しちゃいましたね。大きなお節介でしたか」
「全くな」
「……」
「おかえり」
「――っ」
ジョニィのかすれた声で発されたその言葉は、確実にるい太に届いていた。るい太はあふれ出す涙を手の甲で必死にぬぐっていた。
「顔洗ってんじゃねえ」
「泣いてるんです!」
戻って来た。いつものみんなが。
「良かった……。本当に……」
万寿もまた瞳を潤ませていたが、すぐに拭い去ると一人でパラドックスの所へと向かって行った。クラフトとして最後までパラドックスとも向き合わなくてはならない。いつも皆がしていたように。
パラドックスの男はジョニィの爆発に巻き込まれ腹部へ深い損傷を負い、地面の上でもがき苦しんでいた。
「くそおー! 痛てえー!」
自然治癒能力があまり高くないのか、傷口の治りは芳しくない。万寿が彼の元に近づくと、さらに足をばたつかせながら暴れ始めた。
「何しやがるクソガキ! ぶっ殺す! ぶっ殺してやるー!」
「こりゃゆっくり話なんて出来そうにないな」
「結構。尋問は後からごゆるりと」
「タンバさん」
万寿に声をかけたのはタンバ。第二部隊も一緒で、彼らは既に建物の修復に入っていた。
「後は我々第二部隊が引き継ぎます。第四部隊の数名と共にこのパラドックスを連れて一度クラフトにお戻りなさい」
「タンバさんは?」
「私はこれから大切な用事がありますので」
タンバはそう言いながら持っていた分厚い本を開く。
「お金の徴収ですね」
「変な言い方はよしなさい。お気持ちをいただいているだけです」
「その方がよっぽど怪しいですって」
第四部隊……。タンバの言葉を頭の中で繰り返し、我に返った万寿。そうだ、今第四部隊のほとんどがダンテさんの治療に当たっているはず――!ダンテさんは――!
ダンテが寝ているであろう方向を振り向くと、ホールいっぱいに響き渡る声が聞こえきた。
「おい、るい太ー! 勝手に辞めるとか許さねえぞ! 俺はまだちゃんと説明聞いてねえからなあー!」
既に元気いっぱいのようだ。どうやら無事に治療を終えたらしい。
「良かった。みんな無事で」
「おまんじゅう君のおかげですよ」
タンバのいた位置から今度は違う男性の声が聞こえてきた。振り返るとそこには、タンバと入れ替わりにヒスイが立っている。タンバと言えば既に洗脳――ではなく、救済料をお気持ち程度にいただいている真っ最中だ。
ヒスイは、以前出会った時と同様に優しい笑みを浮かべた。
「おまんじゅう君がるい太さんを呼びに行ってくれたおかげで、誰も死なずに済みました」
「いえ……。僕は何もしてません。ここに来るっていう決断をしてくれたのはるい太さん本人ですし、僕はただ我儘を言いに行っただけで……」
「その我儘が、るい太さんには響いたんじゃないでしょうかね」
ヒスイはジョニィを支えて歩きながら「またあの人うるさいよ」とグチグチ言っている、るい太の方を振り返る。
「昨日の夕方に、どうしたことか大急ぎで『辞める』って言いに来たんですよ。何事かと思って聞いてみたら、『わざわざ家まで来て止めに来るような奴がいる。早く辞めとかないと決心が鈍るから』だって」
「……」
「だいぶ鈍らされたみたいですね。結局、彼はここに戻ってきていますから」
万寿も彼の隣に並ぶと、同じようにるい太を見つめた。
「でもるい太さん、今後どうするんでしょう」
「今後とは?」
「今日は来てくれたけど、来月になったら辞めちゃうのかな」
「そうですね。私が見る限りだと――辞めたくても辞められなくなるんじゃないですか。ダンテさんにも事情を説明しなければならなくなりそうですし、今回のことでもう二度と喧嘩なんて売る気にならないでしょう」
「おいるい太ー! テメー俺に無言で辞めるたあどういう了見だコラア!」
「アンタが勝手に辞めろって言ったんでしょ」
「辞めろとは言ったがその日に辞めろとは言ってねえ!」
「なんと理不尽な」
そう言いあいながらも、るい太はどこか安心した顔をしていた。
