Episode.62 本当の事
「や、や、辞めるって! どういうことですか!?」
「あれ、ご存じなかったですか?」
男性は驚いた顔で万寿を見つめる。
「てっきり皆さんにはもう伝えているのだとばかり……」
「初耳ですよ! 確かにさっき辞めてやるー! みたいは言ってましたけど、まさかそんなに話が進んでいるとは……!」
「きっと言い出しづらかったんでしょうね」
「理由は何ですか⁉︎」
「我々も詳しい事は聞いていないんです。ただ、家庭の事情、とか」
「家庭の事情……」
るい太がクラフトを辞める。だがそれはクラフトが嫌いだとか、第五部隊といるのが苦痛だとか、決してそういう事が理由ではない気がした。
万寿はこうしてはいられないと第四部隊を後にする。
「ありがとうございました! えっと、また来ていいですか!」
「いいですけど、何もありませんよ?」
「きっとまたお伺いします! えっと……」
「ヒスイと申します。以後お見知りおきを」
万寿は閉まりかけるエレベーターの扉超しに、ヒスイへと大きく手を振った。右手ではすでにⅢの文字を連打している。
到着したエレベーターの扉を抜けると、すぐに第三部隊へと駆け込んだ。そこではイッチとニィニが退屈そうに、宿題の計算ドリルと向き合っている最中だった。
「イッチさん! ニィニさん!」
「あれ、まんじゅうちゃん。どうしたの。そんなに慌てて」
「ねえ、るい太さん来なかった⁉︎」
「来たよ」
「もう帰っちゃったのかな⁉︎ えーっと! るい太さんが行ったところに僕も飛ばしてほしくて!」
「急用?」
「それはもう!」
「じゃあ仕方ないなあ」
イッチはそう言いながらも意気揚々立ち上がり、キーボードを素早くたたいた。
「自分の部屋に戻ったみたいだけど、本当にここでいいの?」
「うん、いいよ!」
「分かった」
慌てて返事をしてしまったが、勝手に人の部屋の中に入るのはかなり問題があるのではないだろうか。かつて怜也の部屋にずかずかと入って来たクラフトメンバーは多いが……。
「あ、ちょっと待って! やっぱり家の外に――」
「じゃあ、いってらっしゃーい」
「待って! あ、ちょっと! うわあああー!」
本日クラフト内に響き渡る二度目の叫び声は、次第に遠く消えて行った。
◆
ハッと目を開けると、そこは知らない男性の部屋の中。本や雑誌、教科書に参考書、様々な種類の本が足元を埋め尽くしていた。机の上には食べかけのパンが残っていて、おそらく今日のものではないくらいにカチカチだった。
思ったよりずぼらな人だな……。
足元を確認しながらゆっくりと移動する。部屋の中にはるい太の姿はないが、勝手に出る訳にもいかないだろう。そっと扉に耳を当ててみると、遠くから話声が聞こえてきた。
「――ったから……」
るい太の声だ。
「――したよ。もういい?」
乱暴に言い放った言葉を最後に、ドタドタと足音がこちらへと向かってきた。今更隠れるだなんておかしいことかもしれないが、このまま部屋に突っ立っているのも怪しい限りなので部屋の隅に縮こまっておくことにする。
扉が開いて、力任せに閉じられた。扉に背を預けて立つるい太の瞳からは、次々と涙が溢れ出してくる。
「んなの……。分かってるよ……」
部屋の隅からその様子をじっと見つめる万寿。感情的になっているるい太は、未だ万寿の存在には気が付いていない様子だった。
いよいよ出るタイミングを逃してしまった……。
どうしようかと考えていると、突然胃の中から何かが沸き上がってくる感覚を覚えた。出来る限り身を縮こませようと、膝を強く抱え込んでいたのが原因かもしれない。激しく湧き上がる、オレンジジュースのシャワー。
――まずい、まずい、まずい!