当たり前に怒ってくれる人。当たり前に止めてくれる人。でも、どれも当たり前じゃない。簡単に捨てることが出来ないなら、無理して捨てる必要はない。捨てないことで違う弊害が出てくるかもしれないけれど、きっとそれは越えられる。だってるい太さんには、信じられる仲間がいるんだから。
「お前ら、全員殺されるぞ」
穏やかな空気をぶち破る一言。それはその場で放置されたままになっていた、地面を這うパラドックスから告げられた言葉だった。
「何だって……?」
「俺たちの王がお前らを殺しにくる。既にお前らは王の手の内だ。敵うはずがねえ。皆殺しだ。クラフトもリミットも――全部ぶっ壊すんだよ。全員死んで――ハハハ……ギャハハハ!」
彼が大声で笑うたびに、腹部から血が吹き上げた。ヒスイが慌てた様子で男へ駆け寄ると、すぐに睡眠薬で眠らされようやく応急処置が施される。
「すみません話の途中に……。ですがこのままだと死んでしまうと思ったので」
「いえ……」
万寿は神妙な面持ちで、床に転がるパラドックスを見下ろした。
王……? パラドックスの多くは個人で活動をしているはず。まさかパラドックスが集まって、ひとつの組織になろうとしているのか……⁉︎
戻って来た仲間たち。けれど、また全員がバラバラにされる。そんな恐怖さえ感じる一言に、万寿はそれをただの冗談だと笑い飛ばしたりは出来なかった。
◆
「んで、脱隊は白紙に戻ったと」
るい太はあの時、両親に何も説明することなく家を飛び出した。
『クラフトは辞めて二度と関わらない』
そう約束した矢先に目の前で破ることになるとは思いもしなかった。理由はどうであれ、両親にとってそれはただの裏切りにしかすぎない。信用を失ってしまっただろうか。そう思いながら重たい家の扉を開いたが、両親はそんなるい太のことを温かく迎え入れてくれた。
「無我夢中になってでも守りたい人や場所は、そう簡単には見つからない。好きなようにやりなさい」
両親とて苦渋の選択だっただろう。自分の息子を死と隣り合わせの場所に送りだすのだ。若い世代の中では「ヒーロー」ともてはやされている存在であっても、未だ世間全般に受け入れられているわけではない。
「それでも、その一人が自分の息子であることを誇りに思う」
両親の言葉に、るい太はリミットの未来もこうであればいいと心から願ったのだった。
「にしてもさ、自由過ぎね?」
「それな」
先程から第五部隊の隣の研究室からは幾度となく爆発音が響いてきている。そろそろ部屋ごとぶっ壊れるのではないかと心配している矢先、ドアを吹き飛ばしてるい太が転がり出てきた。
「おい。のびのびと研究に明け暮れるのは結構なことだが、俺のゲームの邪魔は――」
「出来ました!」
「あ?」
るい太は割れたゴーグルをその場に投げ捨てると、大急ぎで三人の元へと駆けつけてきた。
「見てください! 試作品の完成です!」
るい太の手には、正直あまり気の進まない色をした液体の入った瓶が握られている。
「えっと、ナニコレるい太くん。まだ毒薬か何かですか」
「違いますよ。これは自然治癒能力を一時的に向上させる薬です」
「え、すごい!」
素直な万寿は見事にその言葉に引き寄せられた。
「それどうやって使うんですか?」
「飲むだけで効果が出るよ」
「じゃあなくなった腕とかも生えて来きます?」
「そこまでは出来ないけど、回復が追い付いていない傷口はすぐに治せると思うよ。リミット限定だけどね」
「すごいですね! なんでそんなことが出来るんですか!」
「自然治癒能力はリミット特有の能力だから、リミットには普通の人間には存在しないDNAがあって、そのDNAを採取し自然治癒能力の起動を起こすよう作用を含めた神経細胞を――」
「ああ、もういいって!」
小難しい話が始まりそうだったので、ダンテが一吠えしてそれを未然に防いだのだった。
襲い来る困難を共に乗り越えれば固い絆が育つもの。――おかえり、るい太さん。
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