万寿は口元を抑え込むと思わず近くのゴミ箱を抱え込む。勢いよく噴射するソレに、流石のるい太も気がついた。
「っ⁉︎ お、おまんじゅう君⁉︎」
「ほんっとうに申し訳ございませんでしたー!」
ゴミ箱に向かって全力で謝罪をした万寿であった。
◆
るい太に促され、なんとか家族にバレないよう家の外に出た二人。外は一面銀世界だ。さすがの薄着で来てしまった万寿は、るい太から上着を貸してもらっていた。
「何から何まですみません」
「本当にね」
歩きなれていない雪道を転ばないよう慎重に歩く万寿に対して、るい太はすたすた先を行ってしまう。街の中はイルミネーションで彩られて、雪国のクリスマスって絵になるなあ、なんてことを考えていた。
「それで?」
「はい?」
「何しに来たの」
「そうでした!」
すっかり本題を忘れていた万寿。急いでるい太に駆け寄った。
「るい太さん、今月いっぱいで辞めちゃうって本当ですか!?」
「ああ、それ……。誰から聞いたの」
「第四部隊のヒスイさんから!」
「ああ、アイツ。おしゃべりだよな、本当」
「とっても紳士的な人でしたよ! ……じゃなくって。なんで、辞めちゃうんですか?」
やっと聞きたいことを聞けた万寿。るい太はそれを聞くと再び歩き出した。
「歩きながら話そうか。じっとしてると冷えるでしょ?」
「足の感覚はすでにありません!」
万寿はなんとかるい太に置いて行かれまいと必死に足を動かす。
「皆には家庭の事情、ってことしか言ってないんだ。まあ、あながち嘘ではないし」
「ご家族に何かあったとか……?」
「うん。バレた。親に」
「え」
「俺がリミットで、クラフトにいるってこと」
「そんなことがあ⁉︎ ――うぎゃあー!」
万寿は驚きと同時にバランスを崩し、見事にひっくり返った。転んだ先が運良くフワフワの雪の山が残っているところだったので凍りついた地面に頭を強打することはなかったが、絵に描いたような人型の穴がぽっかり空いている。るい太は地べたに寝転がったままの万寿に手を貸すでもなく見下ろしたまま話を続けた。
「俺昔から親には医者か学校の先生になれって言われていてさ。なんでも父さんの夢だったらしい。だからって子どもに押し付けるなって感じだけど、クラフトに入るまでは俺もそれに従ってたし。大学受験とか適当にやって、大学生しながらクラフトは続けていくつもりだったんだけど」
「ご両親に、反対されちゃったんですか?」
「そう。『あんなバケモノみたいな姿、見ていて気分が悪い』ってさ」
「何言ってるんですか! 医者よりも多くの人助けてますよ!」
その言葉と共に穴の中が蠢く。懸命に起きあがろうとしているのだろうが、追い討ちのように傾れ込む雪に万寿は足掻くことを諦めたようだ。るい太は少しだけ口角を上げて応える。
「それは言い過ぎかもね。でもまあ、本物の医者くらいに熱意もってやってきたつもり」
「……」
万寿は顔の上に積もった雪を振り払うと、かろうじて見えた薄暗い空を見上げる。そこからは天使の羽のような粉雪が零れ落ちて来た。
「それで、辞めちゃうんですか」
万寿がぽつりと呟くように発した言葉に、るい太は目を伏せる。
「ごまかしながら生きていってもいいかなって思ったんだ。でもね。今までみたいに研究室に閉じこもるなんて出来ないだろうし、緊急時に抜け出す事も難しくなるかもしれないって考えた。皆に迷惑かけちゃうから、いっそのこと辞めた方がいいかなって」
「じゃあなんであんなこと――!」
万寿はそこでやっと上半身を起き上がらせた。るい太は困ったように笑う。
「ああ、ダンテさんのこと? ああでも言わないとあの人納得しないと思って。あの人は『やりたいことがあるならやれ!』って人だから、きっと俺が後悔することを後押しなんてしないでしょ? 喧嘩別れくらいの方が潔く辞められると思って。でもまさか、君が追いかけて来るとは思わなかった」
「止めますよ。もちろん」
万寿は再び転ばないようにゆっくりと立ち上がると、るい太へと歩み寄った。
「僕だって、るい太さんに後悔してほしくないです。やりたいことだけをやれとか僕は言えません。そりゃそれぞれ事情はあるし、やむを得ず辞めないといけないこともあると思います。でも! 後悔するって分かり切ったことを、こんな形で諦めて欲しくないんです! 僕、るい太さんが好きです! だから、るい太さんがもし本当に辞めるなら、その時は笑って辞めて欲しいんです!」
るい太は目を見開いた後、その日初めて自然な笑顔を浮かべた。
「ありがとう。ところでさ」
「はい」
「その好きって――LOVEの方?」
「え?」
「ジョニィさんの同人誌読んでたって言ってたから、まさかとは思うけど……。その、ごめん。俺まだそっちの世界には踏み出せそうにないんだけど」
「って! そんな訳ないじゃないですかー!」
ハハハとるい太は声を出して笑った。
――こんなにクラフトのことを愛してくれる人が、こんな形で辞めて良いはずがないんだ。
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